騎士
バラス島、コロシアム。先日レインセルの姫君、シェルス・ロイスハートの処刑を行った場所である。正確には処刑の最中、何者かに襲撃され処刑を執り行ったブラグ、その護衛団、そして処刑を一目見ようと集まってきた観客をすべて皆殺しにされた場所である。そのコロシアムの中央、姫君の首を釣り魔物のエサにするための仕掛けが施された金網の上に一人の男が佇んでいた。
バラス島専属の騎士団団長、オズマ・ガウルである。腕を組み目を伏せ今回の事件について考察していた。オズマはあの惨状を見た時、直観で襲撃者はイリーナ・アルベインだと確信したが死者の埋葬をしている祭、観客の金品がすべて強奪されていることに気が付いた。襲撃者がイリーナとその仲間達であるなら果たして金品など盗んでいくだろうか。
ーいくら醜いと言われているとは言え……レインセルの騎士が姫を救出した後、金品を盗むために皆殺しにするだろうか……
自分たちがコロシアムの異変に気付き、馬を走らせ向かう際ドラゴンがコロシアムの方角からレインセルへ飛び立つのを見た。そのドラゴンに姫らしき人影をオズマ自身が確認していた。オズマ達が居る港からコロシアムまで馬をどれだけ早く走らせても一刻かかるか、かからないかだった。その間に観客達は皆殺しにされた事になる。少なくともイリーナの他に手練れが10人以上……とオズマは推測していた。しかしそもそも本当にこれはイリーナの仕業なのか、とオズマを疑わせる事案があった。
コロシアムの地下には牢屋のほかに宝物庫もある。その宝物庫に管理されている「暗唱の宝石」と呼ばれるものが無くなっていた。しかも他の宝には目もくれずに……
観客の金品は無くなっているのに関わらず宝物庫では素人目から見ればただの宝石にしか見えないものだけが盗まれていたのだ。あきらかにその道に精通する者……すなわち、魔術師の存在である。イリーナは魔術師ではない、簡単な魔術なら使えるだろうが、あの宝石は特別なのだ。高名な魔術師が手にして初めて真価を発揮する。そう、レインセルのマシルに在籍する幹部クラスの魔術師などだ。
ーイリーナが襲撃者ならば納得できる部分もある、しかし無くなった宝石、観客から強奪された金品……
にも拘わらず宝物庫では宝石以外の宝は手付かず……
オズマは考察する。襲撃者がイリーナかどうかはオズマの直感だったが、騎士、それもジュールの団長直属の連隊クラスが襲撃したのは間違いない。あの獰猛な魔物の首を一太刀で切断しているのだ。とても魔術師が出来る芸当ではない。仮に魔術師が同じことを魔術でしたならばそれなりに痕跡が残る、魔物とブラグを殺害したのは騎士だろうが、観客を殺した者、宝石を持ち去った者は別に居る。こうなってくると何が目的だったのか分からなくなってくる。単純に姫救出ならば姫だけ連れ去ればいい。そのあとブラグは進軍を指示するだろうが、そうなればレインセルに脅しはないのだ。あとは全力で叩き潰せばいい……。
脅し……という言葉を出してオズマは考え直す。そうだ、そもそもレインセルは姫を一年間放置していたではないか、あの一年間はなんなのだ? なぜ一年後、それも処刑寸前まで姫を救出しなかったのだ。
その時でなければならない理由はなんだ、あの宝石か? バカな……宝石など姫を救出するより簡単に盗める。姫はずっと我が騎士団が警護していたのだ……。
オズマは、はっとする。騎士団が警護していたのは姫がいる地下牢のみ、宝物庫はカギがかかっているのみだった。ならば騎士団の警護が薄くなる進軍する時を狙って……とオズマは考えるが、それも無いと断定する。なぜならばあの進軍はブラグが直前に決めたのだ、スパイが居るとしてもそれがレインセルへ、そこまで迅速に通達できるはずが無い。ここからは通信するための魔術がレインセルへ届かないのだ。なぜならバゼル島全域に対魔術の防壁が展開されていた為だ。あの進軍する時にも自分はその防壁の存在を確認している。レインセルへ進軍の準備がなされていると知らせるなら、それこそドラゴンを飛ばすしかない。だがこの狭い島でドラゴンを飛ばせば誰かが発見する。あの時コロシアムから飛び去っていった様に……。
ーだがもし……ブラグが進軍するタイミングを事前に決めていて、それを誰かに伝えていたとするならば……それでもレインセルの対応には納得できない……あの国の騎士団をもってすれば姫救出は十分可能だ。戦争が勃発するのを懸念し姫救出を諦めていた可能性はあるが、このバゼル島の騎士の数とレインセルの騎士の数では圧倒的な差がある、戦争にすらならない……一方的にこちらが虐殺されるだけだ。
オズマが答えの出せない問題に頭を悩ませて居た時、部下が一人駆け寄ってきた。
「オズマ団長、処刑に立ち会った護衛団、処刑人、観客のすべての照合が終了しました。護衛団はブラグ高官直属の部下56名、処刑人3名、観客130名、処刑を鑑賞するために集まった……例のブラグ高官の「お気に入り」貴族でした。」
部下に振り向かず、後ろ姿のまま報告を聞くオズマ。そのまま佇み部下へ尋ねる。
「騎士団の中でレインセルへ進軍すべきとの声は上がっているか?」
尋ねられた部下は、少し考えたが偽りなく答える。
「いえ……むしろ襲撃者を称賛する声が上がっています……」
部下は恐れる、次の瞬間オズマから鉄拳が飛んでくるのではないかと
「そうか……だが、我々も同罪だ。15歳の少女が監禁され拷問を受けているのを一年間傍観していたのだからな、ブラグは確かに腐りきっていたが、それでも我が主なのだ。分かるか……」
部下は言葉が出なかった。心の奥底に隠していた事がオズマの言葉によって蘇る。自分が地下牢の警備に当たっている際、中から聞こえてきた悲鳴を。15歳の少女が拷問され、汚辱されているのを自分は見て見ぬふりしてきたことを。
「すまんな……すべて私の責任だ。おって指示は出す。騎士団はそのまま待機。お前も体を休めておけ」
オズマは部下に振り返り、肩をたたきながらその場を去った。
その部下の目には涙が浮かび上がっていた。