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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 3. 微動する心魂
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3-2 ドーマの過去

 


「……え?」


 ラウィは、思わず固まった。


「信じられねえだろ? でも、事実だ。あいつは、物心ついた頃から奴隷だった。二年前に、そこを抜け出してこの村にやってきたんだよ」


 村人は、まるで自分の悲しい過去を吐露するかのように、暗い表情で続ける。


「あいつとサナちゃんのお父さん……ランドルさんって言うんだが、その人も十年くらい前にこの村に移り住んだ人なんだ。その時は奥さんと二人きりで来たらしいから、既にドーマが産まれていた事は、誰も知らなかったそうだ」


 その村人は、腰を下ろす。後ろに付いて来ていた他の村人たちも部屋に入ってそれぞれくつろぎ始めた。


「その時には、ドーマはもう奴隷として連れて行かれていたんだな。かわいそうに。まあ、気の強いあいつのことだ。へこたれることなく、抜け出す機会を伺っていたのかもしれないけどな」


 他の村人たちが何やら騒ぎ始めたので、ラウィはドーマの過去を語る男との距離を少しだけ縮めた。


「それから数年して、サナちゃんが産まれた。程なくして、奥さんが亡くなった。そして、二年前。『羽化の日』にランドルさんが、その、ある理由があってこの村を出た。ドーマが帰って来たのはその直後だ。だから、ドーマはご両親の顔を覚えてないんだ」


 村人は、本当に悲しそうに話す。


 ラウィは、信じられなかった。


 ドーマが、二年前まで奴隷だった。


 この兄妹も、自分と姉のように、共に過ごしていたはずの時間を奪われていたのだ。


 今の話によれば、サナはおそらくドーマと会ったのも二年前が初めてだったであろう。まだ、同じ時間をたったの二年しか刻んでいないのだ。


 これから、この二人にはたくさんの楽しい思い出を作って欲しいと、ラウィは心から思った。



――自分と姉以外の幸せをここまで本気で願ったのは、初めてかもしれない。



 ただ、自分たちと似たような境遇だからという理由だけではない。この感情はおそらく、まともな心を持った者なら、当たり前に感じる物なのだろう。


 ラウィは、初めて感じた想いに戸惑うことなく、むしろ当然の物として受け止めた。


「……そう、なんだ」


 思わず、呟く。ラウィには、こんな時に何と言えばいいかわからなかった。自分から聞いたくせに、返す言葉が見当たらなかった。


 そんなラウィの気持ちを表情から読み取ったのか、村人が努めて明るい声で話す。


「まあ、なんだ。今が良ければそれで良いんじゃないか? そう暗い顔してやるな。ドーマに蹴っ飛ばされるぞ?」


「あはは。それは勘弁してほしいな。ドーマ容赦ないもん」


 ラウィも、眉を垂らして少しだけ笑う。


 村人の言う通りだった。


 サナとドーマは、これから同じ時を歩んでいく。自分と姉とは違って。ならば、そんな「今」を精一杯楽しんでいれば、それでいいのかもしれない。



「ところで、『羽化の日』っていうのは何? 初めて聞くんだけど」


 ラウィは続いて村人に尋ねる。


「ああ、そうか。君は知らないだろうな。羽化の日っていうのは、『蝉』がこの地に生まれ落ちてしまった日の事だ。『蝉』の事は知ってるか?」


 軽く頷く。


「そうか。『蝉』は、元は普通の子供だった。だが、ある日を境に、まるで蝉が幼体から羽化して姿を変えるように、奴も変貌してしまったんだ。俺たちは、その悪夢のような日を『羽化の日』と呼んでるんだよ」


 村人は、思い出すのも忌々しいかのように、眉間にしわを寄せて話した。


 ラウィはまた一つ、疑問が浮かんだので思わず口に出した。


「え? 『蝉』って子供なの?」


「ああ。もう、今は子供って言っていい年齢かは微妙だがな。そうだ。ちょうど君と同じくらいだと思う」


 衝撃だった。


 ラウィは、勝手なイメージで『蝉』は大人だと思っていた。


 村人を襲っていた( ・・・・・)のだし、ドーマも巨大な「悪」と言っていた。


 これらから、子供は全く連想しなかった。

 いくら悪さをしても、子供にここまでは言わないだろう。


 逆に言えば、ラウィと変わらない年齢であるのに、そんな事を言われてしまうほど人々から恐れられているのだ。


『蝉』は、相当の武力を持ち合わせているであろうことが推測できた。



 周りでは、鍋はまだかまだかと叫ぶ数人の村人が暴れているが、それを全く意に介さずに、穏やかな雰囲気の男が話し続ける。


「ドーマも不運だよな。せっかく十何年ぶりに親の元へ戻れたと思ったら、『蝉』なんかが暴れる村に来ちまったんだから。あいつには幸せになって欲しいよホント」


(……あれ?)


 ここで、ラウィは一つの矛盾に気がついた。


 ドーマとサナの両親がこの村に移り住んだのがおよそ十年前。ドーマはそれより前に既に奴隷にされていた。


 ならば。


 ドーマは、どうやって両親がこの村に移り住んだのを知ったのだ?


 それを、ラウィは村人に問おうと思ったが、とある人物によって遮られてしまった。


 ドーマが漸く調理場から戻ってきたのだ。その両手には、やたら大きい鍋がぶら下がっていた。


「おら、どけや馬鹿ども。ラウィもだ。食いたきゃそれなりの礼儀を見せてもらおうか!?」


 ドーマがそう叫ぶや否や、村人たちが瞬く間に横一列に並ぶ。


 村人の一人が目配せすると、全員が同時に三歩ほど下がり、その場へ正座をする。


 そして。


「我々に、鍋をお恵みください!!」


 全員がそう叫び、両手のひらと額を床に擦り付け始めた。その異様な光景に、ラウィは目を丸くしてドーマを見据えた。


「ド、ドーマ。これは一体?」


 ドーマは、はっはっは! と大笑いしながら土下座している男たちを指差す。その歪んだ笑みは、もはや狂気すら感じさせる。


「こいつらがこの鍋を食えるなら何でもするって言うからよ、どこまでならやるのかって思って段々キツめの事をさせてたんだけどよ。こいつらマジで何でもするんだよ! 次は何させようか!?」


 腹を抱えて笑うドーマに、村人の一人が怒りを露わに言葉を投げつける。流石に頭に来たようだ。


「うるせぇんだよこのクソサディスト! いいからさっさと鍋を食わせやがれ!!」


「仕方ねーな。ほれ。食えや」


 ドーマは大きい鍋を、今までラウィが食べていた鍋の隣にあった紅のイールドの上に置くと、具材の一つをその村人に投げつけた。


「ぎゃぁぁぁああああ!! なんか生ぬるい!」


「さて、火ぃ点けるか」


 ドーマは、大袈裟な反応を見せた村人を完全に無視する。


(ドーマは、人にイタズラするのが好きなのかな?)


 ラウィが若干見当違いの事を考えていると、ドーマがラウィに目を合わせてくる。


「そうだラウィ。お前空走りたいんだっけ。こいつらにやり方教えてもらえよ。俺は人に教えんのは苦手なんだよ」


 そのドーマの言葉を聞いた村人のうちの一人が、少し驚いたような声を放つ。


「空を走るって……スカイランナーの事か? 何だよ、その子乗ったことねえの?」


「ああ。せっかくの客人だ。教えてやってくれよ」


「ああ、構わねえよ……でも、その前に」


 そう言った村人がゆっくりと、部屋の中央に置かれた机に、いや、大きな鍋にじりじりと近づく。


 そして、これ以上なくやかましい声で叫ぶ。


「鍋! 食わせろやぁぁぁぁあああああ!!!」


 村人たちは、一人が鍋を掻き込み始めたのを皮切りに、全員が大きな鍋に群がって貪るように食し始める。


「このブタどもが! まだ温まってねえだろ!」



 ドーマの怒号が、室内に虚しく響き渡った。

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