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5-4 敗れたヒーロー

 

 ベクターが、再び自分の周囲から、大量の( いばら)の蔓を出現させる。うねうねと薄気味悪く動く細い植物は、それぞれが意思を持っているようであった。


 ベクターが、口角を吊り上げながら、少し高くなった声で嬉しそうに叫ぶ。


「さあさあさあ! 逃げなさい! 無様に惨めにもがきなさい! 捕まったらどうなるか知りませんよ!?」


 無数の蔓が、その棘で空気を裂く音を響かせながら、ラウィとサッチを捕らえんと猛スピードで迫ってくる。


 ラウィは、瞬間で回避を決断した。


 こちらの攻撃がベクターの神術膜にほぼ完全に防がれてしまう以上、ベクターの攻撃は、ラウィの神術膜など容易く突き破ってくる可能性が高い。



 ラウィは、顔面に突撃してくる蔓を頭を下げてやり過ごす。頭上から突き下ろすようにやってきた物を退がって、足を救うように飛んできたものは軽く飛ぶ事で避ける。


 上。右。また上。左。下。


 一つ一つの動きを確実に見切り、それら全てを回避するラウィ。


 しかし、このままでは永久に勝利はやってこないことは火を見るよりも明らかである。



(くそっ、なんとかしてあいつに反撃しないと……! でも、どうやって!?)


 現在自分は、多角的に攻め込んでくる茨の蔓に当たらないようにする事で精一杯だ。


 それに反撃したところで、切り札であった神術玉もベクターにはほとんど効かない。何発も連続して放てるような物でもない。


(何か、無いか!? 何か! この現状を打破し得る、何かが!!)


 そんな事を考える事に集中していたせいか、ラウィの腕を茨の蔓が掠めた。


 鋭い痛みが駆け抜ける。皮膚はパックリと裂け、ラウィの激しい動きに釣られて鮮血が散った。


 やはり、ラウィの神術膜など、もはや何の意味もなしてはいなかった。


 絶大な力に対して微量の軽減。有っても無くても同じであった。


 時間が経つにつれて徐々に徐々に、ラウィの全身に生傷が刻まれていく。赤く染まっていく。


(くっそッ! でも、諦めちゃだめだ。きっと何か手はある。サナとドーマの平穏を、僕が守らないと!!)



 血に染まった少年は、それでも逆転の一手を模索し続ける。




 ――



 サッチは、茨の鞭の攻撃をなんとか凌げていた。


 避けることはもちろん、サッチは力ずくで鞭を引きちぎる事もできた。


 攻撃を受けてしまっても、ラウィほどのダメージは受けなかった。どうやら彼女の方が、ラウィよりも神術師としての格は上らしい。


 サッチの耳に、ベクターの鼻につく声が届く。


「いい景色です。神術師は、一定以上の力の差が存在すると、絶対に勝敗が覆らない性質があるんですよ。神術膜というものが存在する以上ね」


 ベクターは、こちらに向けて歩いてくる。ゆっくりと、わざわざ時間をかけて。二人がもがく様を少しでも長く見たいのだろう。


「サッチ=リスナー。あなたと私とでは、そこまでの差は開いていないようですね。紙一重ではありますが。しかし、蒼い彼はおしまいです。見てください。ボロボロですよ、彼」


 ベクターが、他人事のようにラウィを指差す。


 サッチがそちらに目をやると、見る見るうちに全身が血の色に変わっていくラウィの姿があった。


(何やってやがんだ、あいつ……ッ! ここまで来て足手まといかよ……!)


 突如この村にやってきて、ベクターを倒すと宣言した無謀な馬鹿。


 しかし、その馬鹿の話に乗って現在ベクターと対峙しているのは紛れもなく自分だ。


 共闘している以上、助けてやるのが筋だ。


 また、サッチが内に秘める強いヒーロー性は、窮地に陥っている自分より弱い存在を放っておく事が出来なかった。


 サッチは、しびれを切らしたのか同時に襲ってきた何本もの鞭を全て掴み取り、力任せに引きちぎる。それを放り捨て、ラウィを助けに向かった。


「手間かけさせんじゃねえよ!」


 ラウィを切り刻む、茨でできた蔓を、一つ一つ引き裂いていくサッチ。


 ラウィは、大量の血を流したことで、その身を支えきれなくなったのだろう、思わずその場に座り込んだ。


「ハァ……サッチごめん、助かったよ……」


「助かってねえよ、甘えんな」


 サッチは、ラウィの腑抜けた発言を一蹴する。そのまま続けて、疲労困憊といった様子のラウィにすがるように尋ねた。


「おい、もう何か手はねえのか。このままじゃやられんぞ」


「ハァハァ……今のところは、まだ、何も思いつかないよ。頼みの綱の神術玉も、奴が相手では、あまり意味が無い、みたいだ、し……」


 息を切らすラウィを見て、サッチは思わず舌打ちする。少し、舐めて考えていたようだ。


 奴は、想像していたよりも遥かに格上の存在なのかもしれない。



 そこで、サッチは気付く。


「あん?」


 思わず、気の抜けた声を出す。奴が、ベクターの姿が、消えているのだ。どこを見回しても、その憎たらしい翠の瞳が確認できない。


(どこに行きやがった、あの野郎)


 サッチは、意識を集中させる。瞳から橙色の光が溢れ出す。


 その気配を。自らの持つ力で探索する。思い出すだけでムカつくという、その気を。


 そして。


(ッ!? 下!?)


 彼女がベクターの存在を感知したのは、ベクターが出現するのと同時であった。


 サッチの足元。その地面から、飛び出すように人間の右手がサッチに迫る。


 あまりに突然の出来事に、さしものサッチも対応が遅れてしまった。その細い首を掴み上げられ、両足が地面から離れていく。


「やっと捕まえましたよ、『蝉』」


 突如地下から出現した、涼しげな翠の瞳を持つ男、ベクターが、吊るし上げられるサッチを見上げながら呟く。


「かっ……ふ、離し、やが、れ……ッ!!」


 サッチが、自らを掴んで離さないベクターに蹴りをいれ抵抗するが、その程度の攻撃ではまるで効いていない様子だ。


「あなたもですよ、蒼き少年」


 ベクターが未だに立ち上がれずにいるラウィを一瞥しながら言う。


 その翠の瞳を燃やし、ラウィの真下から巨大で極太な蔓の様な何かを成長させたようだ。


 その極太の何かは、ラウィの足首を巻き取り、彼を逆さに吊るし上げた。ラウィは、何も抵抗せずにぶらぶらと揺れていた。血を失いすぎたのだろう。


 辛うじて意識は保っているようではあるが、それも事切れる寸前のようで、その空のように澄んだ水色の瞳は半開きとなっている。



――助けなければ。急を要する様子のラウィを。


「うああああああああああッ!!」


 サッチは最後の力を振り絞り、ベクターの拘束から逃れようともがく。その橙色の瞳からは、尋常では無い量の光が溢れていた。


 しかし、それでも。


 ベクターは平然とした顔でサッチの首を締め上げ続ける。


 否。嬉々とした表情で、だ。


「ふはははッ! 面白いですよ。掴まれて必死にもがくなど、まるで本当に虫ケラではないですか。『蝉』であるあなたにはふさわしいですね!」


「があああああああぁぁぁぁーーーーッ!」


 サッチのその魂の叫びに、ベクターは急激に声のトーンを落としてザッチに告げる。


「やかましい。やっぱりあなたはどこまでも『蝉』ですね。耳障りです」



 コキン、と。

 サッチは首のあたりから変な音が鳴った事を、確かに聞いた。


 途端に四肢の力が抜ける。いや、力が入らないのか。


「……ぁ、……」


 思考が薄れていく。視界が暗転していく。感覚が無くなっていく。



 間も無く、サッチは喪神( そうしん)した。



 ヒーローと呼ばれた少女は、あまりにもあっさり、敗れた。

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