11-13 血に沈んだ管理局
エヴァンス達三人は、陰気臭い地下通路から地上へとその身を押し上げた。外もやたら土臭く、何だか煙のような臭いまで鼻をついてくる。
墓場だった。数多く立ち並ぶ墓標の一つ。その下から、地下通路は外界へと繋がっていたのだ。
入り口は何重もの保険をかけて隠されていた。ならば、国の内側にある出口はどうなっているのかと思えば、何ともあっさりとしたものである。
まあ確かに、見知らぬ誰かの墓を掘り返そうとする輩などいないのかもしれないが。
地上に上がったあと、リムが墓を横に滑らせて今通ってきた穴を覆う。手馴れたものである。きっと何度も使った通路なのだろう。ならば、崖登りもさっさとやって欲しかったものである。
「さて、ルヴェールのお二人さん。目的のブツは、あの建物にあるさ」
亜人の青年リムが、一つの建造物を指差す。墓地から少し離れた位置にあるその煉瓦造りの建物。その周辺には住宅と思われる正方形の箱がたくさん並んでいるが、それと比べると別格の大きさである。
「あれは奴隷管理局。奴隷大国リオストには、そんな素敵な部門が存在するんさ。で、目録も当然そこにあるさ」
「保管してる部屋の位置は」
「申し訳ないが、それはわからないさ。流石にそれすら流出させてしまうほど向こうもマヌケじゃないさ」
「使えねえなクソが。まあいい。手当たり次第やらせてもらう」
エヴァンスは、首を曲げてコキコキッと音を鳴らす。そして、その青い瞳で煉瓦造りの建物をしっかりと見据えた。
「貴方はまだ着いてくるつもりですか?」
紫の青年のノースレビーが、眉をひそめてリムに問いかける。当の鼠の亜人は、薄ら笑いを浮かべて肩を竦めた。
「まさか。着いて行こうと思っても着いてけないさ。僕の謎の行動もここまでだから安心して欲しい。後は、お二人さんの気が済むまでひっそりと身を潜めておくさ」
「賢明ですね」
ノースレビーも、眼鏡をクイっと上げて目的の部局を紫の瞳で眺める。
エヴァンスは、大きく息を吐いた。それに呼応するかの様に、墓地とは思えないほど気持ちの良い風が頬を撫でていく。
さあ、蹂躙の時間だ。邪魔する奴は皆殺し。ゴールは、この国の奴隷を記録した目録。
始めよう。この世で最も美しく、最も野蛮な、殺戮という遊戯を。
――――
結論から言えば、話にもならなかった。
何なのだ一体。何が三大国だ。奴隷大国として有名なリオスト。その経済の中核を担う奴隷売買を管理するこの奴隷管理局。そんな国の重要な部門の一角の警護が、こんなにザラで良いのか。
たった五百人程度の騎士。国を守るためにその身を高めたであろう屈強な男性達が、廊下や建物の部屋一つ一つに隈なく配置されているだけ。そして、あれだ。有り体に言えば弱すぎる。
本当に守る気があるのかと、エヴァンスは思わず疑う。と同時に、嘲笑もが滲み出てきてしまう。
哀れだ、と。人間という脆弱な種族に生まれ、神術にも目覚めなかった彼らを。そして、数もわからないほどのその他大勢の内の一つとして、特に何かを感じることなく人生が終わってしまった彼らを。
騎士とは、国の中でも選ばれたエリートのみが就ける職業なのだとエヴァンスは聞いた事がある。そんな優等生どもが、ちり紙で鼻をかむレベルの何気無さで次々と廃棄されたと知ったら、世のガキどもはどう思うだろうか。
エヴァンスとしては、別に彼ら騎士達に恨みなどない。ただ、勇敢にも立ち向かってきたから液体に変えてやっただけだ。運が悪かったと諦めて欲しい。
(あった。これだな)
エヴァンスは、血肉という真っ赤な絵の具がぶちまけられたその部屋で、一つの分厚い紙束を見つけた。
奴隷の目録。どんな奴隷が、どれだけ、どこに、いつ買われたかが記された、まとめのようなものである。
青い少年は、赤い飛沫が所々に散っているそれをペラペラとめくっていく。そして、そんなエヴァンスの横から、クソ眼鏡――ノースレビーが、ひょいっと顔を覗かせてきた。
「どうですか? 目的の彼女の名はありましたか?」
「元々期待してねえよ。あの日以降に奴隷登録された雌を片っ端から洗ってくだけだ」
目録には、リムの噂とほぼ同じ事が書かれてあった。奴隷の登録名、性別、種族に年齢、飼い主の名前。登録日時。奴の情報網と言うものも、少しは信用なるものなのかもしれない。
(……あ?)
そしてエヴァンスは辿り着いた。自分がセレンを失った『あの日』。数年前まで遡るその日付。その、直後。
ずらーっ、と。同じ日付が並んでいた。それはつまり、一度に大量の奴隷が購入、登録されたという事である。そして、その飼い主の欄には、全て同じ人物の名前が記されていた。
エヴァンスは、その名前を見て思わず口を歪める。腹の底から笑いが溢れてきた。
「ハッ。なんだよ。手間が省けたなぁおい。親切すぎて涙が出そうだ」
「どうしたのです?」
悪魔の様に口を引き裂くエヴァンスに、ノースレビーが怪訝そうに眉をひそめて問いかけてくる。
「一石二鳥って奴だ。今回の任務と、俺の目的の対象がかぶってやがる」
エヴァンスは、自分が今まで見ていたページを開いたままノースレビーに見せる。そして、重要な所を指で差し示した。
「飼い主。エンデル=キノン=キノレリックだとよ。ご丁寧に住所まで書いてやがる。こりゃ屠殺確定だな」
「なるほど。それは確かに良心的ですね。向かいましょう。私も彼を、個人的に殺したい」
青い少年と紫の青年は、邪悪すぎるほど邪悪な笑みをその顔に貼り付けて、真っ赤な部屋を後にする。
そして、例の標的が待つ場所へその足を運んでいくのだった。