探索
慌ただしく夜の街を騎士が走り回っている。連隊を中心とした部隊は魔術師の追跡魔術の情報を元にスコルアを探索していた。消えた姫君を探しているのである。
ウォーレン騎士団長からの緊急の命令が下り、今動ける連隊がすべて駆り出されていた。連隊は常に街にいるわけではない、魔物の討伐など様々な任務で各地へと送り込まれる。今街に残っている連隊はガリス隊とサリス隊、そしてクラウス隊のみだった。それでも総勢1500名を超える騎士が街を捜索していた。もちろんイリーナも。
(どこにいった……あんな状態で遠くには行けないはず……)
イリーナは同じ隊のレコスと共に夜の街を走り回り姫を探す。しかしとうとう街の端、東門まで来てしまった。
「くそっ! どこに行ったんだ、マシルは何してる! さっさと……まさか……外か……?」
これだけ騎士が動いてる上にマシル側の魔術師が追跡魔術を使って探索しているのだ、街の中で見つからないとすると、もはや外に居ると考えるしかない。
「いやいや、それはないでしょ、こんな時間に門兵が開けるわけないし……第一女の子一人で外に出ようもんなら絶対止めますって……」
それもそうなのだが……イリーナは胸騒ぎがする。東門の門兵の元へと向かい
「おい、ここに……って、お前ら……」
イリーナはその門兵に見覚えがあった。酒場でレコスにからかわれた3人組だった。
「げ……っ、オカマにイリーナ……」
あからさまに嫌そうな顔をする門兵、しかしそれどころではない
「おい! 門は開けてないよな! 他の門の連中にも確認しろ!」
「か、確認も何も……日没後は原則として開けねえよ……な、なぁ?」
男は明らかに目が泳いでいる。他の2人もどこか挙動不審だった。
「おい、お前……何隠してる……」
イリーナは剣を抜き、門兵に切っ先を向ける。
「え?! ちょ、イリーナさん! なにして……」
黙ってろ! とイリーナはレコスに怒鳴ると門兵へ問いただす。
「いやいやいや、マジで知らねえって! ほ、ほんとに……っ」
「私がなんて呼ばれてるか知ってるよな、この場でお前ら3人の死体処理くらい朝飯前だぞ」
実際死体の処理などしたことはないが、イリーナは自分の悪名の高さを知っている。中には身に覚えもない明らかなねつ造もあったが、今回はそれを利用させてもらった。
「いや……その……ば、馬車を一台……通した……」
レコスとイリーナは顔を見合わせ頷く。
「どこに向かう馬車だ! 女は乗っていたか!」
「そ、そこまでは知らねえよ! 金受け取って……ほ、ほんの出来心で……」
弁解し始める男にイリーナは舌打ちしながら剣を収める。
「いつだ、馬車を通したのは」
「つ、ついさっき……姫君が消えたって……連絡がある数分前だ……」
間違いない、姫はその馬車に乗っている、どこに向かっているかは分からないが……
「レコス、マシルに連絡して東門から出た馬車を追跡させろ」
レコスは頷きながらマシルに通信魔術で連絡する。イリーナは門兵へ門を開けるよう促し、街の外に出ると角笛を吹く。すると地面から15メートルはある竜が、勢いよく出現する。土から作られるゴーレムと同じようにドラゴンを作り出した。角笛の中にドラゴンの霊体が入っており、それを吹く事で土がドラゴンの体を形成したのだ。
「イリーナさん! 街道の先……馬車はグロリスの森の前で止まっています!」
止まっている、まずい、魔物に襲われているのか……とイリーナはレコスの腕を掴んで勢いよくドラゴンの背に投げ、自分も乗りこむ。
「おい! 門兵! 門を閉めて絶対に開けるな! それから覚えとけ! 金が欲しいなら私がコキつかってやる!」
そのまま勢いよくドラゴンは飛び立つ。グロリスの森とはスコルアの東に位置する巨大な森で昼間は比較的安全に通過できる。中で子供たちが遊べるくらい安全な森なのだが、夜になると巨大な魔物が巣から出てくる。あの姫の処刑で使われた巨大な狼のような魔物が無数に這い出てくるのだ。門兵に金を渡して通貨する馬車だ、護衛が居るとしても金で釣られる騎士……まだ短時間に容赦なく観衆を皆殺しにできる盗賊のほうが腕は立つだろう。ドラゴンで夜の空を飛ぶ。すぐに月明かりに照らされる馬車らしきものが見えた。
イリーナとレコスは地面に飛び降り、馬車に向かった。
「姫!」
馬車の扉を勢いよく開ける。だが蛻の空だった。よく見ると馬車は傷だらけで馬は胴体を食いちぎられていた。
くそ! とイリーナは地面を蹴りあげた時、馬車から伸びる小さな足跡に気が付いた。森の中に向かっている。
「この馬……馬車の騎手は丸呑みされてますね……」
「そのスキに森の中に逃げたのか……まあ、そうするしかないだろうが……」
イリーナは、どこまでイラつかせるのか、あの娘は……と思いながら姫君の足跡を追いながらレコスと共に森の中へと入る。
「それにしても……あの状態でよく夜の森の中を歩けますね……姫はそこまで回復してるんですか……」
「さあな……この足跡が姫君の物だったらの話だが……もうとっくに丸呑みにされてるかもな……」
「い、イリーナさん……や、やめてくださいよ……」
馬車に乗っていたのが姫だと確定しているわけでは無いが、姫抜きにしてもあの馬車は明らかに怪しい。こんな夜に街の外へ、しかも森の近くを通過するなど自殺行為だ。
「まて……」
イリーナはレコスを手で制して木に隠れる。その先で誰かが池の水を飲んでいた。
「女の子……? 姫……?」
レコスは水を飲んでいる人影の線の細さから推測する。月明かりが池の周りを照らしていた。
「レコス、抜け……」
イリーナに言われてレコスは長剣を抜く。
「回りに魔物がうようよ居るぞ。悪趣味な魔物だ、水を飲ませて安心した所を襲うつもりか」
「うっわ……魔人みたい……」
イリーナは水を飲んでいる女性を抱きかかえて逃げるから、お前は魔物を足止めしろ、とレコスに伝える。あからさまに嫌そうな顔をするレコス、渋々承諾すると勢いよくイリーナが飛び出した。
イリーナが飛び出した瞬間、物音に気が付いた女性が振り向く。シェルス姫その人だ、イリーナがシェルスにタックルするように捕まえ、そのまま抱える。その瞬間、木の陰から巨大な蜘蛛のような姿をした魔物が無数に……50は超えるであろう数が姿を現した。イリーナは魔物の様子を伺いながらゆっくり後退する。
「い、いや……ダメ……ダメ……! こ、殺さる……」
今さら状況が理解できたのか、姫はイリーナに担がれながら震えだす。こんなザマでなぜ外に出ようとしたのか、あとで存分に説教してもらおう、意地悪爺さんあたりに……
「レコス! 任せた!」
イリーナは叫びながら勢いよく来た道を走りだす。それとすれ違うようにレコスが飛び出す。巨大な蜘蛛の魔物は一斉に飛び出しイリーナと姫めがけて飛びかかるが、レコスによって一刀両断にされた。
「きもちわるぃ……あぁ、勘弁してくだしあ……」
呟きながらレコスはイリーナに飛びかかる魔物を次々と両断していった。姫はイリーナに担がれながら戦うレコスを見て……
「な、待ってください! 無茶です! 女の子一人であの数の魔物を……」
「それを言うなら……武器も護衛もつけずに夜の森に入る方が無茶だ……!」
イリーナは森の外、馬車が放置してあった場所まで出てくると、クラウス隊が馬車を調べている最中だった。
「ん? 姫様……? 醜い女騎士に担がれてご登場とは……」
隊長のクラウスは騎士団の中でも最もイリーナの事を蔑んでいたが、イリーナは全く気にしていなかった。むしろコイツの蔑み方が童話の意地悪キャラの様で面白いくらいだった。
「流石だな! だが姫を見つけた手柄は私が頂く、イリーナ・アルベイン、醜き女騎士よ……」
うっわ…とイリーナはあからさまに怪訝な顔をする……今までに無いくらい気持ち悪い蔑み方だった。
「ああ、頼むわ、私は疲れた……」
言いながらクラウスの部下に姫をパスする、ガクっと肩を落とすクラウス。
「相変わらず張り合いの無いやつだ、だが安心し……」
「も、森の中で女騎士の方が一人で巨大な魔物と戦っています! 助けて!」
姫が言葉を遮り、セリフの腰を折られて再び肩を落とすクラウス隊長。
「お、女騎士……? わ、わかりました……おい……」
クラウスは2,3人の部下に顎で指示する。だが、ちょうどその時レコスが森から出てきた。全身血まみれで……
「なっ……は、はやく……手当を……!」
血まみれのレコスを見て慌てる姫君、だがイリーナとクラウス隊の騎士は動こうとはしない。
「な、なにをしているんですか! はやく……」
慌ててる姫君が自分の事を言っているんだと気づいたレコスは
「ぁ、大丈夫ですよ、全部返り血ですので……」
姫君以外の騎士達は一目見ただけで魔物の血だと気づいていた。人間の血と比べて明らかに粘土が高く、ドス黒い血。クラウスがレコスに向かい
「おい、魔物は……」
「あ、クラウス隊長……すみません、姫を襲った魔物は全部やっちゃって……」
えへへ……と頭を掻くレコス、それを聞いて唖然とする姫。
あの数の魔物を……たった一人で……この女の子が……と姫は驚きを隠せずにいたが、レコスは男である。
「じゃあクラウス隊長、姫は頼みます。私とレコスは先に帰りますので……」
クラウスはここぞと言わんばかりに
「良かろう! 醜き女騎士よ! お前の手柄は私がぞんぶんに頂く! さあ! 去るがいい!」
ポーズまで決めて言い放つクラウス、部下達も慣れたように手を叩いてクラウスを称賛する。全員無表情で……。ドラゴンに乗ってスコルアの街へと帰還するレコスとイリーナ。そのドラゴンの背の上でレコスが懐から記章を取り出した。
「イリーナさん……あの魔物を裂いた時に出てきました……。これ……」
その記章は恐らく馬車の騎手の物だろう、とイリーナは記章を見て舌打ちをする。
「聖女……リュネリアの部下だと……」