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11-10 亜人の協力者

 


「……チッ」


 エヴァンスは、猛スピードで流れていく雲を仰向けで見上げて一つ舌打ちを鳴らす。


 またあの夢か。良い加減にもう飽きた。何か違う展開を見せてくれた方が退屈しないで済むというのに。


(……くだらねえ)


 思わず悪態をつく。エヴァンスは炎の塊に襲われたあの時偶然にも、エヴァンスを最強たらしめる力(・・・・・・・・)に目覚めた。


 土壇場で新しい力をとか、そんな出来損ないの創作物の様な展開、未来視とか言い始めたセレンを馬鹿に出来たものではない。だがそのおかげで、今こうして炭にならずに生きている。そこだけは、本当に運が良かったと言っておく。


 しかし、そもそもだ。もっと早くにこの力を扱えていれば、現在進行形でこんな苦労などしていないのだ。ふざけている。



――助けて……エヴァンスッ!!



 エヴァンスはあの日、あの時、あの場所で聞いたとある少女の声を、未だに忘れていない。ともすれば、すぐそこから発せられているのではないかと錯覚してしまうほど鮮明に、そして生々しく耳に残っている。


 青い少年が最後に聞いた、白い少女のワガママ。


 まだ、エヴァンスはそれを叶えてやっていない。だからエヴァンスは止まらない。立ち止まることなど許されない。その目的の障壁となるモノを全て排除し、達成しなければならないのだ。


 たとえその身が血の海に浸かり、どれだけの罪に溺れようとも。


「おいクソチビ。あとどれくらいだ」


 エヴァンスは、自らが乗るスカイランナーを操縦する茶髪の少年ジードに問いかける。随分寝ていたようだが、残り時間によってはもう一眠りも視野に入れようと考えたのだ。


 空を駆ける事による相対的な強風が全身を舐めていく中、ジードは瞳だけをチラとこちらへ向けてくる。


「あ、エヴァンスさんおはようございまっす! すげぇっすね! ドンピシャっすよ! もう着くっす!」


 エヴァンスはふと辺りを見回す。確かに高度は低かった。着陸態勢に入っているのだろう。地面が、どんどん迫ってくる。


 そして青い少年と茶髪の少年を乗せた鉄製のスカイランナーは、二人に何かしらの衝撃を与えることなく静かに着地した。


 小高い丘の上。辺りを一望できるその場所からは、幾つかの人工物が目に入った。


「はい、着いたっす! あそこに見えるのがリオスト国っすよ!」


 ジードが、遠くに見える城壁に囲まれた土地を指差す。三大国の一つというだけあって警備は厳重なようだ。大きな敷地をぐるっと囲うように、高い壁が円形に国を覆っている。


 リオスト国は、スカイランナーでの上空からの入出国が禁止されている。国周辺で飛行物体が見つかれば問答無用で撃ち落とすという物騒な法まで敷かれていた。


 エヴァンス達ルヴェールの面々はそんな事で身の危険など感じ得ないが、目立つ行動は避けなければならない。ルヴェールは、存在している事さえ知られていない組織なのだから。


 だからエヴァンス達もリオスト国が遠くに見える位置に着陸した。ここからは、徒歩で向かわなければならない。まあ、馬鹿正直に国の門からお邪魔します、というわけではないのだが。


「お待たせしました」


 未だスカイランナーの後部席で寝転がるエヴァンスに、声がかかった。ノースレビーである。同じルヴェールのメンバーの一人である紫色の青年も、どうやら到着したようである。


「遅えぞ。退屈すぎて死ぬところだった」


「そんなに待たせていないでしょう……」


「てめえ、お待たせしましたっつったろうが」


「言っただけです。微塵も思ってませんでしたよ」


 相変わらずわけのわからない男だ、とエヴァンスは思った。こいつは本当に頭が良い。勉学に秀でているとかそういう問題ではない。ただ、常人とは別の思考回路を持っているのだろう。エヴァンスには理解できなかった。


 エヴァンスの頭が悪いといえば、決してそんな事はないのだが。


「まあいい。とっとと侵入すんぞ」


 エヴァンスは寝転がっていたスカイランナーの後部席から起き上がる。そのまま遠方の目的地へ歩を進めようとしたところを、ノースレビーに引き止められる。


「待ってください。結局運転手から話を聞かなかったのですか?」


「はあ? 話だぁ? 何のことだか知らねえが余計なお世話だ。眠ぃんだよ」


 ギロッ、とエヴァンスはノースレビーを睨みつけた。何一つ非がないにも関わらず悪意のこもった目線を向けられた紫の青年は肩をすくめ、軽く息を吐いた。


「まったく。よくそれで今までやってこれたものですね」


「ノ、ノースレビーさん、それは言わなかった僕が悪いんす。着いてから言っても問題ないかなって。だから、エヴァンスさんは悪くないっすよ!」


 非難を受けたエヴァンスの代わりに、その運転手である茶髪の少年ジードがエヴァンスを庇うように口を挟んだ。


 そんなジードを差し置いてノースレビーが、その横長の黒縁眼鏡の奥から冷徹な眼でエヴァンスを見下ろしてくる。


「別にエヴァンスを責めてるわけじゃないので、貴方が責任を感じる必要はないですよ運転手さん。それで任務を仕損じれば、最終的に困るのはエヴァンスですからね」


「てめえにゃ関係ねえだろ。黙らねえとカチ割んぞクソ眼鏡」


「ええ、関係ありません。だから言っているでしょう。責めてるわけではない、と。いちいち噛み付いてこないでください」


 ピシッ、と。


 青と紫、二人の人間の間で空気がひりついた。空間を満たす震えるような悪意や殺意に、何の力も持たない凡人の運転手二人は身を寄せ合い小さくなって怯えていた。


「ニ、ニアリー。僕怖いっす」


「いやいやジード、俺だって怖いがん。ちゃっと逃げな。ではお二人さん! 俺らは近くの国で待機しとるもんで、用が済んだら協力者(・・・)を通して連絡ください!」


 エヴァンスとノースレビーを乗せてここまでやって来た二人の運転手は、神術師が睨み合う危険な空間からそそくさと逃げるように、スカイランナーに乗って去っていった。


 短い芝が生えそろう丘の上で、青い少年と紫の青年が二人残された。エヴァンスは、長身のノースレビーを暫く睨んでいたが、やがて一つの舌打ちとともに視線をそらす。


 面倒だ。この男も我が強い。やたらと絡んでこないだけ他のルヴェールの連中よりマシだが、それは決して好意的な感情とは結びつかない。


「で、何の話だったんだよ。さっさとしろ」


「人に物を頼む態度としては百点満点ですね」


 ノースレビーは、中指で眼鏡の中心を少し押し上げる。一々皮肉を言ってきやがるクソ眼鏡をエヴァンスは一睨みするも、ノースレビーは淡々と続きを口にする。


「この丘で、とある協力者と落ち合う手筈になっているのですよ。貴方が寝てる間に運転手に伝えておいたのですが、結局起きなかったようですね」


「必要ねえ」


「独断は構いませんが、こればかりは従っていただきたい。手間が省けるのでね」


「……」


 エヴァンスは面倒なことが嫌いだ。スカイランナーの運転だって死んでもやりたくないし、人と必要以上に関わるのだって煩わしい。


 だから、そんなエヴァンスはノースレビーの言葉に歩みを止めた。手間が省ける。そう言ってきたのだ。なら、わざわざ面倒な方法を選ぶこともないだろう。


「……チッ」


 それでも、紫色の髪をしたクソ眼鏡の提案に乗る事に対しては苛立ちを覚える。とりあえず舌打ちだけ吐き捨てて、エヴァンスは地面にどっかと座り込んだ。


「エヴァンス。貴方も中々面倒な人間ですね。同時に扱いやすくもありますが」


「言ってろ。俺は寝る。協力者とやらが来たら起こせ」


「その必要はありませんよ」


 否定の言葉を即答してきたノースレビーを、エヴァンスは一瞥する。その紫色の瞳は、とある一点を見つめていた。


「協力者なら、もう来ています」


 その視線の先を、エヴァンスも追う。城壁で覆われたリオスト国とは反対側から、一つの影が歩いてきていた。


 全身を薄汚い布で包み、目だけを覗かせるその出で立ち。どうやら裏で生きる存在だ。姿を隠さなくてはならない理由があるらしい。


「貴方が協力者ですね」


「ああ、そうさ」


 ノースレビーの問いかけに、あっさりと答えるその男。声は比較的若そうだ。自分達と同じくらいであろうか。


「まず顔を見せていただきたい。不快です」


「ああ、これはすまないさ。少し待ってくれ」


 するする、と。全身や顔を覆う布を外していく男。全てを取り終えると、中からは一人の亜人が姿を現した。


 おそらく、鼠の亜人だ。顔面の横ではなく、頭頂部に近い部分に丸くて大きい耳が二つ乗っている。そして、その前歯はかなり大きい。


 その男は、軽く頭を下げると、口元だけの笑みを浮かべた。



「リムと呼んで欲しいさ。ルヴェール。世界の最深部に生きる二人に会えて、光栄さ」

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