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5-6 糸口

 光が晴れると、そこには森が広がっていた。自分の身体は地面に這いつくばり、辺りからは水の吹き出る音が聞こえてくる。



(戻ったのか……痛……ッ!!)



 ラウィの全身に、捩じ切られるような凄まじい痛みが再び襲ってくる。やはりというか何というか、怪我は治ってなどいなかった。


 血は止まってないし、体が少し震えているのがわかる。血を失いすぎたのか、寒さすら感じる。



 だが。



 ラウィは、しっかりと地面を掴み、ガクガクと力が入らない足で、それでも立ち上がる。


 顎からは、頭部から流れ落ちてきた赤黒い液体が滴り落ちる。ヨロヨロふらつきながらもラウィは二つの足で大地に立った。


 倒れるわけにはいかない。


 守りたい。守らなきゃ。


 ラウィは満身創痍の体で、ベクターを睨みつける。その瞳は、死にかけの人間のそれとはかけ離れたものだった。


「なんと。まだ足掻きますか。しぶといですね。さながらゴキブリのようだ」


 ベクターが、呆れるように告げる。

 それに対しラウィは、プルプルと腕を弱々しく振り上げる。拳を握り、視界内に存在する『敵』を倒すべく、一歩ずつ、ゆっくりと進行していく。


 ラウィのその行動を見て、ベクターは高らかに笑った。


「ふ、ふははははっ! 何ですかそれは! 正気ではないですね、愚策ですよ!」


 それでもラウィは、止まらなかった。ゆっくりではあるが、確実にベクターとの距離を縮めていく。


「あなたは、操った植物などではなく、私自らの手で潰さないとダメなようですね。わかりました」


 ベクターはそう言うと、ゆっくりと歩を進めるラウィに真正面から近づいていく。何のためらいもなく、ラウィのすぐ目の前に立ちふさがった。

 


――間合いに入った。拳が、届く。



 ラウィはその拳を、半ば倒れこむように、全体重をかけてベクターへ叩き込む。


 当たるわけがない。先ほどまで、ラウィが放った神術玉でさえほぼ効かなかったのだ。ただの殴打など、今更ベクターに通じるはずがない。


 すぐに反撃をもらい、今度こそ本当にベクターにやられてしまうだろう。ラウィの拳を全く避けようとしないベクターも、同じことを考えているであろう事が伺える。



 しかし。



 ゴリッ、と。



 ラウィの弱々しい拳は、ベクターの顔面にめり込み、彼を後方へ弾き飛ばした。


「……ッ!?」


 ラウィに殴り飛ばされたベクターは、混乱と困惑に染まった表情でラウィを見つめる。口からは、少量の血が漏れていた。ラウィの拳で口内を切ったのだろう。


(当たっ、た……)


 ラウィはその信じられない現実に、戸惑いはあったものの、困惑はしていなかった。


 攻撃が通るとは思っていた。何故かはわからないが、ベクターを見た瞬間、そう思ったのだ。


(これが……レトの力)


 ラウィよりも遥かに高レベルな神術膜を展開しているベクターは、本来ラウィの攻撃などそのほとんどを遮断できる。


 それが、遮断されなかったという事は――


(いや、違う。僕の力が上がったわけじゃない)


 ラウィは楽観的な考えをすぐに捨てた。

 レトが言っていたではないか。『劇的に強くなったりなんかはしない』と。


 理屈はわからないが、『自分の攻撃がベクターに通るようになった』くらいに考えておいたほうが良いだろう。



『そうだね、正解だよ。なかなかキレてるね』


(!?)


 突然ラウィの脳内に声が響く。レトだ。少年か少女かもわからない不思議な声が、何処からともなく聞こえてきたのだ。


『もうちょっと正確に言えば、キミの攻撃が神術膜を素通りするようになった、ってとこかな。詳しい原理は……どうせ言ってもわからないからやめとくね』


 常人には扱えない力。人間離れした力。神術。

 それを扱い戦う神術師は、当然、それから身を守る手段も持ち合わせていないといけない。


 それが神術膜。神術による攻撃や、その他のダメージを軽減する技術。


 ラウィは、全ての神術師がその命を守る手立てを、無視する力を手に入れたのだ。


 決して、これでラウィが強くなったわけではない。もちろん、敵を弱くするわけでもない。


 ただ、神術師と戦闘をするという場面に限り、ラウィは相手より優位に立つ事ができる。


 対神術師にのみ特化した、レトによって与えられた力。



『キミは、全神術師の天敵になったんだよ』



 レトの声が、耳を介さずに直接脳に届く。表情は見えないが、おそらく無邪気な笑みを浮かべていることだろう。


『じゃあ、そういうことだから。もちろん、向こうの攻撃は無効化出来ないから、死なないでね? キミがどう戦うか、楽しみにしてるよ』


 レトの声が途絶える。

 突然喋り始め、突然話し終わる。なんと自己中心的だろう。


(……わがままは、お互い様だね)


 ラウィは、何箇所か地面から大量の地下水が吹き出る空間で、ベクターを見据える。


 ベクターは、警戒していた。先ほどまでの饒舌が嘘のように、無言でラウィを睨み、距離を測っている。


 ラウィの右側の少し遠くでは、サッチが相変わらず地に伏せていた。その女の子らしい華奢な肩は、規則的に上下していた。死んではいないようだ。ラウィは少し安心する。


(彼女になるべく被害がいかないよう、離れつつ戦わないとね)


 もはやサッチは、ラウィの守るべき者のうちに入っていた。理由は簡単。彼女も、ベクターによって『一方的な暴力』を受けていたからだ。


 誰かに一方的な暴力を加える者は、敵。

 ならば、その逆はすなわち、味方である。ラウィが味方すべき、存在である。


 ラウィは一度だけ深呼吸をする。

 新鮮な空気が肺を通って全身を駆け抜けていく感覚がした。心なしか、体が少しだけ軽くなった気がする。

 ボロボロの体で、震える足で、それでもしっかりと大地を掴む。



 まだ、戦える。



 一人の男によって、残酷な運命を課された少女。


 一人の男によって、恐怖に怯え続ける村人たち。



 理不尽な暴力に涙を飲んでいる人はみんな、丸ごと全て自分が守ってみせる。



 守りたいから。許せないから。



 ラウィはその空のように澄みきった清らかな蒼い瞳から、鮮やかに輝くもやを放出しながら『敵』をしっかりと見据えた。




 ――ここからが、反撃の時。

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