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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 2. 物も人も暖かい方が
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2-3 イールドというモノ

 


 暫くして、土鍋の中身がすっかりなくなった。


 結局、誰もほとんど口をきかずに平らげてしまった。


「ごちそうさまでした」


「はーい、お粗末様でした」


 サナは立ち上がると、空になった鍋を持ち上げ、調理場があるであろう方へ向かっていく。洗い物をするのだろう。


 机には、先ほど鍋の下に敷かれていた、紅くて硬そうな何かが置きっぱなしである。ラウィは、思わずソレに目をやっていた。


 さっきはサナが触れただけで炎が上がったが、これは一体何なのだ?


「何だラウィ? イールドが気になるのか?」


 ドーマが、そんなラウィの様子を見て声をかけてくる。


「うん、さっき話途中だったけど、これは一体何なのさ?」


「うーんそうだな……何て言えばいいか。まず、イールドってのはな、簡単に言えば石だ。その辺に落ちてるのとはわけが違うがな」


 ドーマは、机に置いてあるイールドと呼ばれる紅いソレを、ほれっとか言いながらラウィに投げて寄越してきた。


「わわっ!」


 ラウィは思わずソレを避ける。イールドは、ゴトッと音を立てながら床に落ちた。


 どうやら、火はつかなかったようである。ラウィはホッと胸をなでおろした。


「何で避けるんだよラウィ。触ってみれば良いじゃねえか」


「さっきサナが触ったら火がついたでしょ! 危ないよ!」


「はぁ? 今俺が触って投げただろ」


「あ、確かに」


 ラウィは、咄嗟の事でその事に気付かず避けてしまったのだ。

 床に転がるイールドを拾う。思ったより硬く、そしてずっしりと重かった。紅く平らなソレは、ほんのりと熱を持ってはいたが、とてもここから火が出るなんて思えない。


「それを軽く念じながら触ると火がつくんだよ。まあ危ないから、初めての奴は室内でやるなよ?」


「わかったよ」


 ラウィがイールドを机の上へ置くと、ドーマはゴロンと床へ横になった。


「ところでラウィ。お前旅して各地を回ってんだろ? 他のところはどんな感じなんだ?」


「そうだね。この村には畑とかいっぱいあるけど、他の村でここまでの規模のものは少ないかな。あと、治安が悪い。盗賊や山賊が暴れまわってて、廃れてるところが多かったよ」


 そうなのだ。


 この村は恵まれている。賊が侵入した形跡も無かったし、農地は広い。それは、村の入り口にあった看板からも読み取れた。


「やっぱりそうか。昔と変わんねえんだな」


「この村の治安はどうなの? 良い方だとは思うけど、ドーマは凄い警戒してたし」


「だからすまねえって。いや、俺は昔そういう危ない地域を見たことがあるからな。この村もそうならないとは限らないだろ?」


 ドーマは仰向けになると、一つ伸びをした。すぐ後に、四肢の力をだらんと抜いて、仰向けで天井を見上げる。


「この村は治安自体は良いが、賊みたいなやつはいるんだよ。お前をウチへ泊めてやるのも、それが理由だ」


「……え? ドーマ、どういうこと?」


 今までの話から、この村は現状では平和だと結論付けると思ったが、どうやらそうとも言い切れないようだ。場合によっては、ここで一晩明かしても良いかもしれない。


 ドーマは起き上がると、大きくため息をついた。頭をガリガリと搔きむしり、忌々しそうに眉をひそめた。


「お前の言うような、盗賊や山賊なら、俺でも相手になるからまだ可愛いんだがな」


 さらっと凄いことを言いながら、ドーマはラウィの瞳に視線を合わせてきた。


「この村には、いるんだよ。一つの、クソでけえ『悪』ってやつがな。そいつを含めての『治安』なら、俺の知る限り最悪な村の一つかもしれねえ」


「一つの……大きな、『悪』?」


「そうだ。そいつには俗称があってな。村のみんなには、こう呼ばれてんだよ……普段は、まるで脱け殻のように人の心を持たない、生きた屍。元は普通の奴だったのに、ある日突然羽化したかのように変貌した者……『蝉』とな」


 蝉。


 鳴き声はかなりうるさいものの、夏が来たと感じさせてくれる、あの昆虫だ。何とも言えないセンスだが、それはきっと自分が部外者だからだろう。


「奴は、出会った人間を片っ端から襲う。何でかはわからねえがな。お前も気をつけろよ。村人しか襲ったのを見たことはねえが、ここには村外の人間が来ることは稀だからな。お前が例外とは限らねえ。むしろ襲ってくると考える方が自然だろう」


「それじゃあ、この村の人たちは、『蝉』の襲撃に怯えながら過ごしてるってこと?」


「……まぁな」


 ドーマが悔しそうに呟く。目を細め、ギリ……と歯をくいしばる音が聞こえた気がした。


 何年か前、まだ神術が身についていなかった時ではあるが、ラウィは山賊の一味と遭遇したことがある。


 もれなく屈強な体つきをしており、この上なく強そうであったため、全速力で逃げ出したのを覚えている。


 そんな輩ですら相手取れると言い切るドーマが、手も足も出ない人間。そんな奴、特殊な力を持っているに決まっている。


 神術。


『蝉』は、神術師かもしれない。その可能性が高い。


「神術師? 何じゃそりゃ?」


 その事をドーマに話したが、どうやら彼は知らないようである。ドーマが疑問の言葉を発した時、サナが部屋へ戻ってきた。


「お茶淹れてきたよ。何話してたの?」


 サナは机へお茶の入った容器を三つ置くと、その場へ座った。


 ラウィは机に置かれたそれを見て、実演してやろうと思いつく。


「ちょうど良かった。神術師ってのは、神術を使える人間のこと。神術ってのは、ほら、こんな力だよ」


 ラウィは、お茶へ向けて手を伸ばす。容器がカタカタと震えると、中に入っていたお茶が塊となって浮かび上がった。


 ラウィが操作できるのは、水だけではない。液体なら何でも自在に動かせるのだ。


「何これー! すごいすごいっ! ……って、あれ?」


 サナは宙に浮いているお茶を見て目を輝かせてはしゃぐも、ふと顔を傾げる。何かを思い出したようだ。ずいっと、鼻先が触れ合うほど顔をラウィに近づけてくる。


「ちょっとラウィ! もしかしてさっき競走してた時飛んできた水って、ラウィの仕業!?」


「さあ? 何のこと?」


 手を開いて、全力でとぼけるラウィ。彼女に視線を合わせないラウィの仕草に、サナが飛びかかってきた。


「もーずるいーー!!」


 ラウィの頭を連続で叩き始めるサナ。たまらずラウィは彼女に制止を促す。


「サ、サナ。今ちょっと真面目な話してるからあとにしてくんない?」


「ずるいずるいずるいずるいーーーーっ!!!」


 聞いちゃいない。髪の毛まで引っ張り始めた。仕方がないので、頭への連撃は我慢して、湯気の立つお茶をこぼさないように容器へ戻してから、ドーマを見据えた。


「僕の力はこんな感じで水を操るだけだけど、他にも色んなものを操れる人がいるんだよ」


「すげえな……。で、『蝉』もこの神術ってのを使えるってのかよ?」


「……多分ね」


 ここでふと、ぴたりとサナの攻撃が止んだ。サナは何を思ったのか、ラウィから離れるとテーブルに肘を乗せて座った。口を尖らせ、何やら不機嫌な様子である。


 よくわからないが、静かにしてくれるなら好都合である。


 それより、もし『蝉』が神術師なら、かなり厄介なのである。


 神術師は瞳の色によって操る物が変わってくる。

 それぞれが何を操るからカルキから教わっているのでラウィは知ってはいるが、対処できるかはまた別だ。


『蝉』の強さが、カルキのそれと同程度なら、ラウィでは全く手が出せない。相対すれば、死あるのみだ。


 ラウィはここに泊めてもらうという提案を有り難く受け取る事にした。野宿なんてしていたら、徘徊している『蝉』といつ遭遇してもおかしくないのだから。


 しかし、ここで一つ疑問が残った。ラウィはその疑問をそのままドーマにぶつける。


「この力は……神術は、その気になれば、人も殺せる。なのに、どうして村の人たちは逃げ出さないの? いつ殺されるか、わかったもんじゃないのに」


 あまり手練れているとはいえないラウィですら、ひとを殺める事は可能なのだ。


 水を人の顔に纏わせれば窒息死させられるし、ただ単純に水をぶつけてやるだけでも、首の骨を折るくらいわけないだろう。


 他にも、いくらでも手段は思いつく。


 『蝉』がどれほどの力を持っているのかは知らないが、少なくとも命の危機くらい村人は感じているはずだ。


 それなのに、村人たちは何故この地に留まるのか。それがラウィには気になったのだ。


「ああ、それはな」


 今までどこか暗い表情だったドーマが、少しだけ晴れた表情で話す。


「流石に絶対ではねえが、この村には『蝉』の脅威から守ってくれてる人もいてな。だから俺たちは逃げたりなんかしない。『蝉』には屈しないんだよ」


「『蝉』から守ってくれる人……?」


「そうだ。ラウィの言う通りなら、『蝉』に対抗できるから、あの人も神術師ってやつなんだろうな」


 ドーマは少し鼻息を荒くし、興奮したように話す。その人に、多少なりとも憧れを抱いているのだろう。男とは、強さに憧れるものだ。


「その人の名前はベクターさん。植物を操ってるのを見たことがある。あの人は強えぜ」


 ラウィは、カルキから教わったことを思い出す。植物を操るのは、( みどり)の瞳を持つ神術師。翠の神術師だ。


 植物を生やすことはもちろん、木を燃えにくい性質にしたり、鋼のように硬化して木の葉を刃と化すこともできる。


 どこまで操作できるのかは個人の力量に大きく左右されるようだが、ドーマの自信に満ちた口調から、相当の使い手であることが伺える。


 その人物の力量一つで強さが大きく上下する翠の神術師。きっと得られるものも多いだろう。会ってみたいと、ラウィは思った。


 そのベクターという、翠の瞳を持つであろう神術師に。


(……あれ? 翠の瞳?)


 ラウィは一つだけ引っ掛かりを感じたが、その正体はすぐに理解した。先ほどサナが役場へ入り、ラウィが荷車に腰掛けていた時に話しかけてきた黒装束の男の瞳は、確かに鮮やかな翠色だったはずである。


「ドーマ。もしかすると、さっきその人に会ったかもしれない」


「あ、そうなのか? まああの人は村長とは別枠だけど村の代表だし、別に珍しくねえよ」


「あと、なんか『明日の夜を楽しみにしてる』って……」


「ああ、それはあれだな。祭りだ」


 ドーマは犬歯を剥き出しにして笑う。その笑みは、興奮と期待が入り混じったものだった。


「村に客人が来るなんて珍しいって言ったろ。この村の連中は祭り好きだからな。事あるごとに理由をつけて騒ごうとしやがる。旅人来訪なんてイベント、見逃すわけねえよ。んで、祭りともなれば村の代表のベクターさんも必ず参加する。その時に話でも聞いとけ」


「そ、そうなんだ。わかった。本当は明日の朝出ようと思ってたけど、一日伸ばすよ。得られるものもあると思うし」


「よし、なら明日もウチに泊まるといいぜ……と、暗くなってきたな。明かり点けるか」


 確かに、部屋はなんとなく薄暗くなっていた。明かりは欲しいが、室内でどうするつもりなのかラウィは気になった。見たところ、暖炉も無いようだが。


 ドーマは立ち上がると、壁際の箪笥(たんす)から何かを取り出した。色こそ黄色いが、その大きさと形、見た目の材質から、おそらくイールドなのだろうとラウィは予想できた。


「あ、そうだ、ラウィ。これなら危なくねえし、一度イールドを使ってみろよ」


 そう言うとドーマは、黄色いイールドをラウィへ渡してくる。


「やり方はさっき教えだろ? とりあえず念じてみろよ」


「わかった」


 ラウィは瞳を閉じる。陽光の様な、辺りを照らす光を頭に浮かべ、念じた。


 するとすぐに、手に持っている黄色いイールドから、わずかばかりの光が漏れ始めた。弱々しくはあったが、確実に光を放っている。


「おーラウィ良かったな、できたじゃねえか。でも、調節が出来てねえ。貸してみろ」


 ドーマがラウィから黄色いイールドをひったくると、その光が一気に輝きを増す。だがその光は、室内を照らすのに丁度いい明るさであった。


「まあこれは慣れだからな、すぐにできる様になるだろ」


 ドーマは光り輝くそれをクルクルと弄ぶ。そして、そのまま机に置いた。


 それを見てラウィは、ふと思った事をドーマに質問する。


「ねえドーマ。イールドって沢山種類があるの?」


 火を出すイールド。周りを照らすイールド。イールドには、どうやら複数の種類があるようだ。


 こんな便利なもの、他にどんなものがあるのか気になったのだ。単なる好奇心である。


「ん? そうだな。音が出たり、声をやり取りできるイールドなんてのも連絡用に村中に配備してあるし、空を飛べるようになるイールドなんてのもあるぞ」


「空を飛べる!?」


 ラウィは思わず声を大にする。目を見開いて、ドーマに詰め寄った。


 当然だ。あんな芸当、鳥や虫の専売特許だとラウィは思っていた。興奮するラウィに対し、ドーマはいたって平静である。


「ああ、うちにもあるぜ。あれは遠くに行くのに便利なんだ。流石に作物を載せたりするほどの力はねえがな。今日はもう暗いし、明日練習してみるか? どうせ夜まで暇なんだろ?」


「ほんとに!? お願いするよ!」


 既に日が落ちているのが、これほどまでに悔しかったのは、生まれて初めてである。だが、暗くて危ないのは考えなくてもわかる。なんたって、空を飛ぶのだから。



 それからも、ラウィとドーマは色々な話をした。


 なんて事は無い雑談だったが、それでも夜遅くまで盛り上がった。


 ラウィは、これほどまでに人と笑い合ったのは久しぶりであった。


 サナがいつの間にか居なくなっている事に気がついたが、ドーマが気にするなというので、ひとまず置いておいた。


 深夜になり、漸く眠くなったので、このまま横になる事にした。すると、そんなラウィを見てドーマが押入れから布団を出してくれた。


 ドーマはどうするのかと聞いたが、どうやら二階で寝るようだ。


 ラウィが布団に入ると、ドーマがイールドに触れる。フッ、と。その明かりは一瞬で霧散した。


 おそらく寝ているであろうサナを起こさないように、小さな声で互いに「おやすみ」と言い合うと、パタンと静かに扉が閉まる。



 ラウィは、布団にくるまる。そして、突然全身に莫大な疲労感がのしかかって来た。


 思えば、ここ数日は散々であった。


 三日前は、朝起きたと思ったらすぐ、奴隷商人に神術玉で吹っ飛ばされるわ。


 カルキに神術膜の特訓で痛めつけられるわ。


 それから三日歩き続けるわ。


 棒のような足でバカみたいに重い荷車を押す事になるわ。そして何故か徒競走が始まるわ。


 ドーマにも、不運な勘違いから襲われた。



 だが、ラウィはこれらが、心地よかった。別に変態ではない。今までには無い『日々の変化』に対してである。


 姉を失ってからの五年の、なんの進歩も無い日々に比べて、格段に心が軽い。


 具体的な目的を持つと、ここまで気持ちが前向きになるものなのか。場所がわかり、アルカンシエルに向かう、という目的を。



 だが、ここで気持ちを緩めてはいけない。


 まだまだ、スタートラインがわかっただけなのだ。


 スタートラインに着いてもいない。見つけてすらいない。


 やらなければならないことが、まだまだ沢山ある。


 だが、確実に目標へ近づいているのも事実である。



(やっと何かが変わりそうだよ、姉ちゃん。もう暫くかかるかもしれないけど、絶対に会いに行くから、待っててね)



 暗い静かな空間で、ラウィは一人大好きな誰かを思い浮かべる。そのままゆっくりと瞳を閉じると、眠りに落ちていった。

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