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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 4. 少女の身でありながら
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4-3 明確な拒絶

 

 サッチは、鉄臭い口内に不快感を感じながらも、思案していた。


 この敵は、強い。



 戦えない奴( 足手まとい)を守りながらでは、とてもじゃないが敵わない。



 しかし、ヒーローは負けるわけにはいかないのだ。


 如何に敵が強かろうと、真っ向から挑んで打ち破らなければならないのだ。


 言い訳などしている場合ではない。


 目の前の敵を倒すことだけに全力を注げ。



 サッチは、地を蹴る。


 その反動で猛烈な速度を得たサッチは、一直線に翠の瞳の男の元へ飛び込んでいく。



 だが、ただ闇雲に突っ込んでいるわけではなかった。



 サッチは、男の直前で急に進路を変えた。


 横から。下から。回り込んで後ろから。


 速度はサッチの方が上であった。男の周辺から多角的に攻撃を叩き込んでいく。



 だが。



「甘いですね。その程度の攻撃、私が防げないとでも?」


 翠の瞳の男は、どこから取り出したのか、鞭のような細長い蔓を持っていた。



 それを振り回して自在に操り、サッチの突きや蹴りを全て受けていた。


「やっぱりかよ」


 サッチは確信した。

 この男も、自分と同じような力を持っている。


 ただの蔓の鞭ごときで、自分の攻撃を止められてたまるか。


 あれも、自分の肉体と同じく強化されているのかもしれない。



 このままだと、激しい動きを繰り返しているサッチが先に憔悴( しょうすい)してしまうのは目に見えていた。


「おやおや。この程度ですか。なら、仕事に戻りましょうかね」


 翠の瞳の男は余裕なのか、サッチの嵐のような連撃を受け切りながら涼しい声で呟いた。


 男の瞳から、もやのような輝く翠の光が噴出する。


 次の瞬間。


 近くで唖然としていたランドルとサナの周辺から、飛び出すように大量の蔓が湧き出し、彼を縛るべく襲いかかった。


「またかっ! くそ!」


 ランドルは、咄嗟にサナから離れようとしたが、間に合わなかった。


 既に彼の手足は、強靭な蔓に縛り付けられてしまっていた。


 意思に反して動かなかった足のせいで、ランドルは転倒する。


 そしてその蔓は、転倒した父親を心配して叫んだサナにも同じく襲いかかっていった。


「お父ちゃ……! ……え?」


「サナぁぁぁぁぁあああ!!」



――しかし。



 蔓がサナを縛り付ける事は無かった。


 パキィン! と、硬いものが砕けるような鋭い音がしたと思うと、それらの蔓がみるみるうちに枯れていったのだ。


 蔓は、サナを縛り付ける時に、とある物質に触れてしまっていたのだ。


 それは。



「お母ちゃんの……形見の石?」



 サナが首から提げている、宝石のように透き通っている石だった。


 サナは、すぐに父親を拘束するその細い植物に、母の形見の石を当ててみる。


 すると、やはり陶器が割れるような甲高い音とともに、蔓はその力を失っていったのだ。



 自由になったその父娘に、未だ攻撃を続けるサッチが叫ぶように命令する。


「何だかわかんねえが、今のうちに早く逃げとけ!」


 翠の瞳の男は、思わず舌打ちする。


「神縛石……何故こんな村にあんなものが」


 神術の力を無効化すると言われる、神縛石と呼ばれるものが存在している、と翠の瞳の男は思い出した。


 伝説に出てくるような代物を、何故あんな少女が持っているのだ。



 思わず、彼は笑みをこぼした。


 欲しい。


 伝説上の産物。良い響きだ。



 翠の瞳の男は、しつこく攻撃を続けてくる黒髪の少女に蹴りを一つ入れて距離を取ると、地から生やした剣のような植物を持って、神縛石を持つ少女へ向けて走り出す。



 一方サナは、母が遺したこの石が、目の前の男の力を無にできるということだけは理解していた。


 自分に向かってくる翠の瞳の男に、石を前に突き出して迎え撃つ。


 サナは、子供特有の根拠のない自信に満ちていた。


 そんなサナに、翠の瞳の男は振りかぶった剣で容赦無い一撃を見舞う。


「ばっ……サナッ!!!」


 ランドルは、そんな無謀な行動をしたサナを抱えて自分の元に力づくで引き寄せる。


 翠の瞳の男の剣筋は、標的を捉えられずに空を切った。


「その石を、よこしなさい!!」


 しかし、それに怯むことなく男はサナに襲いかかろうとする――が。


「――――ッッッッッ!?」


 翠の瞳の男は、突如飛び込んできたサッチの蹴りを持っていた剣で受けとめる。


 ガギィッ! と、人の足と植物が擦れ合っているとは思えない音を奏で、勢いに負けた翠の瞳の男は数歩あとずさる。


 男は少しイラついたような声色で言葉を投げかける。


「まったく、面倒ですね」


「面倒くせえのはテメェだよ。さっさとくたばりやがれ。大体、テメェは何もんなんだよ」


 サッチが、威嚇するように男に尋ねる。


「おやおや。私としたことが、自己紹介もまだでしたね」


 翠の瞳の男は、草でできた剣を地面に突き刺すと、執事か何かのようにこうべを垂れて自らの名を口にする。


「私の名はベクター。とある方からとある任務を仰せつかってこの村に参上しました」


「このおっさんを殺す、ってやつか?」


「その通りです」


 ベクターと名乗ったその男は、頭を上げると、地面に突き刺さっている剣をいきなり蹴飛ばした。


 回転しながら高速で飛来するその剣を、サッチはまったく動じず、触れることなく地面へ叩き伏せた。


「慌てんなよ」


 ベクターはサッチのその力を見るや否や、諦めたように声を発した。


「……あなたがいる限り、任務を遂行できそうに無いですね。わかりました。ここは一度退きましょう」


 ベクターは地面に手を付ける。


 直後、大きな幹が地面から現れた。ベクターを上に乗せ、そのままどこか遠くまで伸びていく。


「……あの野郎。逃げやがって」


 サッチは苛立ち混じりにそう呟くが、内心少し喜んでもいた。


 敵を撤退させた。


 何も、倒すだけがヒーローでは無い。


 敵を逃走させたのなら、こちらの勝ちだ。


 今回も自分は、敵の思い通りにさせなかったのだ。



「サッチ、本当にありがとう。さすがヒーローだな」


 ランドルのその声を聞くとサッチは、くるっと振り向いてサナとランドルに近付く。


「まあ今回は敵も強かったがな……あ? おい。その怪我は何だ?」


 サッチがサナの左腕を見て彼女に訊く。


 サナは、慌てて腕の切り傷を隠したが、遅かった。


 サナは、ベクターの剣先で左腕を浅く斬られていた。


「怪我だって!? どこだサナ! 見せなさい!!」


 ランドルは、サナの腕を掴む。


「あっ……!」


 サナの左腕には確かに斬られた痕があり、血で赤く滲んでいた。


 それを見て、サッチは歯噛みする。



 敵を追い返すことは出来たが、奴の攻撃を通してしまった。これは紛れも無い、自分のせいだ。


 その責任は、しっかりと取らなければならない。


 サッチは、サナに一つの提案をした。


「おい、ウチに来て手当てしろ。このままじゃ目覚めが悪い」


 サナは、サッチのその言葉を聞いてほんの一瞬だけ考えるが、ほとんど即答した。



 サナの答えは、およそヒーローにするようなものではなかった。


 それは、清々しいまでの――



「いや!」



――拒絶だった。


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