表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 12. 慈悲無き闇の世界
118/124

12-3 空振り

 


 ――


「し、侵入者ッ!?」


 エヴァンスがその大広間に入り、任務の目的である豚を処理(・・)したところ、騎士の一人が声を荒げてくる。


 遅い。というのがエヴァンスの率直な感想だった。外交官が死んでから、賊の侵入を内部の内部にまで許してから、ようやく焦り始めた似非エリートどもにため息を禁じえない。


 殺害対象――エンデル=キノン=キノレリック外交官の死体の前には、どうやら凌辱される寸前だったであろう黄色い髪の小さな少女と、彼女を拘束する三人の騎士がいた。そのうちの一人が、侵入者であるエヴァンスを睨んできているわけだが――


「てめえら揃って全員無能だよ。なんというか、それしか言えねえ」


 思わず欠伸をこぼす。何という容易な任務だっただろうか。いくら自分が強大な力を持っているとはいえ、もう少し抵抗できた輩は少なくないのだが。


「貴様!! どうやってここに入ってきた!!」


 涙目の黄色い髪の少女の顔面を押さえつけていた騎士の一人が、その腰から銀色に輝く鋭い剣を抜いた。そのまま、剣先をエヴァンスに向けて、瞳孔の開いた鬼気迫る目つきで睨んでくる。


「エンデル様を殺害した咎、許される事ではない! 貴様は、今ここで処刑する!!」


 何やら見当はずれなことを叫んでくる騎士。何が『許される事ではない』だ。こちらから赦しを乞うた覚えはない。馬鹿なのかこいつは。


「外にいた仲間たちはどうした!! まさか、彼らも全て殺したと言うのか!?」


 続けざまにギャーギャーわけのわからないことを喚いてくる騎士。どうやら、まだ現実をしっかりと理解していないらしい。


 エヴァンスは、この大広間の外に待機していた騎士の仲間とやらなど、既に全員肉塊へと変貌させている。当たり前だ。自分の進行の邪魔をしてきたのだから。


 目の前の、自分に刃を向けてきているこの騎士は、まだその程度(・・・・)までにしか思考が及んでいないようだ。


 実際、エヴァンスが殺したのはそれだけではない。奴隷管理局の人間はもちろん、この大広間に来るまでに、この建物だけでも既に百を越える存在を屠っている。その中には、騎士ではない人間など多分に混ざっていた。


 しかし、そんな事を騎士に告げてやる必要などどこにもない。気怠げに頭をぽりぽりと掻き、簡潔に言葉を吐いた。


「お前らは運が良い。選ばせてやる」


 パァンッ!! と。騎士が向けてきていた剣が、何処かから飛んできた高速の水によって弾かれ、遠くの壁に突き刺さった。当然、それを操っていたのはエヴァンスである。


 ――誰に向けて敵意を向けている? 舐めているのか。そう言わんばかりの異常なほど殺気に満ちた瞳で騎士を見据えた。


「今すぐここで死ぬか、国を裏切ってどっかでこそこそ生きるか――選べ」


 エヴァンスの言葉に、剣を弾かれた騎士は一歩後ずさる。そして、エヴァンスの青い瞳から発せられる猛烈な殺気に、明らかに狼狽した表情を浮かべた。


 残りの二人の騎士も同様である。拘束が解かれたにもかかわらず動けないのかその場にペタンと座り込んでいる黄色い少女の側から離れることもできず、ただガクガクと、恐怖に足を遊ばせているだけである。


 数秒の沈黙。騎士らは視線を泳がせて何やら逡巡していたようだったが、意を決したのかようやく一人の騎士が口を開く。


「わ、わかった、見逃しーー」


「はい時間切れ」


 ブチュッ、と。水気のある気味の悪い音が三つ、この大広間に響いた。その源は当然、三人の騎士だったモノである。


 エヴァンスが、その青い瞳に宿る神術を行使し、それぞれの頭蓋を水で押し潰した音だった。


 黄色い少女の周囲で真っ赤な液体をダラダラと垂れ流す四つの物体を、エヴァンスは冷めた瞳で見つめた。


「選ぶのは勝手だが、俺がそれに従う必要はねえだろ」


「外道ですね」


 エヴァンスの背後から、そんな声が聞こえてきた。紫の髪に、黒縁の眼鏡をかけた知的なイメージを振りまく男、ノースレビーである。


 彼は、基本的に戦闘はエヴァンスに任せてきていた。ノースレビーの神術は、敵を高速で大量に屠るのには向いていない。だから、大体エヴァンスの後ろを着いてきて、兵士達の警護位置や彼らが湧き出てくる方向などから、最も守られている場所、すなわちエンデルが居座るこの大広間を逆算していたのだ。


 役割分担。決してノースレビーが弱いというわけではないのだが、今回はこの布陣が最適だと二人は判断した。だから、エヴァンスは別に自分ばかりがゴミ掃除していることに大して不満は抱いていない。別にそこまて労力を割いているわけでもないし。


 ノースレビーがボソッと呟いた外道いう単語に、エヴァンスは一つ舌打ちをする。そして、軽いため息をつくと、真っ赤な四つの死体を親指で後ろ向きに差した。


「良いだろこいつらもクズなんだから。それに俺がやらなくても、どうせてめえが殺してただろうが」


「流石、よくわかってますね」


 ノースレビーが腕組みをしながら、やたら偉そうに大股で四つの死体へ近づいていく。その道中で、集められた女性の奴隷全員を一通り見回すと、


「それにしてもよくもまあ、ここまで麗人ばかりを集めたものですね。まぁ、ウチのトキには到底敵いませんが」


 ノースレビーの妹、トキ。彼の、生きる目的。ノースレビーは、愛する妹の為に全てをかけて生きているのだ。その生き様にエヴァンスが感じた単語が――


「一々うるせえんだよ、シスコン野郎」


 眉をひそめてノースレビーにそう言葉を放り投げる。ノースレビーの妹への異常な偏愛。確かに、トキという少女の境遇は痛ましく、彼が妹の為に死力を尽くすのもわからない話ではない。だが、奴の行動は常軌を逸しているのだ。


 幾多の闇を垣間見て、無数の悲劇に触れてきたエヴァンスですら寒気がするほどの、ノースレビーの妹への溺愛っぷり。どう考えても兄妹の域を超えている行動をしているのを、エヴァンスは何度か目撃してしまっているのだ。


 そしてそれに対してノースレビーは何の後ろめたさを感じている様子がないのだ。それも、またノースレビーの狂い加減を酷いものにしていた。


「シスコンで結構。さて、登録された人数と数があいませんね。多数の奴隷に紛れて違法に連れ去った少女を監禁しているという噂は、どうやら本当だったようです。下劣なゴミが」


 ノースレビーは徐々に語気を荒げて、最終的には憎しみの塊のような低い声で呟いた。そして、転がっていた頭だったモノ(・・・・・・)をげしっと乱暴に蹴り飛ばす。


 丸くて赤い物体が転がっていった先では、複数の奴隷の女性達が呆然と突っ立っていた。しかし、突如飛んできたグロテスクなそれを、『ひぃっ!』とか甲高い声をあげて避ける。


 そんな奴隷の女性達の中から、一人の女性が飛び出してきた。彼女はどうやら、目の前の猟奇的な光景にそれほど嫌悪感を抱いていないようである。


 腰の辺りまで伸ばした真っ赤な髪を揺らして、その女性はエヴァンスの元へと小走りで寄ってきた。


「え、エヴァンス!? アンタ無事だったのかい!?」


 何故だか自分の名を呼んで、肩をつかもうと手を伸ばしてくる赤毛の女性。煩わしかったエヴァンスは、彼女の手を瞬間で下がって避けた。


「鬱陶しい。寄んな」


「は、ははっ……相変わらずだねアンタは……ッ!! とにかく、ありがとう……! やっと、アタイたちは解放されるんだね……!」


 突然涙を流し、それを袖で拭い始める赤毛の女性。その口はぐちゃぐちゃに歪んではいたが、どうやら喜んでいるのだろう事だけはわかった。


 そんな二人のやりとりに、歩み寄ってきたノースレビーがエヴァンスに問いかけてくる。


「この子は?」


「知らねえ」


 本音を言えば知っていた。あいつだ。自分が奴隷として過ごしていた数年前、他の奴隷連中から『姉御』とか呼ばれていたクソ赤毛である。


 この数年でかなり大人っぽくなり、しかし顔は酷くやつれていた。どうやら、自分やセレンと離れた直後、再び奴隷として捕まったようである。何たる奴隷精神。


 どうやらセレンのあの時の目論見は無駄になってしまったようである。せっかく奴隷から解放してやったというのに、結局奴隷へ逆戻り。それも、表情から察するに随分とキツイ生活だったのかもしれない。


 そしてクソ赤毛は、少しだけ昔のような快活な顔で自分に文句を垂れてきた。


「ひ、酷い! 一緒にゴミを食った仲じゃないかい!」


「知らねえ。セレンはどこだ?」


 クソ赤毛の妄言をサラッと流し、目的の少女の所在を確認するエヴァンス。奴隷の女性達の中には、クソ赤毛の他にも見覚えのある顔がチラホラ見受けられた。という事は、同じ日に登録された大量の奴隷達というのはおそらくこいつらだろう。ならば、セレンも居てもおかしくはないのだが――


「セレンは覚えてるのかい! って……アンタと一緒じゃないのかい?」


「……チッ」


 クソ赤毛の言葉に、エヴァンスは眉を潜めて忌々しそうに舌打ちをする。そのまま速攻で踵を返して、大広間から、騎士の死体が無数に転がる廊下へと出て行った。


「ちょ、ちょっと待ちなよエヴァンス!」


 だが、そんな青い少年を赤毛の女性が引き止めてきた。スタスタ早足で歩いていくエヴァンスに回り込む形で、自分の青い瞳をじっと睨んでくる。


 エヴァンスはまた一つため息をこぼした。面倒くさい。このクソ赤毛は相変わらずである。空気も読まずに自身の思うがままに絡んでくる。それが、エヴァンスはとてつもなく不快だったというのに。


「うるせえな。その他大勢には興味ねえんだよ」


 自分の目的はセレンのみ。他のモブ連中など知ったことではない。あの白くてうるさい、ワガママで鬱陶しい少女さえ助けられれば、それでいいのだ。


 エヴァンスは気づいていなかった。目の前のクソ赤毛と、セレンという白い少女。どちらも自分にやたらと構ってきていた。なのに何故セレンにだけ、ここまで固執してしまうのかを。


 ――そして、そんな事、気づく必要もないのである。


「アタイたちを助けに来てくれたんじゃないのかい?」


 クソ赤毛がまた斜め上の発言をぶっこんでくる。いい加減そのめでたい脳みそを潰してやろうかという思いが一瞬よぎった。しかし、セレンはこいつらの悲劇的な未来を回避するために、わざわざあの日苦渋の決断をしたのだ。


 ならば、ここで自分がこいつらを死体に変えてしまっては元も子もない。あいつの行動は完全に無意味になる。そしてそれは、回り回って自分の数年間を全て否定する事に繋がるのだ。


 だからエヴァンスはその様な行動はしない。代わりに、精一杯の暴言を吐いてやった。


「んなわけあるか。そんなに礼が言いたきゃ、俺らに依頼したアギラルスに行ってこい。今度はそこのトップにでもケツ振ってろ」


「アンタは変わんないねほんとに! あんがとよ! こんちくしょう!」


 顔をしかめてそう喚くクソ赤毛を尻目に、エヴァンスとノースレビーは、さっさとこの用済みの、クソみたいな空間から去っていった。



 大広間の中心では、円のように広がる四つの真っ赤な痕に囲まれた、一人の黄色い少女がペタンと床に座り込んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ