依頼
ゼシルに説教され、自分のせいで聖女が魔物に殺された事を改めて自覚し一晩中涙が止まることは無かった。リュネリアは慰めてくれる。彼女は聖女であり、姫様の為ならば死も躊躇わないと……実際彼女は馬車が魔物に襲われた時、自ら魔物に抱き付いて姫に逃げるよう叫んだ。怖くて後ろを振り返ることが出来ずに逃げた。そのあとは必死に森の中を進み池を見つけ、喉を潤した時にイリーナに助けられたのだ。
その時に見た、あの魔物を全滅させた女騎士を思い出す。あんな小さな体で……獰猛な魔物を一刀両断にする女騎士。返り血を浴びても平気な顔で森の中から出てきた。
私も……強くなりたい……
力が欲しい……お飾りの姫なりの意地だと、あの時の会議でナハトには言った。何が意地だ。意地なんてなんの役に立つ……私は強くなりたい……。あの時の森で戦っていた女騎士のように……
その時、姫の目標になっていたレコスは半裸で訓練していた。相手は同じ隊のモールス・グアノス。普段は大剣を担ぎ、かつて巨大な……山のような魔物を一人で仕留めた猛勇だった。
「モ、モールスさん……少しは手加減してください……」
レコスの体中あざだらけ、それに対しモールスはまだ一度もレコスに打ち込まれてはいなかった。二人が持っていたのは木でつくられた偽剣だったが、モールスの力で打ち込まれたらそれなりに痛い。
「黙れ、動きがハンパすぎる。もっと相手をよく見ろ。俺のような体格の持ち主の何処を狙えば効果的か考えろ。ただ剣を振るだけならサルでも出来る。」
グ……とレコスは唇を噛む。そして構えなおして、言われたとおりに考える。どこに打ち込めば効果的か……
レコスは巨大な魔物を相手にするとき、自分の体の小ささを利用していた。まずは相手に大きく見せ、次の瞬間相手の視界から消えるように縮み、一気に攻め込む。だがその戦略はモールスには通じない。今レコスが言われたとおりにモールスはレコスから目を離さない。いくら縮んでもこの男はレコスを視界に収め続ける。動きがハンパとはそういう意味だ。しかし何処を狙えばいいか……レコスの出した結論は、自分が狙い安い……足だ……足を打って動きを封じたあとに……滅多切り……とレコスは飛び出す。地面スレスレに走り込み、フェイントを織り交ぜ……モールスの足に……!
「あ、れ?」
レコスは気づいた時は空を見上げていた。なんだか気持ちがいい。
「おーい、いきてるかー?」
と、ガリス隊長がレコスの顔を覗き込む。
「たぶん……」
と、レコスは起き上がり隊長に状況を聞いた。
「あー……お前足狙えばいいと思ってたんだろ。ダメだ、あんなデカい上に普段大剣使ってるヤツの足なんか狙っても無駄だ。お前、あのあと思いっきりモールスに顎蹴りあげられてそのまま寝ちまったから……」
そうか……蹴りが来たのか……と思いながらレコスは顎に強烈な痛みを感じる。当分は痛みは引きそうにない……。
「ほら、モールス相手には、ああやって戦うんだ。」
隊長に促されると、イリーナとモールスが試合していた。ともに息を切らしながら、イリーナもモールスも互いに体中に痣を作っている。
「腕を上げたな……イリーナ……例の皆殺しが効いたのか?」
ニヤァと笑いながらモールスは尋ねる。
「いや、むしろ最近ムカつくことが多いからな……悪いがこれはただのストレス発散だ」
イリーナもかなり撃ち込まれているようだった。と、イリーナがモールスに向かって走る。地面スレスレに。そこまではレコスと同じだ、だが次の行動はレコスとは全く違っていた。モールスは走ってきたイリーナに打ち込む。レコスはこの時点で撃たれていたが、イリーナは撃ち込まれた剣をスレスレで躱し、そのままモールスの目を狙い剣を突き上げる。
モールスも避け、打ち込まんとするが……イリーナが近すぎる、と感じた瞬間、モールスはしまったと思った。
「レコスの仇だ…っ」
と、モールスの顎を正確にイリーナの膝が打ち抜いた。
「ま、まじで……目狙うとか……」
「まあ、足狙うのもいいけどな……モールスが大剣持ってたら、お前真っ二つだぞ」
レコスとガリスがイリーナとモールスの試合を見て感想を言い合う。イリーナはモールスの剣を拾い上げ、次はガリスと試合しようと思ったが……
「イリーナ様、お話が……」
リュネリアがその場に来ていた。いつから見ていたのかはしらないが、心配そうな目でイリーナを見ている。
「リュネリア様……どうされましたか? こんな汗臭い所に……」
「姫様がお呼びです……。それから……レコス様という女性騎士はどちらに……?」
レコスはギクっとする。そういえばあの時……姫君は自分の事を女の子と言っていた。
「ああ、それならそこにいる……小さい方です」
リュネリアがレコスに目を向け……
「あの……女性騎士の方を……」
レコスは今上半身裸で自慢の腹筋を露にしている。どっからどうみても男だ。
「あぁ、だから、あいつ体隠すと顔しか見えないから……着やせするタイプってやつで……」
リュネリアはジっとレコスを見つめる。レコスは顔を赤くしながら……ポリポリ頭を掻く……
そういえば男のクセに綺麗な顔をしているとリュネリアは思ったが……。姫君には二人を連れてきてほしいと言われている。しかしその片方が男で姫様は女だと思っている……。
「もしかして、この間の件で? だったら手柄は全部レコスの物です。魔物を倒したのはアイツですし」
リュネリアはレコスに向かい、地べたに正座でしゃがむ。
「へ? リュ、リュネリア様?! な、なにしてるんですか! 服が……」
「お願いがあります。」
レコスは目を丸くしてリュネリアを立たせようとしているが、触れない。聖女の中で姫君が特に信頼を寄せている女性……まさに聖女なのだ、訓練で汚れた体で触れるわけもなく、かといってリュネリアをこのまま地べたに正座させておくわけにも……
「どうか……女騎士として、姫様に剣の稽古を……」
と、リュネリアはそのまま祈る様に手を組みそのまま頭を下げる。
時が止まったような気がした。イリーナもリュネリアが何を言ったのかは聞こえたが、首を傾げ……
「「「はい?」」」
3人同時にマヌケな声をだしていた。
リュネリアに妙な頼み事をされたその夜、ガリス隊の訓練に参加した騎士、30名が街の酒場を貸し切って飲んでいた。その折レコスの話が出ると大半の同僚が爆笑した。
「よかったなぁ! あの聖女様に……そうか……お前……本当に女にされちまったか!」
「レコス、お嫁に行くときは僕も結婚式いくからさ……そうだ、僕にアレやらせてよ、レコスの隣を僕があるいてあげる……」
同じ隊のガリスとリカル・アイシは口々にレコスをからかう。
「う、うるさい! お嫁にも行かないしお前なんか結婚式に呼ばないもんね!」
べーっと舌を出してその場からイリーナの隣に行き、腕に抱き付くレコス
「イリーナさぁん! どうにかして……」
と、目の前にモールスが居た。思わず姿勢を正すレコス。レコスにとってモールスは鬼教官なのだ。
「ん? なんだって? レコス」
イリーナは尋ねるが……あ、いえ…とレコスは大人しくなり縮こまる
「レコス」
と、モールスから名前を呼ばれビクっと反応しながら再び姿勢を正す。
「姫の剣の稽古をするんだってな。基本に立ち返るいい機会だ。姫に教えながら自分も学びなおせ」
は、はい! と敬礼するレコス
「しかしレコスとは……姫はあの時のレコスに惚れちまったのかね……」
イリーナが酒を飲みながらレコスから視線を外す。別に妬いているわけではないが……
「い、いや、でも女騎士のフリしてですよ! 絶対ばれますって、っていうか、なんでですか、素直にリュネリア様から言ってくれればいいのに……あいつは男だったって……」
イリーナとモールスは、なんとなく理由が分かるような気がした。姫君は正真正銘レコスに惚れたのだ。女としてのレコスに。それは恋愛感情などではないだろうが、だがもしその相手が男だと知ったら……恋愛になるかもしれない……と。リュネリアはそれを恐れているのだと。
「ま、まあ……リュネリアにもそれなりに理由があるんだろ……基本だけ教えて来い。あとは適当に相手してやれば、すぐに姫も飽きるさ」
飽きるはずが無いとイリーナは思う。なにせ姫君は自分の娘だ。まだ10歳の頃に産み落とした娘。そのまま王家に奪われ、今は姫として暮らしているが……夫は15連隊の隊長で今は辺境へ魔人討伐に出ていた。自分の娘が拉致されたと知り、暴れそうだったソイツをウォーレンは辺境に送った。ちなみに全く心配はしていない。奴が殺されるはずがない。殺された時は世界の終わりだと思う。夫を殺す魔人に誰が敵うのだと。そんな二人の子供だ、剣に飽きるはずがない。
うぅ…とレコスは唸る。普段から女性物の鎧や服を着用していた事がこんなことになるとは……と後悔していた。
「まあ……自業自得というか……いいんじゃないか? きっといい経験になるさ……たぶん……」
無責任な励ましをするイリーナ、そんなレコスを見るに見かねてモールスは立ち上がる。
「レコス、俺が新しい服を新調してやる。うちに来い」
レコスは全力で断ったが無駄だった。