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光の当たる世界

 



 給料日である。


 アルカンシエルに所属する者たちが、その任務の対価として金品などが支払われる日だ。


 アレスが数日前から心待ちにしていた、一年に六回ほど行われる歓喜の時間である。


 レーナ班は、七番隊と名前を変えた。いや、シェゾから聞いた話によると、どうやら戻っただけのようだ。そんな新生七番隊のメンバー四人は、アルカンシエル七階にある専用の部屋の談話室に集まっていた。


 暖炉の火が奏でるパチパチという音は、働いてきた自分たちを祝福しているかのようであり、部屋の暖気はこれから温まる懐を暗示しているようである。


 ほの明るい真紅の空間で、黄色い少女レーナと向かい合う形で隊員三人が横一列に真っ直ぐ並んでいた。


「じゃあ、待ちに待ったお給料を渡します!」


 レーナが、何やらジャラジャラと音がなる袋を前に突き出して頬を緩ませる。その音にアレスが「いよっ!」とか何とか叫びながら手を打ち鳴らしている。


 アルカンシエルの給料。聞いた話によると、どうやらお小遣いとしての意味合いが強いようだ。


 そもそも、アルカンシエルに所属している時点で食いっぱぐれる事はない。食堂は無償で料理を提供してくれるのだから。


 だが、ただ任務して空腹を満たして床に着く。そんな生活の繰り返しだと士気に関わってくる。だから、趣味などに当てる予算を給料という形で支給されるのだとか。


 任務の貢献度だったり、位によってその額はまちまち。だからアレスなんかは、エメマ国での肉事件以降寂しくなったお財布事情を鑑みて、ここ数日毎日のように任務に出ていた。どうやらナダスに直接頼み込んでいたようだ。


「ラウィ、サッチ。この給料はナダスさんや経理のみんながやってくれとる。もちろんレーナもな。感謝するんやで?」


 落ち着かない様子のアレスがウキウキ肩を揺らす。どう見ても一番嬉しそうな紅い少年であった。鬼のように詰め込んだ任務をこなしたからこそ、その喜びもひとしおだろう。


「ふふふ。残念ながら身内贔屓はしてないので、あまり期待しすぎないように」


 レーナがそんなせわしなく動くアレスを見て微笑む。


「わかっとるわ。それより、ホンマにお疲れさん。毎度のことやけど、給料日前は大変やったやろ」


 確かに、この数日間レーナを書庫で見ていないとラウィは気がついた。たいして気にはしていなかったが、今思えばそういう事だったのだ。レーナが七番隊の隊長と兼任している経理としての仕事に追われていたのだ。


「ふふっ。ありがとうございます。では、明細読みますね。まず、アレスから」


「おうっ!」


 アレスが満面の笑みで少し前へ出る。その紅い髪は、暖炉の火で淡く輝いていた。きっと、心の中も大きな期待で輝いている事だろう。


「七番隊副隊長アレス。基本給に加え、普通任務二十三回。調査任務二回。討伐任務一回。評定は良ですね。はい、お疲れ様でした」


 レーナがこぶし大の大きさに膨らんだ布袋をアレスに手渡す。端から見ているだけでもその重厚さが伝わってくる。一体いくら入っているのだろうか。


「いやっほーぅ!」


 その布袋を受け取って大はしゃぎするアレス。なんだか、食料を手に入れたゴブリンと似たような喜び方だとラウィは思ったが口にはしないでおいた。


「はい、じゃあ次、サッチ。普通任務四回。まあ今回は途中からなので少なめです。これからに期待しますね。特別手当として、スカイランナー利用券が十枚ほど。はい、おつかれさまです」


「ありがとよ」


 黒髪少女サッチがレーナから布袋を受け取る。その大きさはアレスよりも幾分か小さかった。


「ところで、スカイランナー利用券って、券って事は本来は買うんだよな? いくらくらいするんだ?」


 給料と同時に受け取った小さな紙切れを眺めながらサッチが呟く。


「七番隊は、任務はタダで使用できます。前の隊長がその権利を勝ち取ってくれたんですよ」


「勝ち取った?」


「ああ、隊の番号入れ替え戦での防衛報酬ですよ。下位からの挑戦を防げばある程度のボーナスがあるんです。色々とね」


 アルカンシエルの入れ替え戦。それが、隊長の強さと、隊の番号の若さは比例するという結果を生み出している。


 下の部隊の隊長が格上の隊長を倒せば番号が上がる。これだけ聞けば上位の隊にメリットが感じられないが、返り討ちにしてやれば報酬が貰えるというのなら話は変わってくる。


「やから、俺らはスカイランナー利用券はプライベートでしか使わへん。地下の奴は券一枚で、他所行きのは二枚や。一枚二百ベルノやから、そこまで値は張らへんよ」


「じゃあこの特別手当とやらは二千ベルノくらいか。まあ無いよかマシだな。ありがとよ」


 軽く笑みを零しながらラウィの横に戻るサッチ。そして、ようやくレーナが自分の名前を呼んでくる。


「じゃあ最後にラウィ」


「うん」


 ラウィも、アレスとサッチを見習って一歩前へ出てみる。いつもより近くに見えるレーナの顔は、白くてとても可憐であった。


 クリーム色の髪を耳にかけ、目を細めて微笑みかけてくる。少し頭を傾けたその出で立ちは小動物をラウィに連想させてきた。そして、小さな口から鈴のような声で言葉を紡ぎ始める。


「討伐任務一回。普通任務一回。続いて減点対象……」


「えっ、減点?」


 聞き捨てならない単語に、ラウィは思わずレーナに聞き返す。


「そりゃありますよ。良いことばかり言ってても意味ないですからね。えっと、ラウィの場合は初回の任務で報告に来なかったのが減給対象ですね」


 ビアルダ集落に向かった初任務。そこでこの世の悲劇に触れてしまったラウィはまともな精神状態ではなかった。


 帰還してからも塞ぎ込み、報告など出来る状態ではなかった。全ての人を守ると誓い、自分の体を虐め抜いて死にかけるほど周りが見えていなかったのだ。


「あらら、まあ仕方ないね」


 だから、ラウィはすんなり納得した。別にお金にそこまで執着があるわけでも無いし、なんなら一(ベルノ)無しでこれまで生きてきたのだから多少の減給など微々たる差だろう。


 だが――


「というわけで、はいどうぞ」


「ん? なにこれ、紙?」


「スカイランナー利用券七枚です。お給与はありません」


「え、ええ!?」


 ――お給金無しとは、流石に予想していなかった。


「ぶはっ!」


 ラウィの後ろから、何やら吹き出した笑いが二つ聞こえてきた。どう考えてもアレスとサッチである。給料貰った組は、未だお金というものを持てない自分を笑い飛ばしていた。


「ちょ、ちょっと厳しくない!? 僕スカイランナー乗れないし、乗ったところで向こうでお金なしで何するのさ!?」


 ラウィはレーナに詰め寄って抗議する。自分より頭半個分ほど背の低い少女は、相変わらずの清楚な笑みをこちらへ向けていた。


 背後から聞こえる笑い声は激しさを増していた。ラウィがスカイランナーに乗れない事実を改めて認識して、この利用券の無意味さが面白さを更に助長したようである。


 黄色い少女レーナは、トンッ、と自分の胸にその小さな拳を当ててくる。いたずらっぽい笑みを浮かべる少女の拳には、小さいながらも確かな重量を持った布袋が下げられていた。


「ふふふ……嘘ですよっ。こちらが今回のお給料です」


「え、あ、嘘なの?」


 イマイチ一連の流れが理解できないラウィは、取り敢えずその布袋をレーナから受け取る。その硬さと重さが、ラウィの気持ちを不思議と高揚させてきた。


 そして。


「レーナってこんないたずらっ子だったの?」


 純粋に疑問をレーナにぶつける。眉をひそめて、かなり距離の近い目の前の少女をじっと見つめた。


「いたずらっ子って……他に言い方なかったんですか。なんかすごく幼く感じますよ」


「いやだって――」


 そこまで言って、ラウィは背中を誰かにグイッと引っ張られた。サッチである。橙の瞳を持つ少女が、何やら不機嫌な様子で服を引っ掴んできていたのだ。


「いつまでレーナの近くにいんだよ、さっさと退がれや」


「え? あ、ごめん」


「ふん」


 サッチは口を尖らせて、掴んでいた服を離す。先ほどまで爆笑していたくせに、この変わりようは一体なんなのだ。


「えっと、もちろん私もいただきます。じゃあ、これからも頑張ってください。私からは以上です」


 レーナが軽く頭を下げてくる。同時に、アレスが室内とは思えないほどの大声で喚き始めた。


「えええええ――ッッ!? なんや少なないかレーナ!?」


 どうやら、アレスに割り当てられた給料に文句を言っているようだ。対してレーナは、頭痛でもしているかのように額に手を当てがった。


「確認早過ぎですよアレス……だってここ数日任務頑張ってたみたいですけど、それは今度の給料日に持ち越されますし、普通任務でも内容によって支給額は変わってくるんです」


「あ、ああああッ!! そうや! 今回の給料は給料日の七日前までの分なんか!!」


 アレスは、何やら訳のわからない事を叫びながら長椅子に仰向けで飛び込んだ。


「今まで金欠になった事なんて無かったから気にもしとらんかった……ちくしょう」


 腕を両目に乗せて、ポツリと呟くアレス。端からは泣いているように見えるが、まあ流石に涙は流していないだろう。


「おい、ラウィ」


 そんなアレスを見て苦笑いを零していたラウィの肩が、トントンと叩かれる。


「こないだのクルードストリートで買ってやった雑貨の分、返せよ」


 黒髪の少女サッチが、手のひらを自分に向けてきていた。


「え、ああ、忘れてたよ」


「忘れんじゃねえ!」


「どれだけ返せば良かったっけ?」


 ラウィとサッチがアルカンシエルに入隊したその日。一ベルノも持っていないラウィに変わって、サッチが生活必需品の代金を立て替えてくれた。


 つまり、借りていただけなのである。お金の扱いに疎いラウィは、その事をすっかり失念していた。


「二千ベルノだよ。金ピカの硬貨二枚寄越せ」


 ラウィは、布袋の中を覗き込む。様々な種類の『お金』が所狭しと詰め込まれていた。その中から、千ベルノ金貨を二枚取り出し、サッチに手渡した。


「んで? あとどれくらい残ってんだよ?」


「うーん。白金貨と銀貨がイマイチ区別つかないよ。でも、金貨は何枚かあるね」


「白金貨なんてあるわけないだろ。もっと働け」


 一万ベルノ白金貨。金貨十枚分の値打ちがある硬貨である。金貨が何枚かあるという事は、何千ベルノかのお金はあるという事だ。


「とにかく、そんだけありゃ十分だな」


「何が?」


 サッチの発言の意図が汲み取れず、ラウィは彼女に聞き返した。橙の瞳を持つ黒髪の少女は、腕を組んで言葉を紡ぐ。


「こないだ行けなかった紅茶の店行こうぜ。今度は奢らなくて済むしよ」


「それええな!」


 ふと、長椅子に寝転がっていたアレスから声が飛んできた。ピョンッと跳ね起き、ラウィの肩に腕を回してきた。


「木造のあそこやろ? デザートが甘くて美味いんやあそこは」


「ほんとに!? 行こう行こう!」


 ラウィは瞳を輝かせて同調の意を示した。そして、また一つ高い声が聞こえてくる。


「あ、私も行きたいですっ!」


 レーナも片手を挙げて歩み寄ってきたのだ。その顔は頬を緩ませ、楽しみにしているのであろう事が簡単に伺える。


「何で……まあ、いいか。それでも」


 初めの方こそ少し不機嫌な声色だったサッチだが、すぐに口元を綻ばせる。


 こうして、同年代の少年少女四人は和気藹々とした雰囲気でクルードストリートへと向かっていった。



 ――スカイランナーに乗れない蒼い少年を笑い飛ばしながら。

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