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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 3. 微動する心魂
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3-1 タイナ村の朝

 

――



 朝である。


 窓から漏れる日差しがラウィの顔に降りかかるも、ラウィは布団に頭から潜ってそれを遮断する。


 とても気持ちが良い。


 野宿生活に慣れていたラウィからすると、布団なんてものの寝心地の良さは計り知れなかった。


 柔らかい敷布団に、暖かく包み込んでくれる掛け布団。快適すぎた。ラウィは思わず笑みが滲み出てしまう。


 目を覚ましたはいいものの、布団から出る気は全く起きず、ラウィはうとうととまどろんでいた。


 猛獣や奴隷商人、その他の脅威に気を配らなくていいのも快適さを助長するのに一役買っているんだろうなと、適当に予測をつける。


 ラウィは、今はとりあえず何も考えたくなかった。


 肌寒い朝に舞い降りる、ぬくもりが与えるこの幸せなひと時を思う存分満喫して――



「ラァァァウィィィィッ!!!!起ーきろぉぉぉぉぉぉぉおおおおおーーっ!!!」


「ぎゃぁぁぁぁっ!!!???」



 ビクッ!! と全身で驚愕を表し、ラウィは布団から飛び起きる。


 途端に、春を迎える直前である季節が作る、刺すような冷気が襲ってきた。


 ラウィは、自分を幸福から引きずり落とした男を、軽い怨恨の念を込めながら見据える。


 貴重なぬくもりを大声によって奪ったその男は、その貴重なぬくもりを与えてくれた布団の持ち主だった。


 ドーマ=フローラ。


 橙色のの髪を持つ サナの兄が、およそ早朝とは思えないテンションで部屋に飛び込んできたのだ。


 ほんの一瞬、ドーマを敵と判断して張り倒してやろうかという思いが頭をよぎったが、すぐに訂正する。


 悪い癖だ。


 ドーマは、飛び起きたラウィを見て、片目を閉じて満足そうに親指を突き立ててきた。


「よーし、一度で起きたか。サナの奴はこの程度じゃ起きねえからな。ラウィは偉いぞ!」


「いや、普通は起きると思うよ……」


 ラウィは大きくため息をつく。まだ心臓がバクバクと脈打っているのを感じられた。


(ドーマがこんな元気すぎる起こし方をしないといけないサナは一体どれだけねぼすけなんだろう?)


 頭をガリガリと搔く。なんだか、とんだとばっちりを受けた気がしたが、起きてしまったものはしょうがなかった。


 ラウィは、今まで寝ていた布団を畳むと、隅へ追いやる。そんなラウィに、ドーマから声がかかった。


「よし、そら、食えラウィ。今日はやることがいっぱいあんぞ?」


 ドーマは昨日から出しっぱなしであった机に鍋を置き、そこから小皿に具材をよそってラウィに手渡してくる。湯気が上がっていた。おそらく、自分が寝ている間に準備しておいてくれたのだろう。


「サナは寝かしとく。起こすのもめんどくせえしな。疲れる。先に食っちまおうぜ」


「どれだけ必死こいて起こさなきゃならないのさ……」


 少し呆れながらも、ラウィは鍋に箸をつける。既に調理場で熱を通しておいたのだろう、ホクホクと湯気を立てる具材を、口へ運ぶ。


 暖かい。美味い。体の芯まで温まるようだ。もしゃもしゃと至福のひと時を味わっていると、家の外から何やら声が聞こえてきた。


「おーいドーマー! 起きてるかー? なんかいい匂いするからあがっていいかー?」


 それに対し、ドーマも声を大にして返答する。


「ああ、いいぞー! あがってこいやー!」


 こんな早朝に、客人が来るのだろうか。ラウィは、昨日のサナの言葉を思い出す。


『ウチの鍋は美味しいって村では評判なんだから!!』


 どうやら、ラウィが思っていたよりもこの鍋は村では有名なものらしい。


(まあ、これだけ美味しけりゃ、納得できるけどね)


 ラウィは、また一口食べる。優しくも強い旨味が口いっぱいに広がった。


「ラウィ、悪いな。まあ一人くらいなら食う量もそんなに変わんねえだろ。我慢してくれ」


 ドーマが手のひらを合わせてラウィに謝ってくる。ラウィは、小皿片手にドーマに返答した。


「作ってもらっといて文句は言えないよ」


 ラウィは、自分勝手で、人生経験が乏しい。だから、自分に関係のないことに労力は割かないし、困っている人物を進んで助けるような事もしない。


 だが、決してわがままなだけではないのだ。


 誰かが自分のために何かをしてくれたら、純粋に感謝はするし、ラウィではしないような事をする人物を凄いと思ったりもする。


 ただ正しい接し方を知らないだけで、ラウィは基本的には優しくて素直な人間の部類に入る。


 だから、自分に決して得がないドーマの願いも受け止めた。「人のために料理を振る舞う」事のできるドーマを、尊敬しているから。


 普通の人間は、人にご飯を作ってもらってそれに対して文句を言わない事など当たり前なのだが、これでも、ラウィの中では進歩した方であった。


「人のための行動」には、色んなカタチがあると、カルキから学ばなければ、ラウィは自分の立場も理解せずに、ドーマの行動を咎めていたかもしれない。それほどラウィという人間は、自己中心的であった。


 やがて、ゴソゴソと玄関の方で音がしてくる。先ほどの男が上がり込もうとしているのだろう。


 そして、バッと扉が勢いよく開いた。


「よぉ、ドーマ。朝飯食いに来たぜ……と。お客さんか?」


 中肉中背で、穏やかな雰囲気を纏う男が、ラウィを見て呟く。ドーマは、部屋に入ってきた男の発言に突っ込みを返した。


「朝飯食いに来たぜってなんだよ。それと、後ろのやつらは何だ? 何ゾロゾロと引き連れて来てやがる」


 ドーマが若干の苛立ちを見せながら男の後ろを指差す。男の後ろには、人が五、六人くらい並ぶように立っていた。


 揃いも揃って、朝飯を喰らいに来たのだろう。ラウィは、さすがに何かを言おうとしたが、それより先に村人のうちの一人が口を開く。


「いや、ランドルさん秘伝の鍋食いたいんだよ、皆。良いじゃねえか、材料も持ってきてやったんだからさ」


 最初に部屋に入ってきた男が、布に包まれた食材をドーマに押し付ける。ドーマは、それを渋々受け取ると、何やらブツブツ言いながら調理場へ向かった。


「いっつもランドルさんランドルさんって……だから俺は親の顔覚えてねえってのに」


 ラウィの耳は、そんなドーマの呟きもしっかりと捉えていた。ランドルさんとは、おそらくドーマとサナの親の事だろう。


 そして、疑問が浮かぶ。


(親の顔を覚えていないって?)


 ドーマは昨日、ラウィと同じで親がいないと言っていた。


 だが、たとえ亡くなってしまったのだとしても、親の顔を覚えていないなんて事があるのだろうか。


 ラウィも覚えていないのだから人のことは言えないのだが、ラウィは物心がついた時から既に両親は存在していなかった。


 おそらく、ある程度大きくなっても親と暮らしていたら、顔くらい覚えているだろう。現にラウィは、姉の顔ならはっきりと覚えている。


 ラウィは、ドーマは十八歳前後で、サナは十歳程度だと外見から判断している。


 ドーマは、少なくともサナが生まれるまでの間、およそ八年間は両親と過ごしていたはずだ。


 それなのに、ドーマは覚えていないと呟いたのだ。


 秘伝の鍋とやらを作っているということは、それを教わるくらいには一緒に過ごしたはずだが。


 ラウィは、本当になんとなく、近くにいた村人に聞いてみた。



「ねえ、ドーマって親の顔を覚えてないの? どうして?」


「ん……ああ、そうだな。これは、俺が言っていいことなのかはわからないが……」


 その村人の男は、少し躊躇いながらも、ラウィに耳打ちするように囁いた。



「あいつは、ドーマはな、二年前までずっと奴隷として生きてきたんだ」


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