10
母親が部屋に入ってきたのに気が付いた息子は、キョトンとした目で母を見る。
「ママ。どうしたの?」
その瞬間、綾子は頭に血が上り、息子をひっぱたいていた。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
なぜ、自分が叩かれるのか分からないまま泣いて謝り続ける息子を、綾子はさらに殴り続ける。
「なんで、帰ってきたなら、ちゃんと『ただいま』って言わないの!! あんたがまだ帰ってないと思って、ママがどれだけ心配したと思っているの」
「ごめんなさい。でも、ちゃんとぼく『ただいま』って言ったよ。ごめんなさい」
「ウソおっしゃい。ママはそんなの聞いてないわよ!」
実際には、綾子は佐久間との会話に気を取られ、息子の帰宅に気が付かなかったのであるが、今の綾子にはそんな事を考える心のゆとりはなく、息子への折檻はさらに続いた。
「何をしているんだい!!」
突然、初老の女性が親子の間に割り込んできた。
「お母様!!……」
いつの間に来たのか、夫の母親が泣きじゃくる息子を抱え上げ、綾子を睨み付けている。
「綾子さん!? あんた、こんな小さな子に、なんて事するんだい! 自分の子を殺す気かい!?」
「いえ……わたしは……そんなつもりじゃ」
「あんたが、ストーカーに狙われているって聞いて、あたしゃ心配して来たんだよ。なのに、あんたは息子ほったらかしてほっつき歩いてるわ、帰ってきたと思ったら息子を折檻するわ」
「いえ……ですから……これは……」
「これは、いったいなんだい?」
義母は息子のシャツを捲り上げて言った。
幼い息子の体には、痛々しい青痣が無数にできている。
「そ……それは……」
「転んだ傷には見えないよ。あんた、やっぱり洋介ようすけを虐待していたんだね」
「虐待だなんて、そんな……それは……その躾です」
「ふざけんじゃないよ! こんな酷い傷を、作っておいて何が躾だ! とにかく、あんたの頭が冷えるまで、この子はあたしが預かるよ。いいね」
「待って下さい。話を聞いて下さい」
だが、義母に聞く耳はなかった。そのまま、息子の手を引いて家を出て行ったのである。




