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ホムンクルスの箱庭  作者: 日向みずき
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ホムンクルスの箱庭 第1話 第2章『ナンバーズ』 ②

※6月3日に文章の整理をしました。

実験体NO.1

アイン:賢者の石による人体適合の成功例。

    肉体を極限まで強化することに

    成功した事例だが改善の余地あり。

    場合によっては他の実験体に賢者の石を

    移すことも検討。


「僕は・・・父さんと母さんの子供じゃなかったのか。」


 資料を目にしたアインが、愕然としたように呟く。


「そうよ、アイン。

 あなたはあいつらの子供なんかじゃない。」


 冷たい言葉にも聞こえるが、はっきりと言ってやらなければならない。

 心を鬼にして、ソフィはさらに言葉を続ける。


「あなたが言うお父さんとお母さんは、今まであなたたちを実験体として扱ってきただけ。」


「そんな・・・そんなことはない!

 父さんと母さんは僕たちを愛してくれた!

 だからこそツヴァイだって、今まで生きてこれたんじゃないか!」


 アインもあの2人が実の両親でないことは、薄々と感じてはいた。

 何しろ2人は人間で自分は獣人だ、時々、獣人の要素が表に出てこないハーフがおり、その場合は子供に獣人の要素が出ることはあるのだが、そういうのとも違うらしい。

 それでも、自分たちのことを愛してくれた、育ての親であることに変わりはないと信じていたのに。


 感情が高ぶってしまったのか、アインが床に拳を叩きつけた。

 ドンっという大きな音が辺りに響き渡り、ぶるるっと馬が鼻を鳴らしたのが聞こえてくる。


「アイン、落ち着け。

 馬が暴れたら危ないだろう。」


 アハトが静かな口調で言うと、アインは我に返ったように謝る。


「ご、ごめん・・・つい。」


「とにかく、現実を見てちょうだいアイン。あなたたちは今までやつらに利用されてきたの。これが現実なのよ。」


「・・・僕には、そんなことは信じられない。」


 がっくりと肩を落としたアインは、何気なくフィーアが持っている資料に視線を向けた。

 フィーアはすでにナンバーズの資料には目を通し終わったらしく、それをツヴァイに渡して別の資料に目を通している。

 それはあの秘密の部屋から持ってきた古びた紙きれだったのだが、書かれている内容にアインは目を見張る。


 そして・・・


「そん・・・な。うそ、だろ・・・!?」


 思わず呟いてしまってから、ハッとしたようにツヴァイを見る。


「どうしたの?兄さん・・・」


 ツヴァイが尋ねたときには、フィーアはその資料をこっそりとぬいぐるみの中にしまっていた。

 ソフィはそのことに気付いたが、何も言わないでおくことにする。

 フィーアが何を考えてそうしたのかは分からずとも、ツヴァイのことを思ってそうしたことは分かったからだ。


「い、いや・・・なんでもないんだ。」


 不審がるツヴァイの視線を受けて、アインはごまかすように言うと。


「ごめん、外の空気を吸ってくるよ。」


 明らかに落ち込んだ様子で、馬車から出て行ってしまった。


「兄さん・・・どうしたのかな?」


「何か思うところがあったのかもしれない。

 今はそっとしておいてあげなさい。

 それよりもツヴァイ、これはどう読めばいいのかしら?」


「ああ、これはね・・・」


 ツヴァイが心配そうにつぶやいたのに対して、ソフィはさらりと答えてから別の資料に目を通す。

 そんな風にしてしばらくの間過ごしたが、他に有益な情報はないように思えた。


「アインとツヴァイの資料についても、さすがに賢者の石に関することは書いていないわね。」


「それはそうだろう。賢者の石に関しては未知数な部分が多いからな。

 当人たちとてどれくらい理解しているのか。」


 フードをかぶったままちらっとアハトが視線を送るような動作をする。


「ああ、兄さんはともかく、僕は賢者の石をまともに使えるような状態じゃないしね。」


 それに対してツヴァイはどこか誤魔化すように、にこっと笑った。


「そうね、まずはツヴァイの身体を安定させることから考えないと。

 北の山脈の竜・・・いったい、どんなやつなのかしらね。」


「実際のところは見てみなければわからないけど、それなりに情報を集めながら移動したほうがいいだろうね。

 竜は危険な生物だって聞く。

 何の準備もなしに戦うのは、得策とは言えない。」


 真剣な表情でツヴァイが言うと、アハトが同意するように頷いた。


「ああ、それに竜は珍しい生物だからな。

 そんなもんが住み着いているとなれば、いろいろな情報も聞けるだろう。

 そもそも、今回、その情報を手に入れたのも噂を元にしたものだったしな。」


「竜を倒せば、ツヴァイを助けられるんだよね?」


 今まで資料を見ていたフィーアも、顔を上げて少しだけ心配そうに尋ねる。


「そうだな、竜の心臓にある宝玉は生命力の象徴、いわゆる高エネルギー体が結晶化したものだ。

 ツヴァイの身体が賢者の石と適合しなかったのは、適合時のエネルギーが足りなかったからだと俺は踏んでいる。」


「うん、だからそれを使って、もう一度賢者の石を適合することが出来れば・・・」


「その通りだ。

 身体に余計な負担がかかる今の状況を、軽減することもできるだろう。」


 自分の胸元にそっと触れるツヴァイに、アハトははっきりと頷いてみせた。


「・・・あんたって、そうやって話してるのを見ると、ちゃんと錬金術士なのよね。」


 少しだけ感心したように、あるいは呆れたようにソフィはそんな言葉を口にした。

 実験体にされる前のアハトが錬金術師だったというのを、ソフィが聞いたのはかなり前のことになる。

 普段のアハトの行いを見れば、ソフィのその反応は至極まともなものなのだが。


「何を言ってるんだ。どっからどう見ても、俺は錬金術士だろう。」


 自信満々にアハトはそう言い放った。


「アハト、今すぐ世界中の錬金術師に謝りなさい。」


「なぜだ・・・!?」


 ものすごくいい笑顔でソフィにそう言われて、どうやらアハトはローブの下で驚愕の表情を浮かべているようだ。


「そんな怪しい黒づくめの錬金術師、世界にあんた以外いたらぜひ見てみたいわ。」


 はあっとため息をついて、

ソフィは持っていた資料を床に置いた。


「とりあえず、組織の目を欺きながら目的地まで向かわなきゃならない。

 言っておくけど、目的地に着くまでグレネードは使用禁止よ。」


「く・・・!?俺が何をしたというんだ!!」


「する前に予防策を取っているだけよ。」


 ことあるごとにグレネードを爆破するアハトの行動は言うまでもなく目立つ。

 なのでソフィは、事前に釘を刺しておくことにしたのだった。


「グレネードを取り上げないだけ、ありがたいと思いなさい。」


「俺の愛するグレネードを奪うだと・・・!?そんな暴挙はこの俺が許さん!!」


「はいはい、だったら竜退治まで大事に取っておくことね。」


必死にグレネードを死守しようとするアハトに、ソフィは苦笑しながらそう言った。




 その頃、外に出たアインは息を深く吸い込んでから大きなため息とともに吐き出していた。

 日が暮れたのか空は、いつの間にか紫とオレンジに染まっており、なんとも言えない寂しさを感じさせる。

 そんな中、アインは唸るように言葉を口にした。


「なんてことだ・・・」


 資料に書かれていた内容は衝撃的なものだった。


『賢者の石に関する・・・・。』


 そう始まった誰かの手記のようなものには、こう綴られていた。


『実験・・・賢者の石の人体への適合化に人間が必要・・・1000人前後・・・』


『記録するのもおぞましい・・・・・・』


『被検体を・・術によって記述した・・章陣の中心に設置し・・・順に人を・・・していく。』


『・・・牙の実験・・・のちに・・・の実験に失敗。

 不適合・・・から出られず。

 生かすために・・・

 多数の人間を投入し続ける必要が・・・』


『これが私の・・・たちの・・・少しでも役に立てば・・・・・・』


 断片的に書かれたその内容からは全てを把握することはできなかったが、たった一つ分かっていることがある。


「僕とツヴァイの身体には・・・たくさんの人間が使われている。」


 書かれていたことを思い出すだけで、体が震えた。

 この身体に、そして弟のツヴァイの身体に、多くの人間の命が使われていることなど考えもしなかった。

 父さんと母さんは、何のためにこんなことをしたんだろう。

 必死に考えた末に浮かんだのは、やはり両親は自分たちを愛してくれているのではないかということだった。


 そうだ、ツヴァイを助けるために、父さんと母さんは悪いことをしていたに違いない。

 今までのことは改心させなければならないが、自分たちがツヴァイを救う手立てさえ見つければ、もうそういったことはしなくて済むはず。


 どこまでも前向きに、アインは自分の気持ちを持ち直した。


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