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11-7 なんだかんだで

 

『朝だーっ!! 起きやがれてめーらーっ!』


 燃えるような赤毛の少女が暴れまわる。


 クソみたいに薄い布を、柱代わりの木の棒の上から被せただけの簡易的なテント。そんな狭い空間に沢山の奴隷が詰め込まれているのだ。


 そこを寝床としている奴隷たちは、その赤毛の少女の大声に次々と目を覚ましていく。


『おらおらエヴァンス! てめーもとっとと起きやがれ!! この根暗野郎が!』


『うるせぇ――っ!! 朝から騒ぐなクソ赤毛!!』


 エヴァンスは、寝ている自分の頭を蹴っ飛ばしてきやがったその赤毛の少女を思いっきり罵倒してやる。


 この少女も奴隷であった。自分たちの中で最年長であり、奴隷仲間からは親しみを込めて『姉御』と呼ばれている。エヴァンスからの呼び名は『クソ赤毛』であるが。


『こうでもしねーとみんな起きねーからなっ。アタイは皆の姉御だかんな! さあ、さっさと畳むよ、早くしねーとまた奴のムチが飛んでくる』


 奴。自分たちを引き連れている奴隷商人の事である。気に入らないことがあればすぐにムチで痛めつけてくるゴミである。


 姉御の号令を機に、もぞもぞと年少の奴隷たちも起きあがってくる。眠い目をこすり、欠伸をしながらテントの外へぞろぞろと出て行く。


 数十人の奴隷を詰め込んだそのテントは、年長者達によってあっという間に片付けられていく。当然、エヴァンスはそんなの手伝う気は無かった。


 少し離れたところで、地面に座り込んでその光景をぼーっと眺めていた。


『エヴァンスもそろそろ覚えなきゃだね』


 そんなエヴァンスに、一人の少女が声をかけてきた。白い髪を揺らす、セレンである。


『誰がやるか』


『あはは。エヴァンスらしい』


 セレンは軽く笑うと、エヴァンスの隣にちょこんと座ってきた。頭をもたげ、自分に体重を少し預けてくる。


『暑い。寄んな』


『いいじゃん。今だけ』


 口では嫌がりながらも、エヴァンスは積極的に拒否はしない。


 何故かそんな気が起こらないのだ。表面上は毒づきながらも、結局はセレンの前に折れてしまう。そんな魅力にも近い何かが、白い少女にはあった。


『もう少しであの人が来るよ。買い手が見つかったって笑いながら、ね』


『まだ言ってんのか。大体、こんな草原のど真ん中で買い手なんているわけねえだろ』


 エヴァンスたち奴隷一行は、現在どこの国からも遠い草原を歩いている。何故そんなことがわかるのか。それは、奴隷商人がいつも言っているからだ。


 真夜中のセレンとの外での会話。普通、夜中だろうと奴隷がそんな自由に動き回って良いはずがない。ある程度の自由が許される。それは即ち、逃亡の可能性がゼロであるからだ、と。そしてわざわざそれを許すのは、自分達の世話を自分達で勝手にやってもらうからだ、と。


 事実、エヴァンスたちはある程度国が近くなると手枷がつけられる。綱で繋がれた、それぞれを縛り付ける鎖が。


 それが無いということは、現在近くに、少なくとも子供の足で数日以内にたどり着ける距離に村や国が無いことを意味するのだ。


 そしてそんな何も無いところに、奴隷を買う輩がいるとも思えない。


 ところが――


『騒ぐな奴隷ども!!』


 その男の登場に、エヴァンスの表情は固まった。


 奴隷商人である。自分達を売り飛ばすために世界を渡り歩き、売った金で贅沢の限りをつくすゴミ屑である。そんな男が、近くにいた幼少の奴隷をビビらすほどの大声で喚き散らしていた。


『買い手が見つかった!! 名前を呼ばれた奴は今すぐ来い!!』


 エヴァンスは思わず目を見開いてセレンを見やる。白い少女は、物憂げな表情で奴隷商人を眺めているのみだった。



 そして、その名が呼ばれる。



セレン(・・・)!! どこだ、早く来い!!』


 すっ、と。エヴァンスの肩から、圧力が消えた。頭をもたげてきていたセレンが無言で立ち上がったのだ。


 そのまま、テクテクと歩いていく。


(……は? セレンって、なにを、言って……)


 エヴァンスは混乱していた。思ったことを発声することが出来ない。思考が繋がっていかない。どんどん遠くなるその背中を見つめる事しかできなかった。


 ふと、白い髪の少女が顔だけ振り向いてくる。満面の笑みで軽く手のひらを振ってきた。



 ――バイバイ、と。



『ま、待てよ!!』


 エヴァンスは思わず立ち上がった。もう声は出る。出てくれる。足だって動く。そのまま彼女へ向けて走り出した。


 しかし。


 ガシィッ!! と。エヴァンスは首を掴まれて仰向けに倒されてしまう。奴隷商人を守る用心棒だ。


『は、離しやがれッ!!』


 その男からの拘束を解こうとエヴァンスは暴れまわるも、全く動かなかった。十歳程度の少年が大の大人からの束縛から逃れられるわけがないのである。


『セレンッ!!!』


 白い少女の名を叫ぶ。しかし彼女は振り向くことなく、クソみたいな奴隷商人の元へと歩み寄って行ってしまう。


 エヴァンスは、昨夜セレンが言っていた事を思い出す。


 〈その子が、殺されるとしても?〉


 セレンの予言は当たった。あいつが未来を見ているという妄言は嘘では無かった。現に今にもセレンは、売られるために歩を進めているのだから。


 だとしたら、殺される人物というのは――


『嘘……だ、ろ……』


 白い少女の小さな背中を見つめる。セレンは昨日、どういうつもりだったのか。自らの死という未来を見て、何を感じ、何を思って自分に打ち明けてきたのか。


 〈――何も、思わないの?〉


 自分に何と言って欲しかったのか。セレンは、何を望んでいたのか。


 〈――私と一緒に、ここから逃げちゃわない?〉


 エヴァンスの、息が止まる。あれは、そういうことだったのか。自らの運命から逃れるために、一緒に抗ってくれないかと、そう言っていたのだ。


 それを、突き放した。彼女の願いを、断ち切った。


(わかるかよッ!! もっとはっきり言えや! そうすりゃ俺は……ッ!!)


 ――どうした?


 セレンからはっきりと、自分を死の未来から助け出してほしいと告げられたところで、彼女を助けてやれたか?


 否。きっとエヴァンスはそんな事はしない。どこまでも彼女の発言を信じず、早く寝たいとか考えながら聞き流していたに違いない。


 信じられるわけがないのだ。そして、信じて、やれなかったのだ。


 セレンの未来視。どこまで見えるかはわからないが、自分が一緒に逃げてやらないこともわかっていたのかもしれない。


 だから、諦めた。だから今、奴隷商人にしたがっている。


 エヴァンスはギリギリと歯をくいしばる。何故かは自分でもわからなかった。他のやつの死は何とも感じていなかったのに、それがセレンとなるとどうしてここまで悔しいのか?


 しかし、理由などどうでもいい。今自分はセレンを救いたい。セレンだけを。あの白いクソガキを助けたい。


 セレンは、自分の事を優しいと言った。昨日は信じられなかったし、今だってそんなつもりはない。だが、奴のわがままだけには、振り回されても良いと思えた。


 エヴァンスの口元が、思わず緩む。自分を押さえつけてくる用心棒の男は、そんな青い少年を見て眉をひそめてきた。


『くは。ははははははははははッッッッッ!!!!』


 高笑いがこみ上げる。全く。自分も馬鹿である。あの白い少女に、一体何があるというのだ。


 睡眠時間は削ってくるし、起きないと喚くし、やたら密着してきて鬱陶しい。


 しかし。


 〈なんだかんだで私のワガママに付き合ってくれるエヴァンス君なのであった!〉


 快活な笑顔で叫んだ白い少女が頭に浮かぶ。エヴァンスは口の端を引き裂いて、目の前の用心棒の男を睨んだ。


(――その通りだよ、悪いか)


 ズドッ!!! と。用心棒の男の頭を何かが突き抜け、風穴を開けた。エヴァンスは力の抜けた肉塊を蹴り飛ばし、ゆっくりと立ち上がる。



 白い少女の、その向こう。



 腐った生ゴミのような、その男を見つめた。



 エヴァンスの瞳は、青く染まっていた。

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