ホムンクルスの箱庭 第3話 第10章『アハト』 ④
今日からまた金曜日まで頑張ります(*´ω`)
外に出ると、空には星たちが瞬いていた。
それをいつかのように見上げている人物がいる。
「・・・アイン。」
声をかけると、彼は一瞬びくっとなってから、腕でぐしぐしと目のあたりをこすって振り向いた。
「やあ、ソフィ。もう起きていて大丈夫なのかい?」
誤魔化すように笑っているが彼が、今まで泣いていたのは聞かなくてもわかる。
「ええ、その・・・ありがとうね、アイン。ここまで連れてきてくれて。」
「いや、お安い御用だよ。僕にできることと言ったらそれくらいで・・・」
ぐっと言葉に詰まってアインはまたうつむいてしまう。
背の低いソフィが見上げれば、アインが泣いていることはすぐにわかってしまうだろう。
だから、ソフィは視線を空に向けたまま言った。
「私、ね・・・」
「・・・うん。」
ぐすぐすと鼻を鳴らしながらもアインは相槌を打つ。
「昔にも、アハトに助けてもらったことがあるの。」
「そうだったのか・・・2人はとても仲が良かったもんね。」
「ううん、違うの・・・私、その時のこと忘れていたのよ?」
そうなのだ・・・自分はアハトに助けられたことなどすっかり忘れていたのに。
「仲良くできたのは、あいつが全部わかっていて、それでも私が思い出すのを待っていてくれたからだと思うの。」
アハトからしてみれば、非常識な女に思えたのではないだろうか。
命をかけて救った相手があっさりと自分のことを忘れて、初めましてなんて言ったのだから。
「アハトはいいやつだからね。」
「ええ、でも私、そのせいで大切なことを言いそびれたのよ。」
「大切なこと?」
「そう、さっきアインには当たり前に言えたのにね。」
当り前のその一言ですら、今は遠く感じてしまう。
「・・・僕も、ヌルのことを忘れていたよ。」
「ヌル・・・あれは本当にあなたのお兄さんなの?」
「おそらく・・・まだ完全には思い出せないけれど。
僕がそのことを思い出していたら、何か違ったかも。
アハトをあんな目に遭わせたりしなくて済んだかもしれない・・・
そうしたらソフィも、大切なことをアハトに伝えられたかもしれないのに。」
アインも彼なりに、自分が出来なかったさまざまなことを悔いているのだろう。
「・・・忘れたなら、思い出せばいい。
伝えそびれたなら、次に会えたときに必ず伝えればいい。」
「・・・ソフィ?」
「アイン、私って諦めが悪いみたい。まだ、諦めてないみたいなの。」
くすっと笑うと、ソフィはアインを見上げた。
彼はもう泣いてはいないようだった。
「だから、アインも後悔しないでいつもみたいに先を見て?
あなたの持つ底抜けの明るさと前向きさが、いつも私たちを引っ張って行ってくれる。
あなたはそうやって、いつも家族を守ってくれてるんだから。」
「僕は・・・そうだね、ソフィ。
ありがとう!ヌルのことも、アハトのことももっと前向きに考えるよ。
僕たちはいつだって不可能を可能にしてきた。
だったら・・・今度だって乗り越えられるさ!」
「そう、その粋よアイン。」
「アハトのことで僕が手伝えることがあったら何でも言ってくれ。
喜んで力になるよ!」
「ええ、その時はぜひお願いするわ。」
笑顔を交わし合った2人が同時に空を見上げた時だ。
「あ・・・っ!」
「流れ星!!」
空を一筋の星が流れる。
残念ながらそれは一瞬で消えてしまったのだが。
「賢者の石の力を使って超高速で3回お願い事を言えばよかった・・・!」
「それはアハトを助ける時につかってちょうだい。」
アインの言葉に思わず苦笑してから、ソフィは少しだけ遅れた願い事を胸の内で3回呟いた。
『どうかもう一度、アハトに会えますように』と。
「ツヴァイ、これを見てほしいの。」
アハトの施設に戻ったソフィは、ツヴァイのいる部屋を訪ねた。
「やあ、待っていたよソフィ。」
その膝にもたれて、泣きつかれたフィーアが眠っている。
ツヴァイ自身も相当疲れているはずなのに、彼は自分が来るのを待っていたようだ。
そんな彼にソフィはアハトに託された瓶を手渡す。
「これ・・・アハトが言っていたの。
それをあのポッドに入れてくれって。」
「これは・・・どうやら古い血みたいだね?」
瓶の中身を確認して、ツヴァイは難しそうな表情をする。
「ええ、おそらく、昔アハトが私を助けてくれた時のものだと思うわ。」
「・・・これをポッドに、か・・・」
「何か問題があるの?」
「その会話の流れから察するに、おそらくあの中にはホムンクルスが入っているんだと思う。」
「ホムンクルス・・・人型ね。」
ホムンクルスには一般的に2つの種類がある。
一つが、もともとある人間などの素体を実験に使った場合にその実験体をそう呼ぶ。
身近なところで言うと、ナンバーズがいわゆるホムンクルスだ。
そしてもう一つが別名を人造人間と呼ばれ、錬金術によって試験管で造られた人間そのものを指す。
「でも、この血はホムンクルスを形成するには向かないかもしれない。」
「どうして?血があればいいんじゃないの?」
その質問に、ツヴァイは言い辛そうに答えた。
「・・・残念だけど、この血は古いだけじゃなく熱で変質してしまっている。
正しく情報を読みとれるとは思えないんだ。」
「そんな・・・それじゃあ、それでアハトを救うことはできないってことなの?」
「・・・・・・」
やっと思い出せた有用な情報のはずが、これでは降りだしに戻ってしまう。
ソフィががっくりと肩を落とした時だった。
「ソフィ、薬、まだ持っているかい?」
「え・・・薬って、ツヴァイの薬?」
「そう、あの薬だ。」
「おそらく、そうちゃんの中に入っているわ。」
以前、フィーアと共に多めに持ってきた薬は、ソフィの持っている物から消費していった。
だとするならば、予備としてフィーアが確保した分がまだいくらか残っているはず。
そうちゃんの中を漁ると、わずかにだが残っていた薬が出て来た。
「これだけあれば・・・何とかなるかな?」
「ちょ、ちょっとツヴァイ・・・?」
薬を全部ケースから出すと、ツヴァイは次々にそれを口に含んで飲み下していく。
「本当はこういう風に使うのは良くないんだけどね。
こんな時だし、フィーアには内緒にしてくれる?」
「え、ええ・・・」
眠るフィーアを愛しげに見つめながら言うツヴァイがいったい何をするつもりなのかは分からないが、とりあえずソフィは頷いてみせる。
「ありがとう・・・それじゃあ、やってみようかな。」
「何をするつもりなの?ツヴァイ・・・」
「僕もこれを使うのはフィーアのブローチを作った時以来だから、うまくいくかちょっと心配なんだけどね。」
フィーアの胸元にある蒼い石のついたブローチを見ながら、ツヴァイはそんなことを言った。
「そのブローチ・・・確かフィーアがゼクスに撃たれた時のためにって、ツヴァイが用意したんだったわね。」
どういった効果があるのかは聞いていなかったのだが、確かそうだったはずだ。
「ああ、そんなこと絶対にさせないとは思っていたけれど、もしフィーアが撃たれてしまった時にそれをなかったことにする・・・ほんの少しだけど、時間を撒き戻す術を施しておいたんだ。
使えるのは1回きりで、発動したら壊れてしまうんだけどね。」
「時間を・・・撒き戻す・・・!?」
「まだ、僕の能力についてはっきりとは言っていなかったね。
僕の能力は・・・」
「ま、待って・・・言わないで。」
慌てたように、ソフィはツヴァイの言葉を遮った。
「あいつ・・・言っていたでしょう?私の知っていることは、何でも知っていて当然だって。」
ヌルが言っていた言葉の意味をはっきり理解できたわけではない。
それでも、そういった危険性のあることは出来るだけ避けたかった。
「・・・ソフィ、気をしっかり持つんだ。」
「え・・・?」
「君は君であって、他の誰でもない。
あんなやつの言葉に惑わされちゃだめだ。」
「ツヴァイ・・・あなたならきっと、私がなんなのかわかっているんでしょうね。」
ツヴァイはいつだって誰よりも早く状況を理解して、自分たちを助ける手伝いをしてくれた。
だとすれば、今回もきっと彼は全てお見通しなのだろう。
「・・・想像をすることはできる。
けれど、そのすべてが真実だとは僕は思わない。」
「そう・・・」
ソフィにも何となくはわかっていた。
たぶん自分は、遠い昔にヌルに会っている。
そして、おそらくは・・・。
よからぬ考えが頭をよぎったが、今はそれよりも大切なことがある。
「今はアハトを救うことだけを考えよう。
それが僕たちにできる家族にとって一番いい方法だ。」
「わかったわ。お願いツヴァイ、アハトを助けるために力を貸してちょうだい。」
「もちろん。」
ソフィのお願いに、ツヴァイはにっこりと微笑んで頷いた。
第3話が終わりますと物語も中盤です。
ここまで読んでくださっている皆さま、ありがとうございます(*ノωノ)




