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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 4. 少女の身でありながら
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4-5 死はあなたのすぐ側に

 

「それにしても、早かったですね。見つかるまでもう少しかかると思ったのですが……まだ、あなたを侮る気持ちが残っていたようです」



 ベクターは、床でもがくサッチを見下ろしながら言う。



「な、何を言ってるの……?」


 サナはベクターがなにを言っているのかわからなかった。


 サナとサッチは、別にベクターを追ってここへ来たのではない。


 むしろ、サッチの家に来たら何故かベクターがいた、という構図だ。


「何でサッチの両親を殺したのよ!!」


 ピクン、とベクターの眉が動いた。


 彼は、口を引き裂くように笑みを浮かべると、高笑いを始める。


「ふ、ふはは、ふははははははははは! 何という偶然! 全く、おもしろい!!」


「な、何がそんなにおかしいの!?」


「ふはは、いや、これは失礼」


 ベクターは笑いを鎮め、平静を装うと言葉を紡ぐ。


「私の任務は、ランドル=フローラの殺害と、もう一つ。リスナー家の人間の殺害もあったのですが、まさか私が疎んでいる彼女の両親だったとはね。いやはや、偶然とは恐ろしい」



 サナは、ベクターがべらべらとしゃべっている間に、サッチへと歩み寄っていった。


 ベクターの謎の力を無力化する、母親の形見の石をサッチに触れさせるために。


 だが。


「おっと」


 ベクターは、そんなサナを翠の瞳で一瞥する。


 すると、シュッと空気を裂く音とともに、鋭い槍のように尖った植物がサナの喉元に触れる。


「……ひっ!」


 サナは、思わず仰け反り、そのまま尻もちをついてしまう。


「やめておきなさい、お嬢さん。この距離なら、あなたがその石を使う前に十五回はあなたを殺せます。こう見えて、私は無駄な殺生は嫌いなのですよ?」


 サナは、本日何度目かわからない涙を流す。もはや、その涙は枯れかけていた。


――怖い。


 自分の命は、たった今、こぼれる寸前まで追いやられたのだ。


 あと少し、ほんの少しでもベクターがその気になってしまっていれば、今頃サナは死んでいただろう。


 その事実は、年端もいかない少女の動きを止めるには充分過ぎた。


 ベクターは、そんな心の折れかけているサナなど気にも留めず、独り言のように呟く。


「ふむ、つまり、彼女は私を追ってきたのではなく、ただ帰宅しただけ、と。てっきりその橙の瞳で私の居場所を探し当てたのかと思いましたよ。音でも使ったのかとね」


「……なんでだ」


 サッチが、ベクターの発言を無視してほとんど口を動かさずに呟く。


「……何で、殺されなくちゃならなかったんだ? アタシ( ・・・)の親は! 何で! 何でなんだよ!?」


 サッチのその疑問に対し、ベクターは肩をすくめておどけたように返す。


「知りませんよ。私は命令されたから行動したのみです。そんなこと、私は別に興味もありません」


「ふっざけんじゃねぇぞおおおおぉぉぉぉぉッッッッッ!!!」


 ミシミシミシ……と、空間が揺れた。


 サッチの怒りに呼応して、その橙の両眼が激しく瞬く。


 彼女が持つ不可思議な力によって、この場が埋まっていく。圧迫されていく。


 排除。駆逐。擯斥( ひんせき)。抹殺。滅絶。抹消――


 言葉など何でもいい。


 目の前の存在を消去する。


 ただ、その意志のみを込めた純粋な殺意がこの場を支配していく。



「ふはは。で、それが何だというのです?」



 しかしベクターは、すっ、と。


 植物を操り、四肢を縛られ床に寝そべるサッチの両眼に巻きつかせ、塞ぐ。


 それだけだった。


 そのわずかな動作のみで、サッチの暴力的ですらあった特異な力は、嘘のように霧散してしまう。


「な……に……?」


「神術など、眼を塞いでしまえばどうとでもなります。自由に動き回る手段を奪われた時点で、あなたに勝機は無かったんですよ」



 もはや、サッチに反撃する手段は残されていなかった。


 手足を拘束され、それを解除することの出来るサナを動けなくされ、頼みの綱であった特異な力も防がれてしまった。


 詰み、だった。


 もはや、サッチをヒーローたらしめる要素は何も残っていなかった。


 肉体的にも、精神的にも。


「さて」


 ベクターは、二つの死体の側にある机へ腰掛ける。


 そのまま遺体へ向けて指を振るうと、頭に刺さったままの鋭利な植物が、ずりゅ、と気味の悪い音を奏でながら抜けた。


 頭を貫通した植物によって壁に縫い付けられていたのだろう、二つの亡骸は重なり合うように崩れ落ちる。


「問題はあなたなんですよ、えー、確か、サッチ=リスナーでしたか? リスナー家の一人娘なんだから、あなたの事ですよね?」


 ベクターは、言い渡された任務の内容を思い出しているのだろう、指をこめかみに当て、目を瞑って言葉を放つ。


「あなたは別に殺せとは命令されていないので、本来なら見逃してやりたい所ですが……私はあなたに幾分か腹が立っておりましてね」



 ゾッ、と。


 サッチの背筋に冷たい物が走った。


 命の危機。


 初めて感じるその感覚に、サッチの握った拳が少しずつ湿っていく。



「あなたには、死よりも辛い苦しみを味わってもらいましょうかね」


「死よりも辛い、苦しみ……?」


 思わずベクターの言ったことをそのまま呟いたのは、サナだった。


「そうです」


 サナには、想像がつかなかった。


 今さっき、生まれて初めて自分が身を沈めていた本気の殺意。濃厚な死の感覚。


 これ以上の苦しみなど、今まで適当に生きてきたサナに想像できないのは、至極当然のことであった。



 ベクターは、何が面白いのか口元を歪めていく。


「確かに、生物とは死を何よりも恐れるもの。しかし、こう考えることはできませんかね?」


 ベクターの口元が、再び引き裂かれるように変化していく。


「死ぬ。命を落とす。それは最上級の恐怖、苦しみであり、何よりも避けたいもの。しかしそれは、所詮一瞬の出来事なのです」


 ベクターは、声こそ落ち着いているものの、その表情は犬歯を剥き出しにしていた。


「死を感じた瞬間、その苦しみから解き放たれてしまうでしょう。だから、私はかつて考えました。単なる死より苦しむことは何か、とね」



 ベクターの、冷静さと嘲笑を含んだような、歪な笑み。


 その正体は、「企み」の笑みだった。



「生物の最大最高の恐怖である、死。それを感じ続けることが、真に恐怖するということではないでしょうかね? 生きながらの死。それをあなたには体験してもらいましょうかね」



 ベクターが、静かに、静かに、言葉を紡ぐ。


 二つの死体が横たわる空間とは思えないほどに。



 サッチは、眼を塞がれたまま口を開く。


「……調子に乗るなよ。俺は何があろうと、絶対にてめえを殺しに行ってやる」


「そういえばあなたは、先ほど激昂しましたよね」


 ベクターは、サッチの言葉がまるで聞こえていないかのように話し続ける。


「両親を私に殺されてしまったことからくる、激情。それですよ。人は時に、近しい者の死を自分の死と同程度に感じ、苦しみ悲しむことがあります。これが、生きながらの死ですよ」


 ベクターは、鼻歌でも歌いそうなほど気軽に言葉を繋げる。


「そしてさらには、あなたには呼吸をするだけで他は死んでいるのと変わらない生活をしてもらいます。最低限の人としての営みを断つことで」



 ベクターのその言葉は、サッチとサナには全く理解のできないのものだった。

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