酒場
レインセルの首都、スコルアの商人街。そこの酒場のカウンターで飲んだくれている男がいた。
「ひめさまぁぁぁーー……あんな姿になって……おいたわしい…グスッ……」
泣きながら飲んでいる。飲んでいる酒はここらで取れる果物の果汁酒だった。甘い味付けだが飲みやすくそれだけに酔いやすい。この男の様に。
「ぐぞぅ……イリーナなんぞに先を越されるとは……俺だって……団長に押さえつけられてなけりゃぁ……」
もう一杯……もう一杯と、グビグビと飲みまくる男、ガリス・マーカス。青髪にワイシャツ、鍛冶師が着るような厚手のズボン、いかにも街の住人のようにみえるが、これでも騎士である。しかもウォーレン直属の15連隊の隊長の一人だった。ついでにイリーナが所属する隊でもある。
「押さえつけられてなくたって無理ですよ、イリーナさんは上手くやりましたよねぇ……」
その隣に座っているレコス・マンディエ、金髪ポニーテールにローブ、その下には女物の上着を着用しスカートを履き、一見女性のように見えるが実は「漢」である。
「なんだよぉ……レコスはイリーナの味方すんのかぁ?」
グイっと肩を組んで絡んでくる隊長の顔を押さえながら、レコスはいかにもウザそうに
「味方とかそういうんじゃ……ちょっと飲みすぎじゃないんですか……」
「うるせえ……こんなもんまだまだだ……今日は焼き酒だ……! 大体イリーナは、なんで俺を誘わねえんだ……マシル側の魔術師なんぞ連れていきやがって……なんで俺を……」
「バカだからじゃないですか?」
ズパっと一刀両断にするレコス
「てめぇ……今日という今日は……」
レコスに向かい立ち上がるガリス……胸倉をつかもうとした時、
「それ以外に理由ないから……」
と、割って入ってきたのはイリーナだった。普通のその辺の娘が来ているようなワンピースを着用し完全に街に溶けきっていた。そのまま二人の間のカウンター席に強引に入る。酒場のマスターがイリーナの前に空のグラスを置き、
「い、イリーナさぁん!」
イリーナの腕に抱き付きながら頬ずりするレコス、彼はイリーナの事を姉のような感覚で慕っていた。
「てめえ、イリーナ……もう出てきたのかよ。マシルに監禁されてるって聞いたぞ……」
不満そうにガリスがぼやきながら、イリーナの空のグラスに自分が飲んでるのと同じ酒を注ぎ始める……姫君を救出した部下を労おうとしたわけではない、とりあえず付き合う人間が欲しかっただけだった。
「監禁……というか、魔術オタクの自慢話に付き合わされていただけだ、隊長殿。そのあと団長に説教食らった……」
タメ口だが一応隊長と呼ぶイリーナ、そのまま注がれた酒を一気に飲み干し、隊長はそれを見てさらにテンションが上がる。再びイリーナのグラスに酒を注ぎながら……
「団長に説教……? そんなもん俺なんて慣れっこだっつーの、それよりもお前……なんであんなマシルのガキ連れてったんだ、おれに言えよ! 俺に! オズマなんて俺なら」
「「瞬殺される」」
レコスとイリーナがハモりながら言い放った。オズマはウォーレンと肩を並べるくらい怪物なのだ。お前の手におえる相手じゃないと言わんばかりに
「お、オマエラ……自分の隊長をなんだと……」
部下二人に同時にバカにされてさらに酒のペースを上げる隊長……部下から慕われているのは確かだったが、頭が悪いのが玉にキズだった。
その時、勢いよく酒場のドアが開かれ体躯のいい男が3人、鎧を着たまま入ってきた。見るからに騎士だったが街に降りる時は鎧を脱ぐのが暗黙の了解だった。衛兵以外は……
他の客や店のマスターも怪訝な顔をする。騎士だということを傘に着て暴挙を振るう輩が後を絶たないからだ。男達はまさにそんな雰囲気を放っていた。男達はイリーナの顔を見るなり
「なんだなんだ、醜い女騎士じゃないか、やめだやめだ、こんな酒場出ようぜ」
イリーナはこのレインセルで最も醜い女騎士と呼ばれている。その理由は容姿ではない、騎士としてのありようの事だ。イリーナは醜いと言われ蔑まれる事に慣れていた、自覚もある。先日のように剣を持たない、ただ処刑に立ち会っただけの観客達も盗賊を金で雇い皆殺しにしたのだ。醜いと言われるだけの事は今まで何度もしてきた……と。
しかし部下を醜い騎士扱いされて隊長は黙っていない、体躯のいい男3人組に向かおうとした時、レコスに先を越された。
「お兄さん達……騎士様ですか?」
まるで少女のように3人組に話しかけるレコス。イリーナとガリスは
(ぁ、こいつヤる気か……)
と、黙って傍観する。
「ん?おお、可愛いな、お嬢ちゃん……なんだなんだ、騎士様に何か用かな?」
とたんにデレデレし始める男達。レコスは見た目は美少女だがれっきとした男だ。しかも騎士……さらに15連隊の騎士と言えばかなりの腕前でなければ所属することは難しい。見た所この騎士達の鎧や記章を見る限りは、かなり末端の騎士のようだった。恵まれた体があるのに勿体ない……とイリーナは思う。
「はい! 私騎士様に憧れてて……よかったらお酌させてください~」
凄い可愛子ぶるレコス。そのレコスにデレデレの3人組。そしてその様子を見ながら笑いを堪えているイリーナとガリス……
「お、おい……笑うなよ……俺まで笑っちまうじゃねえか……」
「無理だ……っ」
グラスが割れるくらい握りしめながら耐える二人、一方レコスは楽しそうに、男の膝の上に乗ってお酌しはじめていた。
「おいおい、いくらなんでも気づくだろ……体は男だぞ……あいつ筋肉ムッキムキだぞ……」
「そうだな……レコスは見た目より鍛えてるよな。腕相撲で勝ったことないし……」
レコスと3人組のテーブル席を尻目に、震えながら笑いを堪える二人組……
3人組が調子に乗りだして……
「おじょうちゃーん、ちょっとサービスしてくれないかなぁ……そのローブ脱いでくれよー」
うわ、へんたいだ……とイリーナは思う。それと同時に男達に終わりが近い事も察した
「えー……はずかしいけどぉ……騎士様達だったら、いいよぉ……」
と、ローブどころか中に来ていた上着ごと前を広げ自慢の胸筋を披露するレコス……
その瞬間、男達から笑みが消え、酒をボタボタ口から零しながら唖然とする……
「ひっ……ひゃはははははははは! もう無理! 無理だ! いぃーーひっひっひ……っ……ダメだ……腹が痛いいぃぃ……死ぬ……マジ死ぬ……」
そういいながら爆笑する隊長……イリーナも飲んだ酒を零さない様に口に手を当てながら堪えるという苦行をしていた。
「あ、あが……あ?」
唖然とする男達……
「やだぁ……はーずーかーしーぃ」
いいながら前を直すレコス……声も女声に近いからタチが悪い。
「こ、こ、ぶち殺す……」
男の一人が剣を抜く……他の客も爆笑していたが、その瞬間空気が変わる
「おい、てめえ……俺を誰だと……」
と、イリーナが横からその男の腕を掴んで押さえる
男はその力に驚きながら、イリーナを見据える……しまった、こいつは連隊の隊員なんだ……殺される……と
「お前達こそ誰だと思っている、そこにいる女男は私の同僚だ」
それを聞いて男達の目がレコスを向き、唖然とする。こいつが連隊の一員……?そんなバカな……とイリーナに抑えられた手をふりほどき、剣を収めた。
「ふ……っふ……い、いくぞお前ら……」
下っ端騎士達は勘定もせず酒場を出て行く。
「礼儀のないやつらだな……」
イリーナは懐から金貨を出すとカウンターに置き
「今日は私の奢りだ、あいつらの分もな……じゃ、二人とも……またな」
そのまま店を後にするイリーナ。
金貨を見た店のマスターは、おつりは……と尋ねようとして……
「あー大丈夫大丈夫、差額は俺が飲むから」
と更におかわりする隊長。そんな隊長に対しレコスは
「金貨でその安酒……何杯飲む気ですか……」
男の娘…(*'ω'*)イイ!