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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 3. 微動する心魂
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3-5 遭遇


 ――翌朝――



「ラァァァウィィィィッ!!!!起ーきろぉぉぉぉぉぉぉおおおおおーーっ!!!」


「うわっ!? お、おはよう」


 完全に闇の中に意識を手放していたラウィに、ドーマが大声を纏って飛び込んできた。そのおよそ早朝とは思えない静寂を切り裂く叫び声に、ラウィの意識は一気に覚醒させられる。


「よしよし。偉いぞラウィ。起きてくれりゃ、わざわざ喚いた意味があるってもんだ」


「これで起きないサナがおかしいよ……」


 ラウィは一つ伸びをすると、今の今まで寒気から守ってくれていた布団を畳む。


 昨夜。遅くまで開かれた自分を歓迎する宴のあと、ラウィはドーマとサナの家で再び一夜を明かさせてもらっていた。


 祭りは楽しかった。


 久々のマトモな食べ物に、ラウィの舌と胃袋はきっと小躍りしていたことだろう。村を発つのを一日ずらして良かったと、ラウィは思った。


 しかし、ここらが潮時である。流石にこれ以上は時間をかけていられない。今回の事は骨休みと思って、また今日からアルカンシエルを目指して歩こう。


「ドーマ。色々とありがとう。こんなに楽しかったのは久々だよ。ちょっといつになるかわかんないから、サナは寝てると思うけどもう行くね」


 それだけ告げて立ち上がるラウィの肩をドーマが掴んできた。彼は、眉を寄せて裂けてしまうほど口を吊り上げていた。とても悪い笑みである。


 ニヤーッ、と。何か良からぬことでも企んでそうなドーマの顔。彼はラウィに顔を近づけてきて、囁くように声を紡いでくる。


「なあラウィ。サナは今寝てんだよ」


「え? そ、そうだね。それがどうかしたの?」


「わかんねえかな」


 ドーマは掴んでいたラウィの肩をドン、と押してきた。頭に疑問符が止めどなく溢れるラウィに背を向け、ドーマは家の外へと出て行った。


 全くもって何一つ理解していないラウィだが、とりあえず彼のあとを着いて行く。履物を踏み潰し、息を吐けば白い煙が舞いそうなほど冷気が満ちた空間へ足を踏み出した。


 そこでは、ドーマが何やら地面に突き刺さった大きな木の板をコンコン、と叩いてラウィに笑みを向けてくる。スカイランナーであった。


「結局昨日ほとんど乗ってねえだろ? 最後にひとっ走り、空を駆けようぜ」


「え、でも。サナに禁止されたよね?」


「硬えこというなよ。最後なんだしよ」


 目を細めて快活な笑顔をラウィに向けてくるドーマ。地面に刺さっているスカイランナーを乱暴に蹴り倒し、その上にうつ伏せになった。


「まあお前が乗りたくねえってんなら、やめとくがな?」


「いや、乗るよ!」


 飛び込むように、ドーマのすぐ横。スカイランナーの上に乗り込むラウィ。そんな自分に、ドーマが肘を小突いてきた。


「いいぜ、ラウィ。それでこそ男だ。禁止されてるからなんだぁ!! 男は縛られねぇ生き物なんだぁっ!!」


 ラウィが、スカイランナーに取り付けられた空色のイールドに手をかける。そしてその瞬間、ドーマが空へ向けて謎の宣言を飛ばすと、スカイランナーを発進させる。


 ドンッ!! と空気を叩くような爆音と共に、二人の体は風となった。一気に上空へ飛び上がり、辺りの景色を後ろへ押し流していく。


(うわぁ……すごい。本当に、空を、飛んでるんだ)


 ラウィは言葉が出なかった。空の飛行。鳥や虫にだけ許されていた空間へ、今自分は入り込んでいる。


 広いタイナ村全体を見下ろせる。たくさんの田畑。祭りが催された広場。森林だって今のラウィにとってはただの緑の塊でしかない。


 今はまだ、ラウィはイールドに掴まっているだけで、操作自体はドーマがしているが、早く自分だけで自由自在に大空を飛び回ってみたいとラウィは思った。


「んー? やっぱおかしいな。壊れたか?」


 一方ドーマは、何やら疑問を浮かべているようだ。眉をひそめ、辺りの景色を見ることなくブツブツと何か呟いている。


「おかしいな。こんなに速く飛んでるつもりはねえんだが……暴走してんのか? この! おら! 直れよ! おら!」


 ガンガンと、ドーマが空色のイールドを何度も何度も叩く。その衝撃に合わせて、スカイランナーがグラグラと揺れる。


「ちょ、ちょっとドーマ。危ないよ」


 ラウィは空を猛スピードで駆けている中で、イールドを殴りつける事に夢中になっているドーマに注意を促すが、ドーマは聞く耳を持たず、イールドを痛めつけていた。


 やがて。


 バキッ! と嫌な音がしたかと思うと、頭上に広がる大空と同じ色の何かが、木の板から外れた。咄嗟の出来事に、ラウィとドーマが掴んでいたイールドは手から滑り落ちてしまい、ピューッと何処かへ飛んでいった。


 重力に引っ張られるがままに地面へと飲み込まれていくそれを、ラウィとドーマは無言で見つめていた。そして、ふと我に返って叫ぶ。


「は、はぁっ!? 嘘だろおおおお!?」


 動力源を失ってしまったのでは、空を滑る二人に襲いかかる結果は火、を見るよりも明らかなのである。


「うおあああああああああぁぁぁぁッ!!!」

「ぎぃゃああああああああぁぁぁぁッ!!!」


 空へ投げ出された二人は放物線を描きながら落下していく。内臓が浮き上がる不快感がラウィを襲ってきたが、そんな事より、どんどん近づいてくる地上の方がよっぽど脅威である。


 しかし、不幸中の幸いか、ラウィとドーマは木々が生い茂る林のような場所に落ちていく。ガサガサ! と、木の葉や枝を折りながら、勢いを弱めて大地に尻餅をつくことが出来た。


「いてて……ちくしょう今日は散々だな」


「全くだよ……痛い……」


 それでも、痛いものは痛い。ドーマとラウィにはたまたま大きな怪我は無かったが、これは二人が比較的頑丈な人間であるからである。


 この痛烈な衝撃は、例えばサナであれば、骨の二、三本折れてもおかしくなかっただろう。



 しかし、それでも、直後に襲い来る衝撃に比べれば、落下の衝撃など可愛いものであった。



――ゾワッ、と。



 ラウィとドーマに、何かとてつもない嫌悪感が駆け抜けた。絶対にやってはいけないことをしてしまった時に感じる、後悔や怨恨ような。


 精神的な、衝撃。それに、二人は襲われていた。


(な、なんだ……?)


 ドーマはある一点を凝視していた。震える声で、絶望したように、ドーマが唇を動かす。


「な、何で、てめえがこんなところにいやがるんだ……」


 ドーマのそのあまりに敵意に満ちた視線に、ラウィはそれを辿って目標物に目をやる。



 そこには。



「あぁ? お前らが勝手に落ちてきたんだろ」



 少し言葉遣いの荒い、黒髪の少女が立っていた。


 その少女は、毛先が肩にかかるほどの長めの髪を持ち、背が高く、大人びた体型をしている。しかしまだどこかあどけなさの残るその顔は、ラウィと同じ年頃である事を伺わせる。


 そして、こちらを射抜くその鋭い瞳は、夕暮れを連想させるような鮮やかな橙色に染まっていた。


(橙の神術師……まさか、この女の子が)


 ドーマが少女の発言に拳を握って言い返す。力の込められたその声は、怒りや侮蔑。様々な負の感情が存分に含まれていた。


「うるせぇ! そもそもお前がこの村に存在してること自体が間違ってるんだよ! 出て行けよ! この、『蝉』が!」



 ラウィの予想通りであった。


 目の前の、ラウィとほとんど歳も変わらないであろうこの可憐とも言える少女が、村を襲う巨大な悪(・・・・ )


 ベクターがわざわざ村に留まることを選んだほどの、暴力。村中の人間から忌み嫌われている、『蝉』なのだ。


「……うるせえな」


『蝉』が、その清純な姿から発せられたとは思えないほど暗く、冷たい声で呟く。その綺麗な橙の瞳は、それだけで射殺してしまうほど敵意に満ちていた。


「俺を視界に入れたくねえのなら……寝てろ」


「!!」


 ラウィは、ほとんど反射的に神術膜を展開した。『蝉』から感じた身の危険に、体が勝手に反応したのだ。


 直後。


 ラウィの腹部に、猛烈な圧迫感が襲ってきた。まるで、胃の中に突然岩石が出現したような、そんな重苦しい苦痛。


 動くことも躊躇われるような鈍く強い不快感にラウィは眉間に皺を寄せるが、神術膜を展開出来ないドーマは、それだけでは済まなかったようだ。


「おっ……ごっ……ぅゔぉぇっ……」


 声にならない呻き声を上げながら、前のめりに倒れこむドーマ。その口から、血の混じった吐瀉物を吐き出している。


「ド、ドーマ!! しっかり!!」


 ラウィは直ぐに、地に倒れ伏したドーマに駆け寄る。ドーマは、既に意識を失っていた。ビクンビクンと、背中が酷い痙攣で跳ね回っている。どう考えても、無事ではない。


(ダメだ……ドーマを助けないと。『蝉』から、敵から守らないと!!)


 ドーマを庇うように前に立つと、『蝉』を睨みつける。『蝉』が持つその橙色の瞳から、輝く炎のようなもやが吹き出している。


 神術師が、神術を行使している時に起こる現象だ。その揺らめく橙の煙を見て、ラウィは焦燥にかられる。昨日ベクターに忠告されたばかりだというのに、昨日の今日で『蝉』に遭遇してしまった。


(こいつに勝てるかどうかはわからない。でも、僕がやるしかないんだ。でないと、ドーマが危ない!)


 「味方」が危機的状況にさらされることで、ラウィの中で他人を護る思考回路が構築されていった。


 自分に危害を加える者は、敵。


 自分が味方だと判断した者に危害を加える者も、敵である。


 敵である『蝉』から、味方であるドーマを護る。護ってみせる。絶対に助けてやる。


 ところが、そんなラウィの決意とは裏腹に、『蝉』はポカンとした顔でラウィを見つめていた。


「……は? 何でお前は倒れねえんだよ?」


 それは、今までとは打って変わって、普通の人間( ・・・・・)という印象を受ける声だった。


 その変化にラウィは少し戸惑うも、警戒を緩めることはない。


「僕も君と同じで、神術を使えるんだよ」


 ラウィは、ドーマを抱え上げる。そのまま『蝉』との距離を測りながら、一歩ずつ、ゆっくりと後退していく。


 意識が飛んでいるドーマは、ラウィに抱えられるままだらんと四肢を投げ出している。医学の知識が全く無いラウィには、ドーマの容態がどれほど悪いのか判断出来ない。


 だが、少なくとも、良い状態では無いことだけはわかる。少しでも早く、この場を脱してドーマの手当てをしなければ。


 そう思っていたラウィだったが――


「……村の住民じゃねえお前をこれ以上攻撃する理由はねえ。帰れ」


 『蝉』が発したその言葉に、思わず困惑の声をあげてしまった。


「……えっ?」


「二度言わすな。それとも、何か? 実は叩きのめされたいなんてクソ気味悪い欲望抱いてんじゃねえだろうな?」


 意味がわからなかった。


 『蝉』は、たった今自分達を攻撃してきたばかりではないか。


 それなのに、攻撃する理由はない( ・・・・・・・・・)と、言ったのだ。


「……」


 ラウィは黙考する。結論はすぐに出た。不可解な部分は多々あるが、攻撃してこないと言うのならさっさとこの場を離れよう。


 そう判断したラウィは、『蝉』から目を離さないよう、背を向けずに自分とのゆっくりと距離を広げていく。


 ラウィが慎重に、三歩ほど下がった、その時だった。



「わかんねえかな。今すぐ消えろ、っつってんだよ」



 いつの間にか、視界が全て彼女で埋まってしまうほどの距離にまで、『蝉』が詰め寄っていた。『蝉』は、徐々にラウィが開けた距離を僅か一歩で零にしたのだ。それと同時に、長い黒髪を振り乱して拳を振り抜いてきた。


 ラウィは、咄嗟にドーマを庇う。防御に徹したラウィに、『蝉』の一撃が炸裂する。


「――――ッッ!!!」


 音さえ置き去りにするような、とてつもない速度でラウィはドーマごと殴り飛ばされる。『蝉』の放った鮮烈な攻撃に、ラウィとドーマは、纏めて吹っ飛ばされたのだ。


 息も出来ないほどの速度で、しばらくの間空中を走らされたラウィは、地面で二度三度跳ねるとその勢いで回転しながら、地面を滑ってようやくその動きを止めた。


 ドーマを、最後まで庇って。


(……い、いった……。神術膜を張って無かったら、体がバラバラになるところだった……)


 それほどの衝撃。それほどの威力。


 とても、華奢な少女が出せるような力ではない。『蝉』はベクターの言う通り、ラウィより確実に格上の存在であった。


(だいぶすっ飛ばされたな……とにかく、ドーマを安全なところへ運ばないと)


 痛む体に鞭を打ち、ドーマを背負って立ち上がる。ここがどの辺りなのかはわからないが、それでも立ち止まるわけにはいかない。


 ドーマを死なせてたまるものか。


 そう思って、とにかくラウィはドーマの家を探そうと歩き出した。



 しかし、その必要は無くなったようだ。



「あっ! お前ら! 何があったんだ、無事か!?」


 数人の村人たちが、ラウィの元へ駆け寄ってきたからだ。おそらく、ラウィたちが飛ばされた豪音を聞きつけてやって来たのだろう。


「おい、ドーマ、しっかりしろ! 何だ!? まさか、『蝉』に襲われたのか!?」


 ラウィは、コクンと頷く。


「ちくしょう! とにかくドーマを家へ運ぶぞ! この旅の子もだ!」


 村人たちは、ラウィの代わりにドーマを担ぐと、家があるであろう方角へ駆け出した。ラウィも、残った村人に肩を貸してもらい、家へ向かう。


「運がよかったな、ここからドーマん家はすぐだ。君も手当してもらうといい」


 村人の言う通り、ドーマとサナが住んでいる家にはすぐに着いた。というか、ラウィたちが飛ばされた位置からほとんど目と鼻の先であった。一分も歩いていない。


(……運が良い? いや、いくら何でも近すぎる)


 何とも言えない違和感と共に、ラウィはドーマの家へと上がりこむ。


 部屋の中では、すでにドーマが横たわっていた。隣に寄り添うように、村人の一人が何やらドーマの腹や胸を触っている。


「内臓にちょっとダメージが行ってるみたいだが、命に別条は無さそうだ」


 その村人が、集まった全員に聞こえるよう告げる。医者か何かだろうか。周囲の村人たちはホッと胸をなでおろすも、すぐに感情を爆発させる。


「そうか、良かった。それにしても『蝉』め、許せねえ!!」


「あの疫病神が!!」


「このままじゃ、いつか死人が出るぞ! ふざけやがって!!」


 村人たちが、それぞれ好きに感情をさらけ出す。


 そして、ドタドタとサナが二階から駆け下りてきた。おそらく、村人の一人に叩き起こされたのだろう。


 大体の事情を聞いたサナは、辺りの騒がしさとは対照的に、無言でドーマの隣で大人しく座り、彼の手を握った。その表情は、怒っているわけでも、泣いているわけでも、悔しがっているわけでもない。


 無。


 ただ、感情を押し殺すことに集中しているような印象を、ラウィは受けた。


 そんなサナに、ラウィは一言、声をかけた。


「ねえ、サナ。ちょっといいかな? 聞きたいことがある」


「……?」


 サナは、ドーマの手を両手で包んだまま、きょとんとした目でラウィを見る。


 ラウィは、『蝉』への怒りで喚き散らしている村人たちを一瞥して、小さな声で提案する。


「……ここじゃだめだ。ちょっと来て。二階へ行こう」

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