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11-8 未来を見据えたからこそ

 


 気持ちが良い。


 何故かはわからない。ただ、今までよりもはっきり世界が見える気がした。


 エヴァンスは、足元で転がる血だらけのソレを冷めた目で見やる。わずかにピクピクと動いているが、あと少しで完全に絶命するだろう。


 用心棒の男の脳天を貫いたのは、紛れもなく自分だ。やり方は、何となくわかった。


 エヴァンスは、手のひらから水を発生させる。これを高速で叩きつけてやればいい。単純明快だ。


 すっと。水の塊をある一点へと操作する。もちろん、セレンを地獄に叩き落とすのだという、奴隷商人へとだ。


 エヴァンスから見て彼は、かなり遠方に立っていた。走ったところですぐにたどり着く距離ではない。そんな位置に存在するそのゴミを、瞳を青く光らす少年はあっさりと屠った。


 何の感慨も脈絡もなく。その命を奪った。


 自分達を散々縛り付け、痛めつけてきた奴隷商人を、簡単に殺してやった。エヴァンスはほんの少しだけ気分が沈んだ。終わってみれば、こんなものか。


 そして。


『な、なんで……?』


 白い少女が怯えた目でこちらを見てきていた。何だその眼は。セレンの要望の通り、この生活から抜け出す算段を立ててやったのに。


『う、うおおおおおおおおーーーーーッッッッ!!!!』


 奴隷の連中が、歓喜の大声を上げる。天に向かって咆哮を上げる者。笑顔で泣き崩れる者。抱き合ってる奴らすらいる。


 そのどれもが、喜びを表現しきれないといった表情をしていた。


『エヴァンス! アンタやるじゃないかい! 見直したよ!』


 クソ赤毛――奴隷連中から姉御と呼ばれ慕われている少女がエヴァンスに走り寄ってくる。


『これでアタイらは自由だ! アンタのおかげだよ!!』


『うるせえ邪魔だどけ』


 エヴァンスは、自分の眼の前で何やら騒ぎ立てるそのクソ赤毛を無理やり押しのける。そして、今だ脳みそが稼働していないと見えるセレンの元へと歩み寄っていく。


『なあ。この未来は見えたかよ?』


 エヴァンスの発言に、セレンはフルフルと首を振る。その手は少し震えていた。目の前でゴミが生ゴミに変わった瞬間を見たのはわかるが、それほどまでに怯えることでもないだろう。


『エヴァンス……!』


 涙目のセレンは、ばっと手を広げて自分に抱きついてきた。そしてその白い髪の少女を、エヴァンスは瞬間で引き剥がす。


『うざい。寄んな』


『え、えーっ! こんな時くらい良いじゃん!』


『未来永劫良くねえよ』


『未来永劫っ!?』


 そんなやり取りをする二人の元へ、また赤毛のクソ女がやって来た。


『さっさとどっか国へ向かおうぜ。そうだな。ガキでも仕事くれる国がいいな』


 クソ赤毛は、馴れ馴れしく自分に肩を回してくる。エヴァンスはその手を、またも速攻で払いのけた。どいつもこいつもべたべた触ってくるな。


 それに、エヴァンスはこの奴隷どもと再び同じ行動をするつもりはなかった。エヴァンスが救いたいのはセレンだけ。他の奴らの事など知ったことではない。


 エヴァンスはそのクソ赤毛の横を通り過ぎる。そして、自分達とは違って奴隷商人が乗っていた馬車を遠方に見つけると、中に入ってゴソゴソ漁る。


 食い物があるはずだ。自分達を売って贅沢するのが目的の奴隷商人が質素な食生活をしているはずがない。絶対に食料を大量に蓄えているはずなのだ。


 エヴァンスの予想は当たっていた。馬車の貨物部に、二日三日では食べきれない量の水や食べ物がぎっしりと詰め込まれていた。これを、あの生ゴミは毎日毎日貪っていたというのか。


 言いようのない怒りがこみ上げてくるが、奴はもうこの世にはいない。その事実を鼻で笑ってやると、幾つかの食料を麻袋に詰めてセレンの所へと戻った。


『行くぞセレン。食い物さえあれば草原だろうと関係ねえ』


『ちょ、ちょっと待ちなよエヴァンス! アンタら二人で行くつもりかい!?』


『たりめーだ。てめえらなんかに構ってられるかよ』


 話に割り込んできたクソ赤毛をエヴァンスは睨む。逆に聞きたい。何故自分がその他大勢の奴隷どもと行動を共にしなければならないのか。


『食料は持てる分だけを持って、残りは手をつけないでおいてやった。馬車も使わせてやる。とっととその国とやらに消えちまえ』


『エヴァンスッ!! 勝手が過ぎるよアンタッ!』


 クソ赤毛は、エヴァンスの肩をガッと掴んでくる。何やら怒っているようだが、それはこちらも同様である。誰が他の奴隷連中を解放してやったと思ってる。


 あまり調子に乗るな。別に、置いてくやつらに不利益を被らせているわけではないだろう。行動を強制される謂れなどないのだ。


 エヴァンスは自分の肩に手を置くクソ赤毛の腕を掴みあげる。ギリギリと、その細腕を自分の体から引き離していく。


『――文句、あんのかよ?』


 その青い光を放つ瞳で、赤毛の少女を真っ直ぐ見据える。少年の顔とは思えない、その悪魔じみた形相に、姉御と呼ばれる少女はビクッと怯えた目つきで後ずさる。


『……ふん』


『な、何でアンタはわざわざ自分から離れていくんだよ……いつもいつも人を遠ざけてさ……』


『何で? 煩わしいからだよ』


 エヴァンスは、クソ赤毛からの問いにさらりと何てことないように答える。前々から鬱陶しかったのだ。この腐った境遇の中で傷を舐め合う奴隷どもが。


 そんな事をしても、どうせ売られれば一生会うことはない。やるだけ無駄だというのに。


『ついでに言っとくと今日俺がてめえらの前から消えるのは、こいつがそれを望んでるからだよ』


 青い少年は、白い少女を指差す。セレンが昨日告げた言葉。「一緒に逃げよう」。それを叶えるために、エヴァンスはこの掃き溜めから抜け出すのだ。


 エヴァンスはセレンのワガママを聞いてしまうのだ。それは昔から、今だって。そして、これからもきっとそうするのだろう。


 それは、エヴァンス自身にもよくわからない感情であった。恋だとかそんなクソみたいなものではない。もっとしょうもなくて、醜い、エゴのようなものである。


 そしてセレンは、震える体を自らの手で押さえつけ、消え入りそうなか細い声で言葉を紡ぐ。


『姉御……ごめんなさい。私はエヴァンスと行くよ。どうか、生きてね』


『わかんない……アンタらが何を考えてんのかわかんないよ!!』


『私もはっきりとはわかってないよ。でもね、姉御。私はエヴァンスと二人でいなきゃいけないんだ。それだけはわかるんだよ』


 セレンは、肩を震わす赤毛の少女の手を取る。額と額をコツンとぶつけ、目を細めて笑いかけた。


『ありがとう、姉御。元気でね』


 そして、くるっと振り返ると、白い少女はエヴァンスの手を取って草原を歩き始めた。


 見渡す限りの大草原。ここから、何処かの国やら村へ辿り着くまでには数日を要する。だから、とにかく二人は歩き続けた。



 そして、日が傾いて空が夕闇に染まり始めた頃、二人は大きな樹の下で一夜を明かすことにした。


 軽く食事を摂り、広がる星空を見上げながら、セレンが口を開いた。


『ありがと、エヴァンス。私のワガママに着いてきてくれて』


『今更だな』


 エヴァンスは、陶器製の水筒から水を一口飲み込む。そして、上空に視線を向ける白い髪の少女を見やった。


見たんだろ(・・・・・)?』


『……あはっ。流石だね、エヴァンス。良くわかってるぅ』


 セレンが、努めて高い声でおどけてくる。簡単に考えればわかることであった。元々セレンは売られる予定だったのだ。つまり、何処かの誰かがセレンを求めているということである。そんなセレンが他の奴隷たちと行動を共にしていては、全員を巻き込むことになる。


 もっとも、これはエヴァンスが奴隷商人を殺した後に気づいたことで、未来視の力を持つセレンには予め見えていたようなのだが。


『そうだよ。私を狙う人達が、私ごと皆に酷いことする未来がね』


『やっぱりかよ。で、それを回避するためにあそこから離れた、と。』


『そういうことになるね。まあ、これで未来が回避できたかはわかんないけど、知ってて何もしないわけにはいかないからね』


 その一言にエヴァンスは眉をひそめる。その酷い未来とやらから逃げるために、セレンは奴隷たちを置いていったのではないのか?


『元々私が見た未来は一つ。私があのまま売られて、そのまま盗賊に襲われて死ぬ。これだけだよ』


『一緒にいたら奴隷の奴らも襲われる云々ってのはどこいったんだよ?』


『それがこの力の面倒くさいところでね』


 セレンは、はぁ、と一つため息をこぼす。未来を見るという意味のわからない力を持たないエヴァンスにとっては、自身の死を回避できただけでも儲けものだと思うのだが、当のセレンはそうでもないらしい。


 それは、何かを手に入れればまたそれより良いものが欲しくなる、人間としての性か。


『未来が見えるって言えば聞こえは良いけど、自分の意思で見れるわけじゃないの。タイミングも、見る未来もその時次第。まあ、大体自分とかが大変な目に遭う事なんだけどね』


『……ちょっと待て。自分とかがってどういう意味だ?』


『え、あっ』


 セレンは慌てて口を押さえるも、何もかもが遅かった。数秒黙りこくっていたが、やがて観念したかのように口を開く。


『……これ、恩着せがましいからあんまり言いたくなかったんだけど』


『なんだよ』


『エヴァンスって、実は四回くらい死んでるんだよね』



 思考に、一瞬の空白が生じる。つまりこういう事か。自分は、知らず知らずのうちにこのクソガキに四度も命を救われているのか。


『崖から落ちたり、信じられないくらいの怪我を負ったり。もう、この際だから感謝してもらおうかなっ!』


 ふんすっ、と。鼻息を荒くして胸を張るセレン。そんなしたり顔の彼女に、エヴァンスは低い声で問いかけた。


『……他の連中は』


『え?』


『他の連中の未来も見えたのか?』


『そ、それが見た事無いんだよね。現に死んじゃった子も何人かいるし。なんでだろうね?』


 手を顎に当てがって顔を傾げる白い少女。


 エヴァンスは、内心本気でイラついていた。つまり、このクソガキが見た事ある未来は、クソガキ自身とエヴァンスの物のみという事になる。


 セレンと、エヴァンス。何故セレンは、他人の未来はエヴァンスしか見えないのか。相当に乱暴な仮説だが、大体わかった気がした。してしまった。


 ――ふざけている。


『で、その力のめんどくせえところって何だよ』


 エヴァンスは、脱線した話を無理やり戻した。そんな事があってはならない。きっと勘違いだ。そう自分に言い訳をして。


『あ、えっとね、だからつまり、私がみんなと一緒にいるとみんなを巻き込んじゃうって未来は、エヴァンスが奴隷商人の人を、その、殺した時に見たの』


 最後のあたりを少し言い淀むセレン。今更そんな所で詰まってしまうのがこの少女らしいといえばらしい。


 エヴァンスは思い出す。自分がクソゴミを殺した直後のセレンの顔を。あの怯えた表情は、切り替わった残酷な未来に対する物だったのだ。


『昨日は本当に、自分一人じゃどうしようもなくてエヴァンスと一緒に逃げようとした。エヴァンスなら、着いてきてくれると思ったから』


『期待に沿えなくて悪かったな、クソが』


『いやいや。元々未来なんて見えてる方がおかしいんだよ。だから、私は運命を受け入れた。エヴァンスも何回か助けられたしね。それで満足って自分に言い聞かせたよ』


『ところが、俺がその運命とやらを覆しちまった』


 エヴァンスの発言に、セレンがニヤーッと悪い笑みを向けてくる。なんだその気持ち悪い顔は。


『そう。今度はエヴァンスが私を助けてくれたんだよ。本当に嬉しかった。盛大なお姫様気分で一瞬だけでも甘えさせてくれれば良いのに、エヴァンスのけちんぼ』


『うるせえぶっ殺すぞ。で、死の未来は回避したが、別の未来が見えて、今に至ると』


『そっ。現時点では何の未来も見えてないから、少なくとも私達は大丈夫だと思う。でも、他のみんなが絶対大丈夫かって言われたら断言は出来ないの……』


 それが、未来視の欠点。とりあえず確定的な悲劇は回避したが、セレンは自身とエヴァンス以外の未来を見る事が出来ない。未来は捻じ曲げられたが、それで奴隷の連中の安全が保障されたわけではない。


 しかし、セレンは離れるしかなかった。離れなければ、絶対の悲劇が待っているのだから。


『……チッ。何だよ。一人で抱え込みやがって。ヒーロー気取りか』


『え、じゃあエヴァンスに打ち明けたら信じてくれた?』


『いや、信じねえな。昨日もお前は頭がやられたと思ってたよ』


『ほらーっ! だから今まで言ってこなかったんだよ!』


 白い少女は、エヴァンスの肩を掴んで揺らしてくる。


 青い少年は、それを煩わしく感じながらも、拒否だけはしなかった。



 そして、夜が更けていく。


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