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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 3. 微動する心魂
19/124

3-6 査問

 

――


 ラウィとサナは、ドーマを村人たちに任せて二階に上がっていた。昨日、ラウィとドーマがスカイランナーで飛び込んで散らかした( ・・・・・)、サナの寝室だ。


 ラウィにしては珍しく、その光景に後ろめたさを感じたが、今はそんな事を話しに来たのではない。


 ラウィは、部屋に入るや否や、サナに問いかけた。


「ねえ、サナ。単刀直入に言うよ。『蝉』について、サナだけが知っている事を教えて」


「!」


 サナは、大きく目を見開く。その表情からは、驚愕や困惑など複雑な感情が滲み出ていた。


「サナ。君は、一体何を知ってるの? どうして誰にも言わないの?」


「……何の話?」


 一転して、訝しげに目を細めるサナ。その顔は、ラウィの知っている、明るく子供らしいサナとは程遠いものだった。


「あの子は、人と会話なんかまともにしないの。出会ってしまえば、私たちはやられるしかない。それはみんな一緒なんだよ? もちろん、私だって。そんな私だけが知ってること? 検討もつかないよ」


「会話なんてしなくても、襲われるだけでも、得られたものはあったよ。だから、こうしてサナに聞いてる」


 サナの言葉を、ラウィは一蹴する。頭を掻いて、片目を閉じる。


「彼女が言ったんだ。『村の住民じゃない奴を攻撃する理由は無い』って」


「……!」


「ってことは逆に言えば、『村の住民には攻撃する理由がある』ってことだよね?」


 つまり、『蝉』はただ暴れているだけではないのだ。


 彼女は、何かしらの理由があって村人を襲っていた、ということになる。


 それが何かまでは、ラウィにはわかるはずもないが、一つだけ、はっきり言えることがあった。


「彼女は二年間もの間、村の人たちを襲ってたらしいけど、それではおかしいことがあるんだよ」


「……え?」


 サナが、意表を突かれたような高い声を出す。ラウィはそれを気にせず続けた。


「僕やベクター、それに『蝉』は神術って力が使えるんだ。ほら、一昨日見せた、水やお茶を浮かしたりするあの力だよ」


 先ほど相対したときにラウィが見た、彼女の両眼。カルキと同じ、鮮やかな橙色の瞳。


 『蝉』は、橙の神術師なのだ。


「そしてこの力はその気になれば、いや、その気は無くても人を殺してしまいかねないほど、強い力なんだ。だから普段は、誤って殺してしまわないよう緻密な操作が必要なんだよ」


 神術とは、生身の人間への暴力としては、完全に度が過ぎている。


 ラウィが水を人にただ叩きつけるだけで、首の骨くらい簡単に折れるし、顔に纏わせればそれだけで命を奪うことも出来る。


「でも、さっき騒いでた人達は言ってたよね。『このままじゃいつか死人が出るぞ』って」


「!」


「まだ、死人は出てないんだよね?」


 明らかな矛盾。


 二年間もの長い間、見境無くたくさんの村人を襲っておいて、一人の死者も出していない。


 明らかに、「殺してしまわないように」調整されている。


 村人を襲う理由はあるのに、命を刈り取ってしまわないよう、わざわざ加減している。


 『蝉』が、ただ暴力を振るいたいだけの輩なら、こんな事はあり得ないのだ。



 しばらく黙ってラウィの話を聞いていたサナが、目を細めて、努めて低い声で口を開く。


「……何で私に聞くの? 一階には大人の人達がいっぱいいるのに。どうして私なの? しかもわざわざ、二階に来て聞かれないようにまでして」


「下にいる人たちは、今怒り狂ってる。ドーマを痛めつけた『蝉』に対して。感情を剥き出しにして、彼女への怒りを叫んでる。そんな中で、サナだけは目立ってたんだよ」


「目立ってた……?」


「うん」


 村人たちが『蝉』への怒りをあらわにしている中、じっとドーマの横で手を握り続けていたサナ。一人だけ、異常なほど静かに。


 まるで、感情を隠しているかのように。


 泣きそうになりながらも、何かに耐えているかのように。


「どうしてサナだけ、何も言わなかったの? 恨み言の一つや二つ、言ってもおかしくないだろうに」


 むしろ、言っているはずだとラウィは確信さえ持っていた。昨日サナを見てきて、ラウィなりに思うところがあったのだ。


 元気で無邪気な、子供の典型みたいなサナが、兄を傷つけられたのにも関わらず文句の一つすら吐かないなんて、おかしい。


 サナは肩をすくめ、口元を歪めた。


「そ、それはそうでしょ。いきなりお兄ちゃんが気を失った状態で家に運び込まれてきたんだから。お兄ちゃんが心配でそれどころじゃ……」


「それも嘘じゃ無いとは思うよ。でも、ドーマが心配な『だけ』なら、あの場で感情をこらえる必要はないと思うんだ。だってあの場ではみんな騒いでたけど、ドーマを心配してなかったわけじゃないでしょ?」


 サナは、何を焦っているのか、目を白黒させながらしどろもどろで言葉を紡ぐ。


「そ、それは、その、あれだよ、あの子が、お兄ちゃんを……」


「それに、ね」


 ラウィは、そんなサナの言葉を遮る。



 そして。



 サナを一人だけ呼び出した、一番の理由を。



 彼女に、突きつける。



「サナは、『蝉』のことを『蝉』とは言わないよね。今もそうだ」


「……ッ!!」


 もはや、サナは言い逃れができないようだ。言葉を失い、何かを怖れるような表情で、ラウィに視線を合わせられなくなっている。


「二階に来たのは、サナが隠したがってるのがわかったからだよ。もう一度言うよ、サナ。君は、一体何を知ってるの?」


 サナは、何かを必死で考えているようだが、何も言葉を発さない。どこを移しているかもわからないふらふらと泳ぐその瞳。しかしサナの小さな口だけは、何か言いたそうにわずかに動いていた。


 そんなサナの様子を見て、ラウィは決断する。



「……わかったよ」




――諦めよう、と。




 サナがここまで言いたくない事なのだ。おそらく、何かラウィには想像の出来ないような事情があるのだろう。


 だから。


「『蝉』を探し出して、本人に直接聞くよ。無理やりごめんね。サナはドーマのとこに行ってあげて」


 そう言うとラウィは、サナに背中を向けて部屋を出ようとする。



「ラウィ!!」



 そんなラウィを、サナが呼び止めてきた。


「ラウィ……ごめんね」


 サナは、顔をうつむかせながら謝る。その表情は、サナの橙の長い髪に隠れて見えなかった。


「気にしないで。ドーマをよろしく頼んだよ」


「うん、それは任せて。えっと、あのね、ラウィ……」


 サナが、言葉を選ぶようにゆっくりと話す。


「あの子は、みんなから警戒されてるの。あの子が現れたところには、近くにある橙のイールドが音を出して、その居場所を伝える事になってる。それくらい、あの子は強い。だから、気をつけて」


「……? ……! わかった、ありがとう」


 ラウィはそのまま部屋を出て、階段を降りる。村人たちの怒声を聞きながら、玄関から外へ出た。


『蝉』を探すために。


 ラウィは、サナが言おうとしていた事を理解していた。


『蝉』が現れるところには、警報音が鳴る。つまり、それを追っていけば、彼女に会えるのだ。おそらく、これがサナに言えるギリギリなのだろう。


(さて、何だか妙な事になってきだぞ)


 最初ラウィは、単純に『蝉』が許せなかった。


 長い間離れ離れにさせられ、二年前ようやく共に過ごし始めた兄妹、ドーマとサナ。ラウィが幸せになって欲しいと願った二人に、突然不幸を突きつけた『蝉』。


 ラウィにもっと力があれば、ドーマが倒れ伏したあの時すぐに『蝉』を屠っていたかもしれないくらいには、嫌悪感を抱いていた。


 しかしそれは叶わなかった。だから『蝉』に一矢報いるために、サナを呼び出したのだ。サナしか知らない何かを知ることで、優位に立つことができるかもしれない、と。


 結果、不可解な事実が浮かび上がってきたのだ。


 一向に口を割らないサナ。好き好んで村人を襲っているわけではないかもしれない『蝉』。


 何だか面倒な事になりそうだぞ、と思いながらも、ラウィは『蝉』を探しに歩き始めていた。もはや、戦いに行く気など毛ほども残っていなかった。ただ、違和感の正体を『蝉』に尋ねる。そのためだけに、ラウィは動くのだ。


 この行動は、ラウィの目的には全く関係のない事である。


 姉を救い出せるわけでもないし、アルカンシエルを見つけ出すのに必要なわけでもない。


 それでもラウィは、「幸せになって欲しい」と願った人物のために動くのだ。


 ラウィは自分でもわからなかった。


 今までの自分ではこんなことあり得なかったと断言できる。


 しかしラウィは、歩みを止める事はない。



 これはきっと、やらなければならないことだ。





――ラウィの中で、何かが変わりつつあった。

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