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11-5 問題は寝やすいかどうか

 


 ――


 エヴァンスは、喧しいお節介女アリアスの魔の手から逃れた後、次なる任務を行う国、リオストへ同行する人材を調達するため食堂へ赴いていた。


 ガヤガヤとした喧騒と、充満する芳香に胃袋を刺激されながらも、エヴァンスは目的の人物を鋭い目つきで探し回る。


 シュマンという組織はお金持ちである。理由は簡単。ルヴェールが稼ぐ金額があまりにも莫大だからである。


 国家転覆を狙う組織からの警護。逆に、肥大化しすぎた武力の抑圧。世界全体の経済を左右しかねない大きな大きな依頼をこなすルヴェールは、それこそ国家予算並みの報奨金が支払われるのである。


 だから、ここで飯を貪ってる連中は大体ルヴェールがまかなっているといっても過言ではない。それゆえ、文句を言われる筋合いなどないのだ――


「クソチビ。行くぞ」


「っふえ!? エヴァンスさん、またっすか!?」


 ――楽しい楽しいお食事の時間を中断して、任務がある地までスカイランナーを運転させても。


 エヴァンスは、こんがりと焼き目のついたパンやら、野菜がゴロゴロ入ったスープなどを味わっていた茶色い髪の少年の襟を引っ掴む。


 そのまま食堂を通り過ぎ、スカイランナーが大量に収容されている格納庫まで少年をズルズル引きずっていく。


「エ、エヴァンスさんっ! 歩けます! 自分で歩けます逃げませんからぁっ!」


「たりめーだ。逃げたら殺す」


 エヴァンスは、掴んでいた少年の襟元をパッと離す。急に手を離された茶色い髪の少年は、ゴンッと鈍い音を頭と地面とで打ち鳴らしたようだが、青い髪の少年はそんな事に何も感じることはない。


「いたた……まったく、さっき帰ってきたばっかじゃないっすか。ちょっとペース早過ぎっすよ」


「てめえまでアリアスみたいな事言ってんじゃねえよ。黙って従え」


「従いますよ。他でもないエヴァンスさんの頼みっすからね」


 茶色い髪の少年は、頭を押さえて何やら涙目ながらも立ち上がる。そのまま、エヴァンスの半歩後ろを着いてくる。


「……ってあれ。エヴァンスさん、何食べてんすか?」


「てめえが食ってたパンだよ。悪いか」


「ええーっ! 僕まだ食べてないんすよ!?」


「うるせえな。腹減ってんだよ」


 エヴァンスは、先ほどテーブルに置かれていた熱々のパンをついでに持ってきていた。モサモサと、それを咀嚼して胃袋に納める。


 どうも食堂の飯というものは好かない。自分好みの味付けではない。だからエヴァンスはわざわざ近隣諸国まで食べに行ったりするのだが、今は仕方ない。とにかく腹が減っていた。まあ、パンなら食えなくはない。


 エヴァンスと茶色い髪の少年は、とある大きな薄暗い空間へ辿り着く。そこには、中々に巨大なスカイランナーが格納されていた。ルヴェール専用の、運転席の後ろに寝転がれる程度のスペースがある特別製のスカイランナーである。


 銀色に輝く金属製のそれは、格納庫に五台収納されていた。それは、ルヴェールの全員が現在帰ってきている事を示していた。邪魔くさい。


「待ちなさい、エヴァンス」


「あん?」


 突然自分を呼んできたその声に、エヴァンスは眉をひそめて声の主を確認する。後ろには、エヴァンスのよく知る人物が立っていた。


「なんだノースレビー」


 暗い紫色の髪に、眼鏡の奥から覗く髪よりかは明るい二つの紫。エヴァンスよりも頭半個分は大きい長身。ルヴェールのメンバーの一人、ノースレビー=リドル=グレンリヴェットが微笑んでいた。


「今回は、私も同行させていただきますよ」


 紫色の青年ノースレビーは、一人の少年を引き連れてスタスタと近づいてくる。


 ルヴェールの中では、比較的悪い印象を持っていないこの男。あまりグイグイ絡んでこないからだ。というか、他の奴らが粘着質なだけなのかもしれないが。


 そして、そんなドライな関係を続けているノースレビーが、自分の任務に同行してくる。となれば、理由は一つしかない。


「……監視か。てことは、今回は期待して良さそうだな」


 エヴァンスはルヴェールに、ひいてはシュマンに忠誠など誓っていない。目的の人物を探し出す事が出来たら、こんなクソみたいな組織速攻でおさらばする自信がある。


 だからこその監視。たとえエヴァンスが目的を達成しても、ルヴェールから逃げ出さないようにするための、鎖。その役目が、このノースレビーという男なのだろう。


 逆に言えば、今回に限って監視がつくということは、高い確率でエヴァンスの目的がぶら下がっているということである。青い少年は、思わず口元を歪ませた。


「上の建前はそうでしょうね。どう受け取るかはあなたの自由です。別にあなたが逃げようと私には関係ありませんしね」


「……その辺はお互い様だ。てめえが単独で突っ走ったって俺は知らねえ」


「そして、上もそんな事は承知の上でしょうね。忠誠を誓ってもないルヴェールの二人を示し合わせた。何か理由があると考えたほうが良さそうです」


 シュマンのトップである総帥。その座に就くカインという男は、ふざけた存在だが頭はキレる。監視などクソの役にも立たないことは織り込み済みのはずだ。


 別の理由がある。それが何かまではわからないが、どうせロクでもない事なのだろう。全く興味ない。


 自分はルヴェールを利用しているのだ。ルヴェールに利用されているからといって憤慨するほどガキではない。ギブアンドテイクだ。


 青い少年は心の底からどうでも良さげに、嘲笑気味に言葉を吐き捨てる。


「はっ。いいねぇ。素敵な任務にしようじゃねえか」


 ここで、エヴァンスは自分の背後を着いてきていた茶色い髪の少年の姿が見えなくなっている事に気がついた。探し出して殺してやろうかと一瞬だけ考えたが、彼はノースレビーの後ろの少年と談笑しているのを確認する。


「おーアンタもノースレビーさんの運転手っすか? お互い大変っすね、ニアリー」


「大変ってならお(みゃー)もだがん。聞いたし。さっき帰ってきたのにまぁた連れてかれるらしいが。ちょー大変だがん、ジード」


「おー。ロクな休憩もとってねえっす。眠いっす。腹減ったっす」


 自分が引き連れていた茶色い髪の少年ジードが、何処ぞの訛り全開の少年ニアリーと愚痴をこぼしあっていた。


 エヴァンスやノースレビーなど、ルヴェールの面々は基本的に自己中である。自分でスカイランナーの操縦など絶対にしない。だから、代わりに自分を運んでくれる専属の運転手を何人か抱えている。


 ジードとニアリーも、その一人である。


「おいクソチビ。聞こえてんぞ」


「え、いやいや、僕らはエヴァンスさんらが任務してる間、周辺諸国で寝てるから大丈夫っすよ! さあ、行くっすよ!」


 何やら焦った様子のジードに急かされ、エヴァンスはスカイランナーの後ろにある大きなスペースに寝転がった。


 ここからリオストまではスカイランナーでも数時間かかる。それまで一眠りしようと瞳を閉じる。


「じゃあ、エヴァンスさん行くっすよ!」


「早くしろ。あと静かにしろ。俺は寝る」


「ういっす! おやすみなさいっす! 慎重な運転でエヴァンスさんの安眠は絶対に守ってみせるっすよ!!」


「静かにしろっつってんだろ」


 エヴァンスの発言に、茶色い髪の少年ジードは、黙って操縦を始めたようだ。顔に僅かな風を感じる。おそらく、既に上空を滑っているのだろう。


 エヴァンスはジードのお喋りっぷりに多少の苛立ちは感じるものの、基本的に運転手は彼を指名している。


 ジードはスカイランナーの操縦が上手いのだ。加速、上昇、飛行。どれを取っても一級品。つまり、寝やすいのだ。



 数分でエヴァンスの意識は徐々に薄れ、やがて完全に落ちた。

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