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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 3. 微動する心魂
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3-4 ベクターという男

 

 自走する植物に抱えられ、ラウィは足をぶらぶらさせて痺れを取り除いていく。


 その蔓のような植物は、かなり異質な出で立ちをしていた。ラウィはドーマを見やる。彼が腰掛けている部分を背中とすると、まるで四足歩行の動物の様に見えた。


 足は八本くらい生えていたが。人ひとりの体重を支えるには、流石に細い蔓だと四本じゃ足りないらしい。


 ザクザクと、足一本一本が地面を突き刺してバランスを取っている様だ。


「えっと……」


 今度はベクターと言う男を見やる。ラウィの視線に気づいたのか、ベクターが翠の瞳を細めて微笑んできた。


「昨日ぶりですね。私はベクターと言います。以後お見知り置きを」


「あ、うん。よろしく。僕はラウィだ。その、ベクターって、神術をどこで学んだの?」


 人を乗せ、動物を模して自走する植物。翠の神術師の、自然物を操るという力を行使して作られたこの乗り物。


 彼の熟練度が桁外れなのは言うまでもなかった。水を動かすしか能のないラウィとは大違いである。ベクターがどうやってここまでの実力を備えたのか、ラウィは気になったのだ。


「そうですね……どこで、と聞かれれば、世界中で、と答えるしかないでしょうね」


「え? どういう事?」


「ベクターさんは、昔世界を旅して回ってたんだよ」


 ラウィの疑問に、興奮気味のドーマが口を挟んでくる。ドーマは、まるで自分の事を話すかの様に、得意げに言葉をまくしたててきた。


「二年前にこの村に立ち寄るまで、様々な地域で腕を磨いていたんだ。その辺はラウィと似た様な所があるな。で、このチカラはその時にどんどん洗練されていったんだよ」


「ま、そういう事です。答えにならない答えで、申し訳ありません」


 後頭部に手を当てがって、微笑むベクター。その顔は、多少の申し訳なさを含んでいた。


 ふと、ラウィは少しだけ前につんのめってしまう。自分を乗せる植物の動きが止まったのだ。どうやら、目的地に着いたらしい。


「さて、着きましたよ。ここです。是非楽しんでください」


「ふわぁ……」


 ラウィは、思わず感嘆の声を漏らす。樹々が立っていない、やたら拓けた広場の様な場所の中心に、轟々と燃え上がる巨大な火柱。


 それを取り囲む様に、たくさんの人達がせっせと働いていた。


 顔に熱を感じるほどの眩しい豪炎。それに伴う、物が燃えるとき特有のパチパチと弾ける様な音。どこかから漂う、嗅ぐだけで食欲をくすぐる芳香。


「これが……お祭り!!」


「はい、お祭りです。足は動かせますか? 難しい様なら料理をいくつか見繕ってきますが」


 ベクターが、ラウィとドーマを乗せていた植物の操作を解除する。地面に座り込む格好となった二人に、顔を覗かせてきた。


「あ、じゃあお願い」


「ラウィてめえ! ベクターさんに失礼だろ!!」


 あっさりとベクターに頼み込んだラウィに、ドーマが袖を掴みかかってきた。声を大にして叫ぶ彼に、ラウィは戸惑いながらも問い返す。


「え、だってドーマ歩けるの?」


 そして、ドーマのふくらはぎに、ポン、と拳を軽く打ち付けた。


「いぎゃぁッッッッ!?」


「ほら」


 奇妙な声をあげて悶えるドーマ。ゴロゴロと地面を転がる彼と、それを苦笑いを浮かべて見下ろすラウィの二人を見て、ベクターが口に手を当てがってクスクス笑う。


「わかりました。お二人の分は、私が持ってきますよ。その後、ラウィ君。私と少し話をしましょう」




 ――




「これ、僕いる必要無かったんじゃないかな?」


 ラウィは、ベクターに持ってきてもらった料理の一つ、大きな骨つき肉を頬張る。中心で轟々と燃え盛る炎の周辺でドンチャン騒いでいる村人たちを見て、ドーマに問いかける。


 隣に座り込んでいるドーマも肉を噛みちぎり、モシャモシャと咀嚼して飲み込んでいた。


「ああ、そうだな。だから言ったろ。村の連中は、とにかく騒げれば何でもいいんだ」


「申し訳ありません。せっかく時間を作って頂いたのに」


 ベクターは野菜の串焼きを頬張っていた。程よく焦げ目のついた色とりどりの野菜は、肉とはまた違った甘い芳香をラウィへぶつけてくる。


 彼は翠の瞳を閉じて、ゆっくりと器に入った液体を口にした。ラウィは子供だからと飲ませてもらえなかった、『お酒』というやつだ。ふぅ、と軽く息を吐くと、ラウィに問いかけてくる。


「ラウィ君。早速ですが、『蝉』には気をつけてください。あなたも神術師みたいですが、奴も強い。遭わないのが何よりでしょう」


「あ、やっぱり『蝉』って神術師なんだ? ベクターがみんなを守ってるって聞いたよ」


「はい。目を見て貰えば一目瞭然ですが、私も神術師なのでね。『蝉』を除けば、この村では私だけです」


 ベクターは、今度は肉と野菜が交互に刺された串焼きを手に取る。ベクターが持ってきてくれた料理は、基本的に串焼きである。様々な種類のそれらを、大きな平皿に山のように積んでくれていた。


「奴は村人を意味もなく傷つけます。私は元々旅の者だったのですが、暴れる『蝉』を見過ごせなくて、ここを拠点にしばらく滞在しようと考えたのです。もう二年も前の話になりますかね」


 巨大な炎でわずかに赤みがかかる夜空を見上げるベクター。その翠の瞳は、目がくらむほどの光を放つ莫大な熱の塊の、更に向こう側に瞬く星々を捉えていた。


「私は、『蝉』を許さない。わずかな義侠心と陳腐な正義感ですが、それでもこの村を私が守らなければ。そう思ったのです」


 静かな声で。ともすれば、周りの喧騒に飲み込まれてしまいそうなほど、穏やかで、それでいて芯の通った意志が感じられる声色で。


 ベクターは焔に照らされる深緑の髪をかきあげた。


 その横顔を見てから、ラウィはまた一つ肉にかぶりついた。


「偉いね、ベクター。僕は明日この村を出るけど、これからも頑張って」


「はい。そのつもりですよ。ラウィ君も、怪我の無いよう」


 蒼い瞳と翠の瞳が交差する。二人の神術師は、喧しいと感じるほど賑やかな祭りを眺め、それぞれの料理にかじりついていた。


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