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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 4. 少女の身でありながら
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4-9 羽化の日

 ーー


 ドーマは、父親の知り合いだったという男を連れて家の外へ出て、少し歩いていた。


「サナの事に関して、言っとくことがある」


 ドーマが藪から棒に口を開く。


「ん? なんだよ突然」


「あいつな……記憶を失くしてるっぽいんだよ」


 ドーマは先ほどの一部始終を男に話した。



 サナが、父親が死んだことを覚えていないこと。


 咄嗟に、父親は旅に出ているだけだと嘘をついてしまったこと。


 そして、もう一つ。


「だから、親父が死んじまったことはサナには内緒にして欲しい。口裏を合わせてくれ」


「何でだ? サナちゃんは、しっかりと事実を知る必要があるだろ。そんなその場しのぎのような真似してどうするつもりだ?」


 男が、ドーマに質問を返す。


 男の言うことはもっともであった。


 こんなこと、いつかはバレる嘘だろう。


 しかしそれでも、ドーマはサナに隠し通しておきたかった。


「こないだの、親父の死体を見たサナの反応を見ただろ。あいつはまだ子供だ。精神的に幼すぎる。だから、あいつがしっかり現実を受け止めることが出来るようになるまでの間だけだ。それまででいい、頼むよ」


 ドーマが男に頭をさげる。

 それに対し男は、頭をかきながら納得したように答えた。


「……確かに、あの時のサナちゃんは、何というか、危うかったな。わかったよ。村のみんなには俺から伝えておく。サナちゃんの耳に真実が届かないように根回ししとくよ」


「すまねえ。恩にきる」


「ところでドーマ。あのゴブリンたち……どう思う?」


「……ああ、おかしいな」


 ドーマは気づいていた。


 ゴブリンは、もっと山奥で生きている種族のはずだ。


 たまに人間の居住区に迷い込むことはあっても、集団で人間を襲うために山を降りてくることなんてありえないのだ。彼らにそんな知能はない。


 しかし、三日前。突然ゴブリンの大群が村に現れたのだ。


 サナを襲った事など、氷山の一角に過ぎなかった。


 助けるのが間に合わず、ゴブリンに殺された村人も多くはなかったが、確実に存在している。


 まるで、人間とゴブリンの戦争であった。


 ゴブリンの個々の腕力は脅威だったが、数人で戦えば簡単に倒せる相手だったため、人間側の勝利で終わった。


 しかし、これはそういう問題ではないのだ。


 この村の近くに生息していないはずのゴブリン。それも、群れで襲ってくる。


 奴らがそんな事を考える知能や協調性を持ち合わせていない以上、それを手引きした存在がいる。


「誰かが……この村を襲わせたんだ」


 ドーマが呟く。

 彼にとって、タイナ村というこの村に対してほとんどなんの感情も抱いていない。


 何せ、彼はまだこの村に来て三日目なのだ。


 しかし、この村にはサナがいる。


 愛すべき存在である妹。


 彼女が生きる場所。なら、それが、ドーマはこの村を守る理由になる。


「一体どこのどいつが……」


 そこまでドーマが言った、その時だった。


 トン……と、軽い音が聞こえた。


 と、同時に、今の今まで会話をしていた男がその場に崩れ落ちる。


 意識を失っていた。


「な!? おい、大丈夫か!?」


 ドーマが急いで男を助け起こす。目立った外傷はないが、気絶している。


 一体何が起こったのか、とドーマが辺りを見回すと、一人の人間が視界に入った。


 黒髪の少女。


 恐ろしいなにか( ・・・)を孕んだその橙色の瞳が、ドーマの警戒心を一気に上限一杯まで引き上げる。


(何だこの子……まさか、こいつが)


 ゴブリンを、この村に差し向けた黒幕なのか。



 ドーマはここで一つの事柄を思い出す。


 ゴブリンの襲撃があった日から、奇妙な怪我人が何人も見つかっている事を。


 外傷は無いのに吐血していた者や、内臓にだけダメージを負っているもの。


 明らかに、ゴブリンには出来ないような方法で痛めつけられた村人がいるのだ。


 ただ、そちらは命に関わるような事ではなかったため、ゴブリンの処理が優先されていた。


 しかし、実はそれこそが、本当に重要なことだったのでは無いか?


 まだ襲われた村人たちは意識を回復していない。


 だから、この少女の存在が広まることが無かっただけで、真に危険な存在は、こいつなのではないか?


(なら、俺が、ここで)


 ドーマは覚悟を決める。


 気絶した男を近くの木にもたれさせ、黒髪の少女の動きを一挙一動を見逃さないよう、腰を落としてしっかりと彼女を見据える。



 と、ここで。



「お、お兄ちゃん( ・・・・・)!!」



 突如背後から聞こえたその可愛らしい声に、ドーマは一瞬で振り向く。


 よりにもよって。


 この、最悪のタイミングでサナが来てしまったのだ。頭に包帯を巻きつけている、怪我人のサナが。


 ドーマは、このくそったれた運命を呪った。



(ふ、ふざけんなよ、ちくしょう。サナを、守らねえと!)



 自分のことを兄と呼んでくれた少女のために、ドーマは拳を握った。






 ――






 サナは、ドーマに追いつくなり一人の少女の存在を確認した。


 サッチ=リスナー。


 サナとその父親が管理している畑の所有者である地主の娘だ。


 この村に襲いかかる厄介事を解決してくれている、ヒーローに憧れている少女だ。



――サナが抱いた感想はそれだけであった。



 サッチの両親を襲った悲劇や、サッチ自身の現在の境遇など、何一つ思い出さなかった。


 思い出せなかった。


 サナは、これらの記憶にも蓋をしてしまっていた。


 だから、彼女に声をかけてしまったのもしょうがなかったのであろう。


「ねぇ、サッチ! この村には、まだゴブリンがいるかもしれないの。だから、見つけ出して欲しいの!」


 ヒーローである彼女なら、すぐに動いてくれる。


 そう、サナは思っていた。


 厄介払い。


 兄と二人で話をするために、サッチに体良くこの場から去ってもらうためであった。


 人は簡単には変われない。やっぱりサナは、まだまだ自分勝手であった。



 そして。



 ドッ! と、鈍い音が響く。


「か、ひゅ……」


 サナとドーマは突如襲った謎の衝撃に、肺の中の空気を全て強制的に吐き出される。


 そのまま、仲良く二人で地面に倒れこんだ。


「サッチ……?」


 サナは思わず黒髪の少女へ視線を向ける。


 ヒーローである彼女が、いつも敵や獣に行使する不可視の力。


 それによって攻撃されたのだと、サナには予想がついたのだ。


 サッチは、その橙色の瞳から煙のような鮮やかな光を垂れ流している。


 間違いない。自分たちを攻撃したのは、彼女だ。


「どう、して……」


 先日の記憶をほとんど残さないサナには、サッチの突然の凶行が理解できなかった。



 そして、ゆっくりと。


 黒髪の少女サッチが、地に伏せる二人に向かって歩き始める。


「サ、サナ……」


 ドーマが地面を這いながらサナに近づこうとする。


 その表情は、悔しさと涙でめちゃくちゃになっていた。


「……すま、ねえ。守ってやると言ったそばから。もう、破っちまった……許して、くれ……」


 謝罪しながらも、それでもこれ以上の事はさせまいと、サナを庇おうと、もぞもぞと醜くもがく。


 サナはそれを見て、醜いなどとは思わなかった。


 むしろ、格好いい、とさえ思った。


 鋼のように強い意志。


 自分には持ち合わせていないモノ。


 それを当たり前のように振りかざすこの男に、尊敬の念を抱いた。


「お、兄ちゃん……」


 サナは、兄へとその手を伸ばす。ドーマもサナへ手を伸ばした。



 あと、少し。


 拳三個分。二個分。一個分。



 そして、ついに指先が触れ合うかどうかというところまで迫った時、その二つの手のひらは。



 黒髪の少女によって、無残にも蹴飛ばされる。



「うぜえんだよ。なんだその素敵な仲良しこよしは」


 サッチは、二人を見下ろし、それぞれに両の手のひらを向ける。


「そんなら、二人仲良く寝ろ」



 パシュッ、と。


 寂しい音が鳴る。



 とどめの一撃をくらったサナは、朦朧とする意識の中、見た。



 サッチの、涙を。



 その橙色の瞳から流れる、一粒の雫を。



「……!」



 そこで、サナは思い出した。


 サッチが、『ヒーロー』から『悪役』になった理由の、全てを。



 サッチは、弱い人だ。


 両親を殺されたにも関わらず、その張本人であるベクターに逆らえないのだ。


 サッチは、強い人だ。


 村の人間全てを守るために、両親の仇であるベクターの命令に従っているのだ。



 サッチが流すその一滴の水の中に、どれだけの感情がこもっているだろうか。



(サッチ……ごめんね……私じゃ、力に、な……れ、な……)



 そこで、サナの意識は断絶する。





――これが、『羽化の日』



 暴虐の限りを尽くす『サッチ』が誕生した日。



『蝉』が、羽化した日だ。



 真実を知るサナは、何もできなかった。




 やがて、サッチから何度か村人を救ったベクターという男が英雄視されることとなる。



 そして、それから永きにわたって、サッチは村人から蔑まれ続けた。



 一人の、蒼い瞳を持つ少年が現れるまで――


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