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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 3. 微動する心魂
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3-3 譴責




 ラウィは、ドーマや村人たちとともに家の外に出ていた。理由はもちろん、イールドを使っての空を飛ぶ練習をするためだ。


 雲一つない快晴。陽の光が燦々と降り注ぎ、まだ春が来るような時期ではないが、それでも十分に暖かいと言える気温であった。


 ラウィは、高揚する気持ちを抑えきれなかった。思わずその場でピョンピョンと体を弾ませる。


「おお、ラウィ気合入ってんな。そんなに楽しみだったか?」


 ドーマがおちょくるようにラウィの肩を掴んで絡んでくる。ラウィは拳を握ってドーマを見つめ返した。


「楽しみも何も! 早く飛んでみたくてしょうがないよ!」


 ラウィは昂ぶる心を抑えきれずに、鼻息も荒く興奮気味に話す。空を飛んでみたい。そんな願望誰しも持つものであろう。


「よしラウィ。早速やるか。空を飛ぶには、こいつを使う」


 そういってドーマは、長辺が背丈よりも高い木の板をラウィの前の地面に突き刺した。見たところ、なんの変哲も無いただの板のようである。


 自然物としては奇怪な色をした大きな石が、くっ付いている事を除けば。


「スカイランナー。こいつの裏には、空色のイールドが取り付けてある。こいつが生み出す風の力で、空を飛ぶんだ。まあぼろっちいが、我慢してくれ。要は飛べばいいんだ」


 そう言うとドーマは、空色のイールドがある面を上にして、板にうつ伏せに乗っかる。


「綺麗な蒼いイールドだね。風を操れるんだ?」


「ああ、見てろよ?」


 ドーマがその蒼い石に手をかけると、ヒュオオオッと、風を切るような音とともに、ドーマの大きな体が木の板ごと宙に浮き始めた。


「その場に滞空するのには、それなりの技術がいるが、飛び回るだけならすぐできると思うぜ。飛行するときは、イールドをしっかり握って落ちないようにするんだぞ」


 ドーマが、ふわふわとその場で浮遊しながら事細かに説明し始める。


(教えるのは他の人たちに任せるんじゃなかったっけ?)


 そんな事をラウィは思ったが、彼にとってはどちらでも問題は無かったため何も言わなかった。


「ラウィ、乗れ。しっかり捕まっておけよ」


 ドーマが、ラウィの腰の高さあたりにスカイランナーを操作し、対空させた。


「おい、俺らはどうしたらいいんだよ?」


 ドーマとラウィだけで話が進んでしまっているのを見て、一緒にその場にいる村人のうちの一人がたまらず声をかける。


「お前ら別にいらなかったな」


 ドーマがニヤリとした笑みを見せながら言葉を吐きすてる。


 その言葉を聞いた村人たちの様子を見て、なんだかまた面倒くさい事になりそうだと思ったラウィは、ドーマが寝そべっているスカイランナーと呼ばれる木の板に飛び乗る。


「行くぜラウィ! 手ぇ離すんじゃねえぞ!」


 ラウィがその言葉通り、空色のイールドに掴まろうと手をかけた、その瞬間。


 ドンッ!! と、空気を叩くような音を響かせながらスカイランナーが急発進する。


 そして、次の瞬間には止まっていた。


 何故なら、走り出したスカイランナーは、一秒としないうちに、サナとドーマが住む家の二階に飛び込んでしまっていたからだ。


 壁を破壊し、扉を薙ぎ倒し、家の中をめちゃくちゃにしながらスカイランナーは勢いを殺したのだ。


「ごほっごほっ! いてて……くそ、年甲斐もなく焦っちまったか? おいラウィ、大丈夫か?」


 ドーマが、ガラクタの山から体を起こす。室内は埃で非常に煙たくなっており、咳が止まらなくなっていた。


「ドーマ……大丈夫だから、ちょっとこっち来ないで」


 ラウィは、消え入りそうなか細い声でドーマに返答する。本当に、頼むから来ないで。


「何だ? どうしたラウィ……って」


 ラウィの願望もむなしく、ドーマの視線は一つの光景に釘付けになっていた。


 それは、すやすやと気持ちよさそうな寝息をたてている彼が愛する妹サナに、自分が覆い被さっている光景である。


 ラウィたちが飛び込んだ部屋は、サナが寝ていた二階の一室だったのだ。


 ラウィは、部屋に飛び込んだ衝撃でサナの上に乗っかり、そのまま両手を何か重い瓦礫に押さえつけられて動けなくなっていた。


 というか、サナも起きて欲しい。何でここまで爆音が轟いたのに、まだよだれを垂らしてだらしない顔で眠っているのだ。


「あ、あはは……ねえドーマ。腕に乗っかってるこれどかしてくれない、かな……? ねえちょっと、怒んないで。お願い」


「ぶっ殺す!!」


 ドーマは、両手が固定されて無防備なラウィに容赦なくその辺に落ちてる木材の破片で殴りつけてくる。


「ん……? むにゃ、おはよう」


 ようやくサナが寝ぼけながらもようやく起床した。が、代わりにラウィが意識を手放してしまう事となった。



――となればまあ、お笑い話に出来たが、そんな事にはならなかった。



 ラウィには神術膜があるのだ。ラウィは咄嗟に、神術膜で体を覆っていた。ラウィに打ち付けられた木材は、簡単にへし折れてしまった。


しかし問題はそこではない。ラウィの精神的なところである。


「ねえ、ドーマ、ちょっと酷くない? 反撃していい?」


「悪かったよ。何かこう、その場のノリってあるだろ」


 ドーマはよくわからない事を言いながらラウィを助け起こす。


 一方のサナはというと、床に寝そべったまま、虚ろな眼差しでドーマより更にわけのわからない事を喋っていた。


「あれー? お父ちゃんこの人お友達ー? 初めまして、サナだよぉ。えへへ」


「サナはまだ寝ぼけてやがる。部屋散らかしたこと怒られる前にずらかろうぜ」


 ドーマはそう言うと、さっさとガラクタの山からスカイランナーを引っ張り出す。


(散らかしたっていう域を超えてると思うけど、まっいいか。僕も怒られたくないし)


 互いの利が一致したラウィとドーマは、さっさと一階に降りて行った。





 ――




 まあ、そんな行き当たりばったりな事をしても、結局は怒られるわけなのだが。


「何で黙ってたの!? どう考えても隠し通せるわけないじゃない! 二人ともお馬鹿さんなの? 頭がお花畑な種族なの!?」


 寒空の下、ラウィとドーマは林の一画で正座していた。そんな二人に、サナが顔をしかめてプンスカプンスカ怒っている。


 わざとではないとは言え、サナの部屋をぶっ壊してしまった事は事実なのである。


「ねえサナ。僕は操縦してないよ?」


「あっ。てめえラウィ! きたねえぞ!!」


 ラウィの発言に被せるようにしてドーマが声を荒げる。しかし、そんなラウィの理屈も、怒れるサナには通じないようである。


「そんなの言い訳になりません。連帯責任だよ。二人とも、今後スカイランナーは禁止! あと、日が暮れるまでここで正座してて!!」


「は、はぁ!? ふざけんなよサナ! 俺は――」


 ドーマはそこまで言いかけるが、口を閉じた。見下ろしてくるサナの瞳が、本気(マジ)だったのである。


 逆光で顔に影が差すサナの迫力は、ラウィとドーマに何も言わせなかった。


 ふんっ、とか言いながら二人の元から去っていくサナ。本当の本当に、ここで夜になるまで正座をさせられるのだろうか。


「ね、ねえドーマ。こんな事しょっちゅうあるの?」


「ねえよ。しょっちゅう家ぶっ壊してたら俺たちゃ今頃野宿してるぜ」


「いや、そうじゃなくて。サナが怒って何か命令してきたら、どうなるの?」


「ラウィ。希望は持つな。早く陽が落ちる事だけを考えろ」


 木々の間から覗く、無駄に青く澄んだ空を見上げ、ドーマが悟ったように呟く。その顔は、心なしか生気が感じられなかった。


(夜になるまでって……今、朝だよね?)


 絶望的な長さである。何だかここ最近、やたら足にダメージが行ってばかりな気がする。


 蒼い髪の少年と、橙の髪の青年。やんちゃな二人は、北風が吹き抜ける冬空の下、ただただ時間が早く過ぎるのを空を仰いで祈っていた。





 ――






 そして、ようやく陽が落ちる。ラウィとドーマは完全な無表情でその時を迎えていた。人っ子一人通らなかったのは、恥ずかしい姿を見られなくて良かった。


(ああ、やっと解放される……)


 感無量である。感じた事のない苦痛。動いてはいけないしんどさ。鳴り響く腹の虫。


 それらからようやく解き放たれるのだ。涙を禁じえなかった。


 ラウィは腕を地面について、ゆっくりと足を崩していく。もはや感覚すら通っていないその両足は、ラウィに立たされる事を拒んでいた。


 立てない。長時間圧迫され続けた結果、血液が滞って尋常ではない痺れを纏っているのだ。


「ねえ、ドーマ……立てないんだけど、助けて」


 ラウィは苦痛に顔を歪ませてドーマを見る。ドーマにいたっては、正座の姿勢を崩す事すら出来ていないようであった。このダメージの差は、体重の差であろうか。


「俺もだよ……誰か助けてくれえええええええッ!!!!!」


 涙ながらにドーマが大声で助けを求める。その声は、薄暗くなった夜空へ吸い込まれるように消えていった。


「おやおや。主役がいないからと探してみれば、こんな所で何をしてらっしゃるのですか」


 ふと、背後から男の声が聞こえた。だが、振り返る事もできないラウィは声の主を確認する事ができない。


「祭りが始まりますよ。早くこちらへ」


 いや、その声には聞き覚えがあった。昨日、役場の前で自分に声をかけてきた男の物である気がする。確か、名前は――


「べ、ベクターさんですかっ!?」


 ドーマがその姿の見えない男に問いかける。その顔は、高揚と動揺と涙でもうめちゃくちゃに歪んでいた。


「はい、ベクターさんですよ。ドーマ君、旅の少年。もしかして、立てないのですか?」


「は、はい……」


 ドーマが恥ずかしそうに顔を俯かせる。


「仕方ないですね。主役である旅の少年が来なければ、祭りは始められませんからね」


 モゾモゾ、と。ラウィは自分が腰を下ろす地面が蠢いているのを感じた。それが何なのか判断する前に、ラウィの体は宙に浮き上がった。


「!?」


 ラウィは、太い蔓のような植物の上に乗っかっていた。いや、植物がラウィを乗せているのだ。隣では、ドーマも同じように人の頭ほどの高さの位置で蔓に座り込んでいた。


 ラウィはようやくベクターという男の姿を確認した。闇に紛れそうな黒い服に、光り輝く翠の瞳からは、同じ色の煌めくモヤのようなものが噴き出していた。


(翠の神術師……植物を操る能力か)


 思わず口角がつり上がる。改めて体験する自分以外の神術に、ラウィは少しの羨望と、多大な好奇心を刺激されていた。


 自身を持ち上げる蔓を見て、ドーマがベクターへ向けて呟く。


「やっぱベクターさんはすげえっすね……」


「ありがとうございます。では、向かいましょう。魂揺さぶる、宴へと」



ラウィとドーマ。それに翠の瞳の男ベクターを加えた三人は、祭りが開催されるという場所へと進んでいった。

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