12-8 積み上がる無意味
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エヴァンス達は、片っ端から街を巡っていた。ノースレビーが(彼の好みで)選定した、多数の奴隷を抱える輩の住居を。
エヴァンスには、ある確信があった。自分が探しているセレンという少女は、おそらくその辺の雑魚庶民には売られていない。どう考えても、国の中枢を担うような上の地位に居座るクソ野郎が支配している、と。
そしてそんな奴らは、地位や財産に比例して奴隷保持数も多くなる。ノースレビーが選択したのは、そんな権力者ばかりであった。そしてそれは、エヴァンスの目的とも一致する。だからエヴァンスは、なんの不満を得ることも無く、指定されたゴミを叩き潰して回っていた。
国の財政を一手に引き受けていた財政担当者を八つ裂きにし、軍隊の将軍の一人も肉団子に変えた。しかし、そいつらの所有する奴隷にも目的の少女の姿はなかった。
ならば次だ、と。四人目のお偉いさんの元へ向かおうとしていたその時、エヴァンスは気付く。
「……チッ。流石に街が慌ただしくなってきやがったな」
街がざわついている。あちらこちらから、決して陽気ではない、疑念や不安を帯びた声が湧き出している。心なしか、街行く人々の歩く速度も速くなっている気がする。
当然である。短期間で国の重鎮が三人殺害されたのだ。三大国の一つである、奴隷大国リオストの中枢を担う者たちが。どうやら、厳戒態勢が引かれ始めたらしい。
はぁ、と。エヴァンスは一つため息をこぼす。
遅すぎる。目撃者も全員亡き者にしてきた為、報告が遅れるのはわかる。しかし、いくらなんでもザラである。強国故の驕りだろうか。強すぎる存在には対応しきれないと見える。
しかしながら、警戒は警戒。これからは、少しだけ仕事がやりにくくなるかもしれない。
(……めんどくせえな)
エヴァンスほどの実力を持っていれば、国の警戒態勢など些細な問題だ。いや、問題にすらならない。事実エヴァンスはその気になれば、いや、何か引き金さえあれば国民全員の息の根を止めてやる事だってできるのだから。
しかし、問題は国の上層部が姿をくらませてしまう事だ。命の危機を感じた奴らが部屋であぐらをかいているわけがない。秘密の地下室なんて場所に隠れられては、いくらエヴァンスと言えども流石にお手上げである。
自分で天秤にかけた結果こちらを選んだのだから、どうしようもないのだが。
(……刃橙の神術師でもいれば話は変わってくるんだがな。会ったことねえけど)
橙の亜種である、刃橙。過去に存在した例はあるが、現在は報告されていない神術。そもそも神術自体が限られたほんの一部の人間にしかつかえず、亜種ともなればその数はほとんどゼロと言っても良いほどに激減する。そんな亜種の中でも刃橙という神術は、過去数百年の内の報告例が他に比べて図抜けて少ないのだというのだから笑える。
ともかく、事態が好転しているわけではない事だけは確かである。
(探し出すのもめんどくせえし、確実じゃねえな。国ごと沈めても良いが、セレンがいるかもしれねえ事を考えると、そういうわけにもいかねえか)
と、ここで。
エヴァンスの脳内に、二つの声が響く。それは、全く別の存在で、しかし似たような事を告げてきた事のある、二人の少女のものだった。
『だめだよエヴァンス!一人で行ったら危ないから私も行く!』
『ウチを、アンタらと一緒に行動させてくれ!』
エヴァンスは頭をガリガリと掻く。
面倒なガキだった。今までも自分の行動で結果的に救われたのであろう存在は幾つかいた。誰かに恨みを買われてルヴェールに暗殺を依頼された以上、そいつを消せば喜ぶ存在がいる。今回で言えば、奴隷の連中だ。
だが、それになんらかの恩義を感じる必要はない。エヴァンスは、べつにそいつらを助けに来たわけではないのだから。
なのに。
(一緒に行動させてくれ、だと? ふざけやがって)
何なのだあのバカは。今まで、礼としてエヴァンスの下で働かせてくれとか、狂った事をせがんでくる輩はいた。だがあの黄色馬鹿は、助けられたとわかっていて、なおかつ恩義を感じる事なく対等の立場を要求してきた。
そんなんだから、奴隷としてゴミみたいに売り飛ばされてしまうのだ。
「何を考えているのです?」
夏の生ぬるい風に青い髪を揺らすエヴァンスに、眼鏡をかけた紫髪の男、ノースレビーが問いかけてくる。
エヴァンスはノースレビーを睨みつける。本当にこの男は、一々他人の心を読んでくるからタチが悪い。
「なんでもねえよ。変に勘ぐるんじゃねえよ」
「それはすいませんね。何やら、あまり見ない貴方の姿が気になったものでね」
「あ?」
「優しい瞳でしたよ。よくもまぁ、あれだけの殺戮を犯した後でそんな目が出来るものですね」
エヴァンスはノースレビーの発言を無視する事に決めた。
優しい瞳? 馬鹿げている。怒る気力すら湧かない。こんな血に濡れたクソ野郎が、そんな表情をするわけがないだろう。
「まぁ、認めたくない気持ちはわかりますよ」
ノースレビーが続けて言葉を口にしてくる。
「シュマン最強の男ともあろう者が、たった一人の少女の為に『人間』らしい顔を見せる、なんて」
「いい加減にしろよ。喧嘩売ってんのか?」
「まさか。そんな無駄な事はしませんよ」
ノースレビーは、口元に薄い笑みを貼り付ける。そして、スタスタと何処かへ向けて歩き始めた。エヴァンスは、それについて行く。
「身を隠しておきましょう。この警戒態勢では、もはやこれ以上の暗殺は不可能です。任務自体は完了したことですし、リム氏を待ちましょう」
「……チッ。つーかあの野郎は何処にいやがんだ」
「彼もまた、裏世界では一流の存在だと思われます。きっと、何処かで我々の行動を把握してますよ。そのうち現れるでしょう」
ノースレビーとエヴァンスは、小さな路地裏に入り込む。暗く湿気ったそこは、だからこそ人が寄り付かなく、身を顰めるには適した場所である。
エヴァンスは、手のひらから地面へ水流を噴出させる。薄汚いゴミや泥を水で弾き飛ばし、その場にゴロンと横になる。
(……今回もダメかよ。クソが。俺とノースレビーの野郎を同時に派遣させた理由は何なんだよくそったれが。つくづく、カインの考えることはわからねえ)
エヴァンスは舌を打ち鳴らす。しかし、考えてもしょうがない。
カインの考える事は、わからない。だから、エヴァンスとノースレビーを一緒に行動させた事に、全く意味がない可能性だってあるのだ。カインという男は、本当に思考が読めない輩だから。
エヴァンスは、遠くに聞こえる喧騒に何かを思うこともなく、瞳を閉じた。