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ホムンクルスの箱庭  作者: 日向みずき
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ホムンクルスの箱庭 第3話 第5章『潜入前夜』 ③

おはようございます~(`・ω・´)

昨日言っていた手長エビは2匹しか釣れなかったので川にリリースしてきました( ノД`)シクシク…


今日はアハトとソフィのお話です( *´艸`)

「アハト!」


「ん?ああ、買い物が終わったのか。」


「それどころじゃないのよ・・・どうもあの2人が子供たちを使って実験を始めようとしているらしいの。」


 地下室に降りる途中で階段を上ってきたアハトに、ソフィは慌てた様子で街で見たことを伝える。


「ふむ・・・なるほどな。」


「どんな実験かはわからないけれど、やらせるわけにはいかないわ。」


「そうか・・・一つ聞きたいんだがいいか?」


「何?」


 相変わらずの抑揚のない声でアハトはソフィにこう尋ねた。


「おまえ、何を優先する?」


「え・・・?」


「今回ばかりはすべてを助けるのは無理かもしれない。その状況下で、おまえは何を優先する?」


 いつものふざけた雰囲気は欠片も感じられない。

 アハトは本気でその質問を投げかけてきているのだ。


「そうね・・・まずはアインたち家族を優先するわ。」


「ふむ。それから?」


「助けられるなら子供たちを・・・無理なら、仕方がないわね。」


 そう言いながらも、彼女の瞳は諦めていないように見える。


「なるほど・・・いざという時のお前自身の優先順位が、限りなく低いということだけはわかったな。」


「え・・・!?」


 フッと口元に笑みを浮かべると、アハトはソフィの隣をすり抜けようとする。


「ま、待って・・・皆には言わないでよ?」


 そんな彼のローブの袖をつかむと、ソフィは慌てて声をかけた。


「何をだ?」


 立ち止まって振り向いた彼はわざとらしく尋ねてくる。


「その・・・いざって時は私が自分を犠牲にしてもいいって思っていることよ。」


 言い辛そうに言葉を口にするソフィにアハトはにやり、と笑った。


「ほほう、そんなことを思っていたのか。」


「なによ・・・わかっていたくせに。」


 先ほどの言い回しで分からないほどソフィも察しが悪くはない。


「いい?私は工作員なの。どんなに今は違うって言っても根っこの部分は一緒。

 特に私は自分を優先するような思考は持ち合わせていない。

 いつだって、守るべき優先順位に自分は入ってこないのよ。」


 幼い頃から言い聞かされ続けた任務の絶対。

 そういった思考に洗脳されているとは言わないまでも、感覚的に何かを優先するときの順位に自分が入ってこないようになっている。

 

 実際のところはソフィ自身はそれを何とも思っていないのだが、そんなことを考えているとわかればアインたちは悲しむだろう。

 その上、いらぬ心配をかけることにもなる。

 それを避けるためにも余計なことを皆に言わないでほしいのだ。


「皆にとっての大切なものを守れれば私はそれでいいの。

 今回の潜入はきっと必要な物を得るだけでは済まない・・・それでも、何かを失う可能性があるとしても、あの子たちは行かないとは決して言わないでしょう。」


 あの施設にどうしても行かなければならない理由が皆にはある。


 情報を得る代わりに、皆はきっとたくさんのものを失うことになるだろう。

 例えば、孤児院で自分たちを慕ってくれていた子供たち。

 助けるつもりはもちろんある。だが、全員を助けられる保証はどこにもない。

 

 むしろ敵の本拠地から10人以上の子供たちを連れて逃げることなど、現実的に考えて不可能だ。

 もちろん、策を考えていないというわけではない。

 うまく子供たちを連れだすことさえできれば、おそらくぬいぐるみのそうちゃんの中に避難させることは可能だ。


 だが、実験体として使われた後ではその成功は限りなく低くなる。

 さらに、たとえ子供たちを助けたとしても、施設長とその夫人を連れ出すことは無理だろう。

 下手をすれば命を懸けた殺し合いだ。

 2人に関して思い入れの強いアインは、果たしてその現実を受け入れることが出来るのか。


 そんなことが頭を過ったが、今は考えても仕方のないことだ。


「私はあの子たちに普通の人として生きる未来をあげたい。

 そのためだったら、多少の犠牲は仕方がないわ。」


 アインたちの夢を叶えるために自分がその礎になれるのだったら、ソフィにとってそれは本望だった。


「皆は私に生きる希望をくれた。だから、今度は私がそれを叶えてあげる番なのよ。」


 工作員としての自分の技術は、今回の潜入で大いに役に立つはずだ。

 もし自分がこれまで生き残ってきたことに意味があるのだとすれば、それは皆のためにこの技術を生かすため。


「正直なところを言っちゃうと、敵の本拠地に乗り込んでただで済むとは思えない。

 でも、虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うからね。」


 茶目っ気たっぷりにウインクしてみせたソフィに、アハトはポツリ、とこう告げた。


「お前は前向きだな。」


「え・・・?」


「いや、なんでもない。まあ、おまえの覚悟はわかった。

 何の犠牲もなしに収穫を得られるとは思っていないという点では俺もお前と同意見だ。」


「そう・・・」


 これだけ言っておけば、アハトがわざわざ皆にそれを伝えることもないだろう。

 少しだけほっとしたようにソフィはため息をついてから、ふと思ったことを口にする。


「ねえ、前にも同じこと言ったことがある?」


「ん?」


「その、前向きだなって。」


「さあ、言ったような言ってないような。

 俺もいちいち自分の言葉を覚えているわけではないからな。」


「そうね、確かにそうだわ。」


ソフィも自分の言ったことすべてを覚えているかと言えばそんなことは無いので納得がいった。


すると・・・


「だが、おまえがいつでも前向きに生きようとしていることは俺は知っているぞ。」


それだけ言ってぽんぽんっとソフィの頭を軽く撫でると、アハトは階段を上っていった。




「父さんと、母さんが・・・」


 明日の潜入の準備を皆でしている途中で、アインは家の外に出ていた。

 気持ちを少し整理するために一人になりたかったのだ。

 見上げた空では星たちが寂しげな光を放っている。


「ツヴァイを助ける手段が見つかったから、もうそんなことはしなくていいって僕が伝えに行かないと・・・!」


 きっと両親はツヴァイを助けるために再び非道な実験を行おうとしているに違いない。

 そう考えたアインは決意して拳をぎゅっと握る。


 これまでの間、何の犠牲もなしにアルスマグナの一員として過ごしてきたわけではない。

 時には他の人々を救えなかったこともあった。

 ドラゴンに襲われていた村を助けようとしていた領主軍、フェンフとゼクスに襲われた街の人たち。

 思い返せばその犠牲はいくらで浮かんでくる。


 だが、アインには一つだけ決めていることがあった。

 家族の中から出来うる限り犠牲を出さないこと。

 いつだって全力で家族を守ってきた。

 これからもそれだけは絶対にたがえるわけにはいかない。


 それは、遠い昔に交わした約束でもあるのだから。


『アイン・・・家族っていうのはいつでも一緒にいなきゃいけない。

 俺がお前を守ってやる。どんな時でもだ。

 だからおまえも家族にとって一番いいと思える方法を見つけたならそれを迷わずにやれ。』


 あれは、誰との約束だっただろうか?


「ツヴァイ・・・?いや、違ったような気がする。」


 一瞬だけツヴァイの姿が頭をよぎった気がするのだが、会話の内容からするとそうではないようだ。

 そんなことを考えながら星を見上げていると。


「アイン・・・あんまり思いつめない方がいいわよ?」


 いつからその様子を見ていたのかソフィが木の陰から姿を現した。


「ソフィ、その・・・父さんと母さんもきっとわけがあったんだ。

 だから僕は2人を説得して実験を中止してもらおうと思ってる。」


 それを聞いたソフィは、ほんの少し苦笑してからこう答える。


「アインならそう言うと思っていたわ。好きにしなさい。」


「ありがとう!」


「ただし、これはどうしてもだめだって思った時には私は手段を選ばないわよ?」


「わかってる、僕が必ず2人を止めて子供たちを救ってみせるから信じてくれ!」


「ええ、信じているわ。」


 くすっと笑ってソフィはアインの隣に並んで星を見上げた。


「・・・ソフィはこの街に家族はいないのかい?」


 ここはソフィの故郷ともいえる街だと知った時からアインはそのことが気がかりだった。


「まさか、私も孤児院出身ですもの。あなたたちみたいに特別に仲のいい子っていうのができる前に工作員にされちゃったから、これといって親しい人もいないしね。」


「そうだったのか・・・」


「驚いた?私が工作員だって知って。」


 その質問にアインは首を横に振る。


「いや、ソフィはしっかり者だからそうなんじゃないかって思ってたよ。」


「そう・・・じゃあ、私がこっちの施設から使わされたスパイであなたたちを見張っていたって言ったら?」


 ソフィの真剣な表情を見ればそれが嘘ではないことは分かった。


 だが・・・


「ソフィ、僕たちは家族だろう?ソフィが知りたいなら何だって教えるさ!

 それをソフィが誰に伝えたとしたって僕はかまいやしないよ。」


 アインは屈託のない笑顔でそう答えただけだった。


「・・・アインもツヴァイもバカね、兄弟そろって馬鹿なんだから・・・」


 思わず涙ぐんだソフィが慌てて背中を向けてそう言うと、


「ああ、僕とツヴァイはずっと昔から仲のいい兄弟だからね。

 僕にとってツヴァイは大切な弟だ。そしてソフィ、君も僕の大切な家族なんだよ。」


 アインはそう微笑んでからソフィにハンカチを手渡す。


「・・・もう少しだけ一緒に星を眺めてくれる?今は部屋に戻れそうにないから。」


「喜んで!」


 背を向けたまま言うソフィにアインは大きく頷いて空を見上げた。

 空に瞬く星たちは先ほどよりも暖かい光を放っているように思えた。


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