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11-11 『裏』のやり取り



 ――光栄だ。


 貼り付けたような笑みでそう告げた亜人の青年リム。彼を地面に座り込んで睨むエヴァンスは、その形だけの言葉に神経を逆なでされた。思ったことを、剥き出しの悪意そのままに亜人の青年にぶつける。


「毛ほども思ってねえことは口にすんな。何が引き金になるかわからねえぞ」


「肝に銘じるさ。これからエンデルを消すまでは仲間さ。仲間ってのが嫌なら、僕は駒でいい」


「……立場はわきまえてるようだが、一つだけ勘違いしてる。俺らは、エンデル殺害はついでだ。自分の目的を優先させる。それでも駒になるってんなら構やしねえがな」


「もちろんさ。キミ達と仕事したってだけで箔がつく。お釣りがくるさ」


 リムは、片目を瞑って相変わらずの不気味な笑みでそう返してくる。表情や発言は気にくわないが、思ったより円滑に事が運びそうだ。


 裏で長年生きてきた経験だろう。このリムという男は、力が格上の相手との付き合い方と言うものを熟知しているようである。


「では、あなたの知る限りのリオストの情報を教えていただきます」


 そう告げたのは紫の髪に、黒縁の眼鏡を掛けるノースレビーだ。長身の青年が、樹にもたれかかり、陽光を遮る葉々によって作られた木陰から腕を組んで偉そうにリムに問いかけた。


 協力者であるリム。協力者というのは、別にシュマンやルヴェールに協力しているわけではない。ただ、裏の任務を依頼する際に、できるだけ障害を排す為に任命される、いわゆる案内役だ。


 だから、協力者。共犯でも主従でもない。建前は対等の存在であり、しかし行動を共にするわけではない。情報提供者としての意味合いが強いのだ。


 そんな亜人の青年リムは小さく肩をすくめると、


「そんな大したことは知らないさ。僕はリオスト国じゃなく、ルヴェールに依頼した側のアギラルス国出身だからね」


「使えねえな」


「申し訳ないさ。だから僕が知ってるのは、リオストへの侵入経路くらいさ。あとは、奴隷の目録……まあ、これは関係ないさ」


 鼠の亜人リムのその言葉に、エヴァンスは眉を少しだけピクリと動かしてしまう。聞き捨てならないことを聞いたからだ。


 奴隷の目録。つまりは、この国に存在する全奴隷が登録されているという事である。流石は奴隷大国リオスト。管理まで徹底している。


 そしてそれは、エヴァンスにとっては有益でしかない情報であった。


「その目録について、詳しく聞かせろ。そこには何が書いてある」


 威圧気味に、リムに言葉を投げつける。地面に腰を下ろしたままのエヴァンスの突然の食いつきに、リムは少しだけ面食らったようだったが、すぐに例の薄笑いへ表情を戻す。


「でもこれはエンデル殺害には……ああ、キミの目的とやらに関係してるのかい?」


「余計なことは言わなくていい。不用意な発言で四肢が飛ぶぞ」


「……承知したさ。一つだけ、先に言わせて欲しいさ。今から僕が言うことは、この国に根付いた考え方さ。僕が思っている事では無い事を理解した上で、聞いてくれれば」


「……」


 エヴァンスは無言で肯定の意を示す。リムは、その大きな前歯から息を深く吸い込み、先程までとはうってかわって苦虫を噛み潰したような表情でゆっくりと話し始めた。


「この国では、奴隷はペットで、道具さ。ヒトとしての扱いは受けていない。人間は、奴隷容認国としては珍しく、召使いみたいな扱いを受けてる。でも、亜人や獣人は酷いもんさ。言葉が話せる獣くらいの認識でしかない。汚いくて狭い小屋に、辛うじて生きていける程度のまずい飯。交配すら許可制さ。家畜と同じ。もちろん相手なんか選べない。いや、それならまだ良いかもしれないさ。彼らの中には、生き物としての尊厳を踏み躙られている者だって存在するんさ」


「どうしたよ急に。随分と饒舌じゃねえか」


 エヴァンスは、突如長々と語り始めたリムを鼻で笑う。鼠の亜人は、視線を斜め下へ向け、悔しそうに口元を歪めた。


「……すまないさ。これでも、僕にも抱えるモノってのはあるのさ」


「興味ねえな」


「言うつもりもないさ」


 亜人の青年リムは、男性にしては長い髪を鬱陶しそうに搔き上げる。その表情は険しかった。眉をひそめ、その中心では深い皺が刻まれている。


 この男も裏の世界で生きているのだ。何かしらの理由があってこんな掃き溜めのような世界に飛び込んだに決まってる。きっと、山ほど転がる悲劇の一つにでも触れたのだろう。どうでもいい。砂粒ほども気にならなかった。


「それで? それが目録とどう関係あんだよ」


「……奴隷はペットさ。飼い主が目録に登録する。だから、奴隷の本当の名とは食い違う事がままあるのさ。だから、目録は人探しには向いてない」


 エヴァンスは思わず眉をひそめる。意外だ。この亜人の青年は見かけによらずかなり聡明なようだ。きっと、エヴァンスの目的に大体のあたりをつけている。


 しかし、こちらの思考を読まれた事は純粋に不快だ。瞬間で湧き上がる微量の殺意を抑え、エヴァンスは簡潔に呟いた。


「数は」


「見たことはないさ。でも、奴隷を除いたこの国の人口は十万を超える。その全員が奴隷を抱えてるわけじゃないけど、それでも相当の数だと思っておいた方がいいさ。一人で何人も飼ってる(・・・・)輩もいるしね」


「チッ」


 不意に打ち鳴らしたエヴァンスの舌打ちに、リムはビクッとほんの少しだけ肩を震わせた。途方もない数のせいで有用性を欠いた情報に、自分が腹を立てたのだとでも思ったのかもしれない。実際にそうなのだが。


「具体的に何が載ってる」


「それに関しては噂の領域を出ないさ。それでも聞くかい?」


「一応だ」


「そうさね……登録名、飼い主の名、奴隷の種族性別年齢、登録日時くらいさ。これすら噂だから、書いてないもしれないし、逆にまだまだあるかもしれないさ」


 エヴァンスはそれだけ聞くと、スッと立ち上がった。思ったより情報が多い。それを手に入れれば、セレンにだいぶ近づけるかもしれないと判断したのだ。


 ルヴェールの任務など後回しだ。外交官の殺害? そんなものクソの役にも立たない。


「まずは目録探すぞノースレビー」


「そうですね」


 エヴァンスの問いかけに、眼鏡の青年ノースレビーが頷いた。ずっと無言で話を聞いていたようだったが、それで行動を起こすという事は、彼の目的にも何かしら重なるところがあったのだろう。


 そんなやる気に満ちてしまった狂人二人を宥めるように、戦力としては凡人の青年リムが慌てて止めに入ってくる。


「ま、待つのさ。あれは厳重に保管されてる。盗みに行くのはやめた方がいいさ」


「人聞きの悪いこと言うなよ。盗むんじゃねえ、借りるだけだ。第一、そんなもん一度見たら用済みだ」


「いやいや、持ち出す事自体が無理なのさ。目録があるのは機密書類を保管する厳重な部屋さ。どれだけの警備があるか」


 何やら見当違いな心配をしてきやがるその鼠の亜人に、エヴァンスはずいっと詰め寄る。ふざけるな。自分を誰だと思っている。


「てめえはルヴェールをなんだと思ってんだ。警備なんて俺にとっちゃ紙切れ同然なんだよ」


「で、でも、目立つ行動は避けるべきなんじゃないかい?」


「クソ余計なお世話をありがとよ。死人に口なしって言葉知ってるか?」


 そう。余計な奴らは死体に変えてやればいい。自分の目的を邪魔するのなら、そいつは明確な敵だ。死に値する。


 そして物言わぬ肉塊に変貌させてやれば、自分たちの存在が漏れる事はない。大量の死体が積み上がれば、後々騒がれはするだろうが、それはもう仕方ない。そのリスクと目録が手に入るメリットを天秤にかけた結果、エヴァンスは目録の強奪を選んだのだ。


「……僕はついていけないさ」


 低い声で。観念したようにそれだけ呟くリム。そんな亜人の青年に、青い少年エヴァンスは何てことないようにあっさりと答えた。


「構わねえよ。つーか着いてくるつもりだったのかてめえ。邪魔だ」


「……」


 何かを言い淀むリム。エヴァンスには大体の心当たりがあった。


 リムは、協力者として今この場にいる。そしてそれは、依頼国アギラルスからの命で自分たちに情報を提供するためなのだ。


 おそらく、リムが現在考えていることは、自分たちがエンデルとかいう外交官の殺害をしないままで終わってしまうのではないかという杞憂だろう。


 そんな事になればリムは役立たずのレッテルを、出身国であるアギラルスから貼られる事になる。まともにルヴェールを案内することも出来ないのか、と。


 エヴァンスとしては別に構わない。そんなの知った事ではない。だが、ルヴェールの任務をこなさないと、カイン総帥から新たな任務を斡旋されないというデメリットが存在する事も確かである。


 面倒だが、殺害は絶対に行う。ただ一つの例外を除いては。


 それは、あのクソガキを先に見つけた時だ。セレンさえ助け出してしまえばルヴェールなどに用は無い。任務をこなす必要も無い。そして、そんな事を目の前の亜人に告げる必要も、また無かった。


「心配しなくてもエンデルの命は今日明日で終わる。てめえはそれまでせいぜい生きてろ」


「……案内するさ。リオストへの侵入通路はこっちさ」


 それだけ言い、リムはリオスト国とは反対方向へ歩き始めた。エヴァンスとノースレビーは、それに黙って着いて行った。


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