聖女と魔人
イリーナとシェルスが一晩、共に酒場で過ごした翌日。レインセル東の岸壁、一人の聖女が佇んでいる。水平線の向こうにバラス島が見えていた。ここから彼女とイリーナは船を使ってあの島まで行き姫を救い出した。そこに居たすべての人間を皆殺しにして……。
最初はブラグ以外殺すつもりは無かった。だが姫君の、シェルスの姿を、そしてそのシェルスを殺せと叫ぶ観衆達を見た時自分達の中で何かが崩れるのを感じた。宝物庫から自分の師、ゼシルから聞かされた「暗唱の宝石」を持ちだした。そして気が付いた時、リュネリアは観衆を殺していた。蛇のゴーレムで丸呑みにした。自分の行為に恐ろしくなり、その場から逃げるようにイリーナのドラゴンでその場を去った。だが、イリーナは万が一、手練れの騎士が居た時の為に護衛として雇った盗賊達に当初の計画とは違う命令を下した。「この場に居るすべての人間を殺す」と。盗賊達は命令に従い観衆を皆殺しにし、ついでにと金品を奪った。
リュネリアはイリーナのしたことに恐れを抱きつつも、あの光景を目の当たりにした自分も同じ事をしたのだとイリーナを一方的に攻める事は出来なかった。ナハトに懺悔するように語った、あの時、イリーナの行為を虐殺だと言った、だが自分があの時したこと、これからすること……それも虐殺だ。
リュネリアは懐から「暗唱の宝石」を取り出す。リュネリアはこれがどういった物か知っていた。昔からレインセルに伝わるおとぎ話のような実話。英雄ナハトの物語に登場する禁断の宝石。
魔人と戦う為に英雄ナハトが、とある魔人を封じ込めた「魔術」の始まりの宝石。この宝石にはありとあらゆる魔術が封印されている。それこそバラス島のような小さな島を消滅させる魔術も……
本来ならば一流の魔術師でなければ、この宝石の真価を発揮することは出来ない。だが……破壊という一点のみの魔術ならば魔力を扱える者ならば使うことも出来る。多少のリスクは覚悟していた。それこそ自分の命、それすらもリュネリアは多少だと考えていた。自分を犠牲にして姫を救う。姫がもう一度あの島に行こうとする前に島自体を破壊する。
リュネリアは宝石に魔力を注ぐ。黒く宝石の中に、靄が出現する。そして「あの島を壊せ」と念じた。
一方、リュネリアが暗唱の宝石を使用する数分前、ゼシルは血相を変えてナハトの私室を開け放つ。まだベットの上で二日酔いで唸っているナハトにゼシルは声を張り上げる。
「おい! おきろ! ナハト! お前は知っておるのじゃろ!」
ナハトは頭を抱えながらゼシルに応対する
「なんだ……朝っぱらから……何を知ってるって……? 昨日飲みすぎて頭が痛いんだ、あんまり大声……」
「イリーナと一緒にバラス島へ行ったという、このガウィンという魔術師は誰なんじゃ! マシルにそんな魔術師はどれだけ探してもおらんぞ! あの時お前は言ったのだろう?! イリーナに付いて行けと!」
ゼシルは、あのイリーナの処遇を決める会議でサリスが作った議事録をナハトに突き付けながら言う。ナハトは渋々起き上がり、今更なんの話をしてるんだと議事録を見る。
「あぁ、これは偽名だ……。あの時はウォーレンに合わせただけで実際に付いていけなんて言ってないが……盗賊に名前を知られると後々面倒とかで……」
「だから誰なんじゃ! これは!」
「誰って……言ってなかったっけ……? リュネリアだ……」
ゼシルは議事録を落としながら後ずさりする。机にぶつかり、そのまま唖然とした顔で……
「なん……じゃと……」
ナハトはそんなゼシルの様子を見て、何かあったのか、と声を掛けようとしたがゼシルは通信魔術で
「王宮の全聖女に要請する! 聖女リュネリアを捕縛せよ! 今すぐにだ!」
「な、なにいってーー」
その瞬間、とてつもない地響きがレインセルの大地を襲った。ナハトとゼシル、そしてレインセルに住まう魔術を扱う者すべてが異常な気配を察知する。
「ま、まさか……」
ゼシルは唖然とし、ナハトは今の衝撃、そして異様な気配で二日酔いが一気に吹き飛ぶ。
「おい、今のはなんだ……」
ナハトが恐る恐るゼシルに尋ねる。ゼシルは歯を食いしばり……
「暗唱の宝石だ……!」
リュネリアは岸壁からバラス島を見る。いや、もうその島は跡形もなくなっていた。凄まじい衝撃、吹き飛ばされるように倒れ、起き上がったリュネリアが見た景色は一変していた。
「な、なんてこと……私は……何を……」
あの島を壊せと念じた本人のリュネリアは、唖然とする。まさかここまで凄まじいとは思っても居なかった。島そのものが無くなるなど……とリュネリアは今さら自分のしたことに恐怖を覚えた。
破壊せねば……と地面に転がった宝石を見る。こんなものがあってはならない、と、自分勝手なのは分かっていたが、震える手で宝石に手を伸ばす。
『どうだ、素晴らしいだろう』
声が聞こえた、確かに……この宝石から声が聞こえたと、リュネリアは怯えるように伸ばした手を引く。
『さあ、聖女よ、始めようではないか、我らが悲願。あの姫を救いたいのだろ?』
何を言っている……もういい、もういい、とリュネリアは蛇の刺青を地面に潜らせ、ゴーレムを作り出す。
この宝石を破壊する。あってはならない、こんなものはあっては……
『お前の望みは全て叶えよう、我を破壊するのはその後で良いではないか』
暗唱の宝石が浮き上がる。リュネリアは大蛇のゴーレムで暗唱の宝石の破壊を試みるが、それよりも早く宝石はリュネリアの中に沈むように消えた。
「あっ…が…っ…何を…っ…」
『さあ、始めようではないか、姫を守るのだ。見捨てると言った物、何もしようとしなかった者、すべてだ、すべて殺さねば姫は救えない』
何を言っている、とリュネリアは否定する。あれは仕方なかったのだ、姫を救おうとすれば民は殺されていたのだ、今見た光景がその証拠だ。この力でレインセルを攻撃されれば、間違いなく滅ぶ、レインセルのすべてが。いや、世界中が。
『さあ、ゆくぞ聖女よ、姫を救うのだ』
「あ、あぁ…が…」
次の瞬間、リュネリアは目を疑った。今まで自分は東の岸壁に居たはずだ、だがここはスコルアの王宮の中庭。そしてそこには、剣の稽古をしていたレコスとシェルスが、呆然とした顔でリュネリアを見ていた。
「リュ、リュネリア? い、今……どこから……」
「に、にげて!!」
リュネリアは叫ぶ、レコスは反射的にシェルスを抱きかかえ走りだす。勘が危険だと自分の中で叫んでいた。今のリュネリアは危険だと
「レ、レコス様?! いったいなにを……」
抱きかかえられながら、姫はリュネリアを見る。苦しそうに佇むリュネリアの胸から黒い靄が出現し、その靄は塊となり……次の瞬間、姫の目の前まで急接近した靄が爆発した。
「なっ…っく…っ! 姫! 」
レコスはシェルスを庇うように覆いかぶさり、衝撃を受けた。モールス家で新調したドレスの背中部分がすべて消し飛ぶ。
「レコス様…! レコス様……?」
レコスに庇われて幸い無傷の姫だったが、手の平に見たのは大量の出血。誰のものかは明白だった。レコスは動かない。どれだけ揺すっても……
「レコス様…? レコス様…!」
その光景を見たリュネリアは泣き叫ぶ
「やめて……やめてぇ……! 違う……こんな事……違う!!」
再び靄が固まりを作る。シェルスはレコスを担ぎ、逃げようとするが逃げられない事は明白だった。
またも一瞬で姫に接近し……
「リュネリア……?」
シェルスの声が聞こえた。リュネリアは確かに聞いた。自分をおぞましい怪物を見るかのような、怯えた声。
ーー違う、こんな事がしたかった訳じゃないっ……確かに憎かった、姫を……私の娘を……見殺しにしろと言った……騎士を、魔術師を、このレインセルに住まうすべての人間が……憎いと……でも、違う、こんな……こんな……
「リュネリアぁ!」
衝撃、凄まじい衝撃でリュネリアは王宮の壁に叩きつけられる。息が出来ないほどに。地面に蹲り、叩きつけた張本人を見る。そこに居たのはマシルの最高幹部。リュネリアは思わず安堵の顔を浮かべる。
「ナハト様……」
王宮でリュネリアを探していたナハトは異常な気配に気が付き、窓を破って最上階から飛び降りた。そこに見たのは黒い靄に襲われる姫君とレコス。ナハトはなんの躊躇いもなくリュネリアを乱暴な魔力で叩き伏せ、靄を踏みつぶしていた。
「貴様……」
「もうしわけ……ございません……殺して……殺して……ください……」
懇願するリュネリア、しかしナハトが「貴様」と言ったのはリュネリアに対してでは無い、リュネリアの中に潜む「魔人」に対してだった。
シェルスがレコスを引きずる様にして運ぶ。一時の猶予もない、すぐに治療をしないとレコスが危ないとシェルスは目の前のリュネリアとナハトが対峙している間にーー
『姫君が行ってしまうぞ、聖女よ』
ナハトは確かに聞いた、その声を。幾度となく聞かされた、その魔人の話。このレインセルに伝わるおとぎ話のような、実在した英雄の話に登場する最悪の魔人
「グラスパ……!」
ここでタイトル登場とか……勘弁してくだしあ……ここからは超バトル物です!




