Exordium. 「何処かの誰かの物語」
暗い部屋。埃っぽく、薬草のような青臭さがほのかに漂う空間で、少年と老人が向かい合っていた。
二人を照らすのは、間でゆらゆらと光を放つ一つの小さな火種のみ。それが、少年の蒼い髪をほの紅く照らし、老人の白髪をも煌めかせる。
ともすれば互いの顔すら認識できないほどの闇が、二人の間には詰め込まれていた。
白髪の老人が、とっぷりと蓄えられた白い口ひげの奥から、しわがれたギスギスの声で言葉を紡ぎ始める。
『もう、その力は使うべきじゃない。いや、絶対に使うな。死が近づくだけだぞ』
対して蒼い髪の少年は、自分の首筋を気怠げに撫でる。その、向かってくる『死』とやらの証を。命の残量を示す、その素敵な通達を。
それを確認し直してなお、少年はなんてことないように、首から頭へと手を移しそのままガリガリと掻く。
『何言ってるんだよ。こんな便利な力、使うに決まってるでしょ』
片目を瞑り、欠伸でもしそうなほどのんびりとした声で話す蒼い少年。その顔や声色は、死に肩を掴まれている者とは、およそ思えない。
少年には、自分の命なんかより優先すべき存在があるのだ。そんなくだらないことで、躊躇っていられなかった。
『……あの人を救えるのなら、こんな身体どうなったっていいんだよ。悪いけど、もう決めたんだ』
それだけ言い残して部屋をあとにする少年を、老人は引き止めることが出来なかった。
最後に見た少年の瞳は、鋭く、明るい蒼に瞬いていた。
そしてその数日後、蒼い髪の少年は命を落とす事となる。それが本当に正しい行動だったのかは、少年にだってわからないだろう。
しかし少年は、後悔だけはしていなかった。
自分の行動に誇りを持って、死んでいった。
それでも守りたいと願った、大切な存在の為に。
――どいつもこいつも、人というのはどうしてこうも他人を気遣えるのだ。本当に、興味が尽きない。
大切な誰かのために、人はどこまで足掻けるのだろう。
胸中に秘めた目的に、人はどこまで懸けられるのだろう。
自分が定めた信念を、人はどこまで貫き通せるのだろう。
誰かが決めた運命に、人はどこまで立ち向えるのだろう。
――弱き人の身で天に抗う者たちよ。
――示せ。その可能性を。