意地
この大陸で一番巨大な大国レインセル。その首都スコルアには王宮のほかにそれと同等の建造物が2棟、王宮を挟みこむように聳え立っていた。東がジュール 西がマシルとそれぞれが縄張りを主張するようだった。首都スコルアでは多くの人々が生活している。街の様子は平和そのものだった。姫君が拉致された事など街に住む人々は知らされていなかった。「きっと具合が悪いのだ。」事実王宮からはシェルス姫は体が弱く今は床に伏せっている、というおふれがあった。街の人々にとっては疑いようもない「事実」だったのだ。
そして先のレインセルの領地内で起きた姫君の処刑、それを阻止しそこに居合わせた人間を皆惨殺したイリーナは帰ってくるなりマシルの幹部に呼び出され、監禁されていた。
そのイリーナの処遇を決める会議が王宮で行われようとしていた。
王宮の最上階の一室、長いテーブルに対峙するようにジュール勢力とマシル勢力が向かい合って座っていた。その両勢力の上座にそれぞれのトップが座っていた。ジュール勢力のトップ、ウォーレン・カルシウスは齢50になる騎士だった。数々の戦歴を持ち、伝説を持つ『怪物』だった。しかし見た目は白髪の老騎士のように見える。本人も至って温和な性格である。そしてマシル側のトップ、ナハトと呼ばれる女性。もちろん本名ではない、ナハトとはマシルのトップに立った者に与えられる階級のような物だった。
20代前半のその女性は肩くらいまでの紅髪、紅い瞳、白いローブに様々な装飾品を身に着けた、ザ・魔術師という見た目だった。その両者は目を伏せ、腕を組み、今行われようとしている会議に耳を傾けていた。マシル側の白髪の老人、豊かな白鬚を蓄え黒いローブを身に着けた男、ゼシル・サウス。周りからは意地悪爺さんと呼ばれていた。その意地悪爺さんが開始早々沈黙している会議で初めて口を開いた。
「あー……さて……イリーナの処遇じゃが……そもそも、あれはそちらの指示だったのか? ウォーレン騎士団長どの」
ゆっくりとした口調で意地悪爺さんはジュール側のトップへ訪ねる。
ウォーレンはめんどくさそうな顔をしながらも
「そうそう、私の指示だ、私がやれといったんだ」
その発言にガクっと肩を落とすジュール側の騎士達……その中に一人怯えるようにウォーレンの隣に座る女性騎士が居た。サリス・ハート、ウォーレンの秘書のような事をしている。今のウォーレンの発言をメモりながら、緊迫した会議でオドオドしている。
「ふざけるな! イリーナの独断だろう! いいかげん、あの醜い女騎士を庇うのはやめたらどうなんだ!」
マシル側の意地悪爺さんの隣に座っていた老魔術師が抗議する。まあまあ、となだめる意地悪爺さん。
「そちらの指示ということだが……こちらの魔術師も救出に向かっているんじゃが……あー……ガウェイン・ロイスという男じゃ。もちろんマシルは何の指示も出していない……ならばこのガウェインだけは独断でイリーナについていったということでいいかの……」
意地悪爺さんの発言にマシル側のトップが口を開く。
「ごめん、私が言ったんだ……あいつについていけって……ホントごめん、言うの忘れてた。」
ガクっとマシル側の魔術師達も肩を落とす……意地悪爺さん以外は……
「なるほどなるほど……さすがナハトは違うのぉ。ならばあの場に居合わせた者すべて皆殺しにしろと指示したのは……どちらかの……」
意地悪爺さんの質問が両陣営のトップへ刺さる。もちろん皆殺しにしろなどとは指示していない、というか今回の事は完全にイリーナとガウェインの独断だった。
「あー、あと……地元で盗賊を金で雇い……姫救出を成し遂げたあとに、わざわざ皆殺しにしたということじゃが、これは……どちらの指示かの……」
意地悪爺さんの質問がさらに刺さる。両陣営のトップは眉をひそめながら思う……
(なにしてくれたんだアイツは……)
もちろんイリーナの事である。
そして意地悪爺さんはこう続けた。
「どちらかの指示かはこの祭どうでもよいことではないかの、皆の衆……」
(お前が言い出したんだろ……と騎士と魔術師は心の中で愚痴のように零した)
「問題は……お飾りの姫君は見殺しにするということで決まったはずじゃ、一年前にな……
なぜ救出の指示を……?お二方……救出するために騎士団を差し向ければ戦争が起きる、今戦争になれば確実にこのスコルアの民の大半は死ぬ。あたりまえじゃ、人が多すぎて避難場所もないのじゃ、一番近くの都市でもドラゴンで飛んで2日じゃ…戦争は回避すべき、そう判断を下し姫君一人の命を持って民を救うとの決断をしたはずじゃが……?」
その意地悪爺さんの発言に、ウォーレンの隣に座っている女性騎士が、メガネを直しながら震える手で挙手をしていた。
「なんじゃ、サリス殿」
名前を覚えてくれてた……!とサリスは嬉しそうだが、意地悪爺さんの態度は変わらない
「え、えっと、ぁの……その……戦争を回避すべき…なんですけど……イリーナさんの報告によれば、ブラグ高官は姫処刑とともに……進軍する準備をしていたと……つ、つまり……っ、姫を救おうが救わまいが……戦争は起きていたと……考えます……いじょうです……」
全て話終えてサリスは座る、その報告を聞いて、意地悪爺さんは
「なんと……その報告は受けておらんかったわぃ、つまり、今現在……このレインセルに侵攻中との事かの?」
「え?!や……いや……ぁの……今は……そういった……報告はありません……その……オズマ騎士団長は……冷静な方ですし……」
意地悪爺さんはオズマという名前を聞いて眉を顰めるが……
「いや、それならいいんじゃ……それより話がそれてしまったの……イリーナとガウェインの処遇じゃが……」
「処遇もなにも……私は助けて頂いた騎士様を罰しようとは思いません……」
一同に部屋のドアへ振り向く、そこには拉致された姫君シェルス本人が聖女に体を預けながら立っていた。
「ひ、姫様……!? まだ動いては……」
一番にそう声をあげたのはサリスだった。シェルスはサリスに笑いかけると両陣営のトップの間、上座に席を作り座った。その体は聖女により常に治癒魔術を掛けられなければ動けないほど衰弱していた。
「ゼシル様……お飾りの姫、残念ながら帰ってきてしまいました……この身が民の代わりに見殺しにされるのであれば本望です……しかし……助けて頂いた命です、お飾りでも私は自分の役目を全うしたく存じます……」
意地悪爺さんことゼシルは眉を吊り上げ姫を見据える。拷問され汚辱され髪も少年のように短くされ……顔はやつれ……否、体中、骨が浮き出るほど痩せてしまっている。
「姫様……お飾りは撤回いたしますぞ……いかにも、儂が我が国の民を思って姫様を見殺しにするという案を出し民を守るという理由で押し切った張本人ですじゃが……」
あまりの姫の代わり様にゼシルすらそれ以上言葉が出なかった。自分の発案のせいでこの15歳の少女がこんな目にあうとは……否、何を考えている、最初に姫を見殺しにすると言ったのは自分ではないか……
ふと、ナハトが立ち上がり治癒魔術をかけ続けている聖女の手に手を添える
「そろそろキツイだろ、代わってやるから休め」
ぶっきらぼうにそういうと、聖女は崩れるようにその場に座りこむ……それほど姫は衰弱していた。
むりやり治癒魔法で動いてるに過ぎないのだ。
『姫様』
ナハトは触れた肩からシェルスに直接頭に話しかける……
回りに聞こえないように……
『なぜここに?イリーナを助ける為なら私とそこの白髪騎士に任せてもらえれば……』
『私なりの……お飾りの姫なりの意地です』
思わずナハトは口元を緩める……流石はあいつの娘だと
「とにかく……とにかくだ……おい、意地悪爺ぃ」
ウォーレンがゼシルを刺し発言する
「誰が意地悪爺か、これでもお前さんと歳は変わらんわい」
周りが思わず口元を緩める
「姫様まで出張ってこられてるんだ、イリーナ、ガウェイン両名は不問……じゃ何だから、あんたがガウェインを説教するなりなんなりすがいい、イリーナはこちらで説教するぞ」
はぁぁぁ……と大きくため息を吐くゼシル
「説教か……それで済むならこんな会議は無意味じゃ、アホタレ」
そして一番に席を立ち、姫君にお辞儀して退室する意地悪爺さん。
ナハトはサリスを呼び、後ろで蹲っている聖女を抱えさせ……
「では私達もこれで……サリスは借りていくぞ、ウォーレン団長殿」
そのまま姫君と共に退室する。
ウォーレンは深くため息を吐く……
説教と言ったが……ぶっちゃければ、イリーナが行かなけりゃ俺が行ってたしなぁ……
意地悪爺さん…(*'ω'*)