ホムンクルスの箱庭 第3話 第10章『アハト』 ⑥
次回が第3話のエピローグとなります(`・ω・´)
「こほ・・・っ!」
「ツヴァイ、大丈夫・・・?」
咳き込むツヴァイの背中を撫でながら、フィーアは心配そうにその顔を覗き込んだ。
「ん、大丈夫だよ。心配掛けてごめんね。」
そんなフィーアを見て、ツヴァイは少しだけ困ったように笑う。
あの儀式の後、発作を起こしかけたツヴァイは別室に運ばれて休んでいるところだった。
「アハトが無事に帰ってきてよかったね。」
「うん!」
その言葉にはフィーアもうれしそうに頷いたのだが。
「でも・・・ツヴァイの身体が心配。」
すぐにしょんぼりとそう言った。
「僕は大丈・・・」
大丈夫、そう言おうとしてツヴァイは一瞬、胸元でぎゅっと手を握る。
「ツヴァイ・・・?」
「ん・・・フィーア、よかったら何か温かい飲み物をもらってきてくれないかな?」
「うん、ホットミルクでいい?」
「ああ、頼んだよ。」
ツヴァイに頼まれたことを断る理由はどこにもない。
フィーアは素直に言うことを聞いて部屋を出て行く。
「く・・・こほっ!こほっ・・・っ!」
それを見送ってから、ツヴァイはさっきよりもいっそう激しく咳き込んだ。
心臓が苦しいのか胸元をぎゅっと抑え。
「・・・かはっ!」
一度大きく息を吸い込んだ後、思い切り咳をする。
「あ・・・」
口を押さえた手には、紅い染みが出来ていた。
「・・・ちょっと、無理しすぎたかな。」
くすっと自嘲的な笑みを浮かべながらも、ツヴァイは慌てることなく口元の血を拭う。
こんな姿を見せたら、フィーアはきっと泣いてしまうから。
「こんなんじゃだめだ・・・今のままじゃ、紅音を助けられない。」
あの戦いだけでわかった。
ヌルとの決戦はおそらくは想像を絶するものとなるだろう。
『ツヴァイ・・・そういえばいたな、俺の劣化コピー。』
ふと、ヌルの言葉が頭をよぎった。
ツヴァイにはフィーアと出会う前の幼い頃の記憶がない。
アインが兄だというのも、物心ついた時には隣にいたのでそうなのだと思っていた。
「・・・コピーだって、偽物だっていい。僕は紅音を助けるんだ。」
何も知らなかった自分に、いろんなことを教えてくれたアイン。
空っぽだった自分の心に温かいもの与えてくれたフィーア。
自分の身体を治すために手伝ってくれたソフィとアハト。
そんな皆を傷つけようとするヌルの存在は、ツヴァイにとっては憎むべきものだ。
「僕はヌルを倒して紅音を取り戻し、皆を守る・・・そのためだったら、これくらいなんともない。」
血の付いた手をぎゅっと握りしめて、ツヴァイは強く心に誓った。
「よーしよしよし、ようやく泣きやんだか。」
ようやく泣きやんだソフィの頭をアハトがぐりぐりと撫でた。
「泣いてない!これは汗よ!」
子供扱いされて思わず言い返したのだが、それを聞いてアハトはにやにやと笑う。
「ほほー。目から出るとは変わった汗だな。」
「なによ!誰のせいで泣いたと思ってんの!?」
「泣いていたのか、そいつは悪かったな。」
「な・・・っ!」
問答の末、うっかりと認めてしまったソフィは思わず言い返そうとしたが言葉が出てこない。
「く・・・一生の不覚だわ。」
「まあ、冗談はこの辺にしてだ。助かったぞ、礼を言う。」
ソフィをからかうのを急にやめたかと思うと、アハトはまじめな顔でそう言ってから頭を下げた。
「それは私じゃなくて皆に言ってよ。私は正直、今回は何も・・・」
アハトの言葉を思い出し、例の血液の入った瓶を渡したのは自分だ。
でも、それを使えるようにしてくれたのはツヴァイであり、ホムンクルスの錬成をしてくれたのはグレイ、そして、賢者の石の力に関してはアインとツヴァイとフィーアによるものだ。
今回ばかりは何もできなかったと言うしかない。
「それでも、おまえは俺の言ったことを思い出して例のものを渡してくれたんだろう?
それだけでも十分だ。」
いつも通りの会話に違和感はない。
じっとアハトを見てからソフィは思わず聞いてみた。
「ねえ、あなた本当にアハトなの?」
「なんだ、疑っているのか。」
「そうじゃなくて、その・・・仮にアハトだったとしても、記憶とかそういうのはちゃんとあるわけ?」
記憶があったとしてもいつの記憶なのか、本当に当人が戻ってきたのか。
そのことが気になってソフィはつい聞いてしまっただけなのだが。
「そうだな・・・ぶっちゃけわからん。」
「え!?」
思いもしない答えにソフィは驚いてしまう。
「実際のところ、記憶はあるぞ。
今までのことも忘れていないし、なぜかじいさんに欠片を渡した後に研究施設に乗り込んだことも覚えている。」
「だったら・・・!」
「だが、俺があのアハトそのものかと言ったらそうじゃないだろうな。」
「それは身体がってこと?」
「それもあるが・・・まあ、考えても仕方ないことだからあんまり考えるな。」
「それは、そうなんだけど・・・」
アハトの言うとおり、考えすぎたところで答えなど見つかるはずもないのだが。
「でもまあ、この世界にもし魂なんて不確定なものがあるとしたなら。」
「したなら?」
じっと見つめるソフィの瞳をまっすぐに見返すと、アハトはにやり、と笑ってこう言った。
「俺はアハトで間違いないだろう。」
「・・・そう、それならよかったわ。」
「ああ、身体は生身になろうとも、グレネードを愛し続けるこの心は俺の魂そのものだ。」
「それはむしろ忘れてほしかったわね。」
いつも通りとしか言いようのないやり取りの後、ソフィはふと思い出したようにこう言った。
「そうだ、私あんたに大事なこと言い忘れてたのよ。」
「ほう・・・なんだ、グレネードに関してか?」
「ち・が・う!」
こほん、と一度咳払いをして、ソフィはなんとなく頬を赤く染めて目をそらしながら言った。
「その・・・ありがとう。」
「何がだ?」
「いや、だから、その・・・助けてくれてありがとうって言ってるの!」
照れてしまうのを誤魔化すように大きな声で言ってから、ソフィはハッとしたように座りなおして。
「ずっと、言えてなかったじゃない。
あの時も、今回も・・・あんたは私の命を助けてくれたのに。」
伝え忘れていた言葉をようやく伝えて、ソフィはほっとした気持ちになる。
「ふむ・・・そうか、その言葉はありがたく受け取っておこう。」
「うん。」
なんとなく気まずいような、くすぐったいような時間が流れて沈黙が続いた後。
「・・・まあ、あれだ。また何かあった時にはグレネードが奇跡を起こしてくれることだろう。」
「グレネードはもういいってば!」
アハトが言いだしたグレネード万能論に、ソフィは思わず突っ込みを入れたのだった。
「ありがとう、グレイさん。おかげで僕は家族を失わずに済みました。」
研究室の後片付けをしながら、アインがグレイにお礼を言った。
「なに、それはわしも同じ気持ちじゃ。
お主たちの協力がなければ、今回の儀式は失敗しておったじゃろうからな。」
「皆も手伝ってくれたしね。」
にこにこと笑いながらアインが道具を運んでいると、今度はグレイが話しかける。
「正直、今度のことは奇跡と言ってもいいじゃろう。
・・・いや、お主たちといるようになってから、わしは多くの奇跡を見せてもらった。」
そう言ってから、グレイは不意にこう言葉を続ける。
「しかし、奇跡ばかりに頼っていてはいつか自分の実力を計り違える時が必ず来る。
そのことだけは忘れんでほしい。」
真剣な表情で伝えられた言葉に、アインも持っていた物を置いて真剣に向かい合う。
「確かに、賢者の石に頼りすぎるのはよくないと思います。
でも、僕は自分がそれを役立てることで皆が幸せになれるならそれで・・・」
「その考え方を全否定するつもりはないがの・・・今回のアハトの件でお主は何も感じなかったかの?」
「え・・・?」
「確かにあやつは今回、自分の全てをかけて家族を助けた。
しかし、そのことによって残されたお主や他の者たちがどんな気持ちになったか。」
「それは・・・」
アハトが命をかけて自分たちを守ってくれたあとの喪失感はどうしようもないほどのものだった。
そればかりはアインも否定することは出来ない。
彼が帰ってきたことはもちろんうれしいが、一度は失い、絶望した気持ちをなかったことにすることは無理だ。
「奇跡には必ず代償がある。アハトだけではない。それはお主の弟を見てもわかるじゃろう。」
アハトが復活を遂げた後、倒れたツヴァイをアインは別室に運んだ。
今は落ち着いてフィーアが傍についているが、いつまた発作が起こるかもわからない危険な状況に陥ってしまったことに変わりはない。
今回のような無茶を続けさせれば、ツヴァイはいつか必ずその代償を払うことになる。
「そしてそれは、アイン・・・おぬし自身にも言えることじゃ。
そういう気持ちを、奇跡の代償に守るべき家族に与えていいものなのかのう?」
「・・・そうですね、すいませんおじいさん。僕が間違っていました。」
「無茶を全くするなと言うわけではない。
むしろ、賢者の石を使わなければこれまでの奇跡は起きなかった。
じゃがのう、その代償を自分で考え調整するくらいのことができなければ、今後、そういった事態が起こるかもしれないということだけは覚えておくといい。」
グレイにも今回はいろいろと思うところがあったのだろう。
お節介になるかもしれないと分かりつつも、伝えずにいられなかったのかもしれない。
「はい・・・!そのためにも僕は、賢者の石をもっとうまく使えるようになります!」
「うむ、わしにも協力できることがあれば出来るだけ協力しよう。」
「ありがとうおじいさん!」
がしっとアインが両肩を掴んでお礼を言うとグレイは苦笑しながら。
「お主に掴みかかられるのもいい加減慣れてしまったわい。」
そんなことを言ったのだった。
第4話は皆の過去についての物語となります。
記憶を失う前、アインたちがどのように暮らしていたのか、そこには本当は誰がいたのかなどが明かされていくので、読んでいただけると嬉しいです♪




