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……やっぱり、わたしが誰だか知っていたんだ……
おもむろに綾子は立上がり、仏前に手を合わせた。
「嘘ですよ」
「え?」
振り返った綾子の目に映った老女は、綾子に背を向け、タンスの引き出しに手を入れて何かを取り出そうとしていた。
「呪いなんて嘘ですよ。そして……」
振り返った老女の手には、出刃包丁が握られていた。
「手を合わせれば助かるという事も嘘です」
「ひ」
綾子は座ったまま後退る。
「手を合わせた。という事は、やはりあなたですね。息子を騙したのは……」
「だ……騙したなんて、そんな……」
後退り続けた綾子の背中が壁に当たる。これ以上は逃げられない。
「わ……わたしは仕事でやったんです。やらないと、わたしも食べていけな……」
「あなたが食べていくために、なぜあたしの息子が犠牲にならなければいけないのです? あなたの言っている事は、しょせん盗人の屁理屈です」
「佐久間さんが死んだのは、わたしのせいでは……」
老女は徐々に距離を詰めていく。
「保険を切られなければ死ぬ事はなかった。いえ、保険がなくても息子はかなりの貯金を持ってました。しかし、そのお金は『子供に残してやりたい』と言って、絶対に手を付けようとしなかったのです」
「子供?」
「ええ。あの子が死ぬまで、自分の子供だと信じていた子供に……」
「まさか?」




