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ホムンクルスの箱庭  作者: 日向みずき
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ホムンクルスの箱庭 第3話 第4章『精神干渉』 ③

今日からまた金曜日まで1日1話更新です(`・ω・´)

「・・・ただいま!ドライ。」


 白ずくめの人物が消えてすぐに、アインは意識を取り戻した。

 暗闇しかなかった視界がようやく開けて、目の前にはほっとした表情を浮かべるドライがいる。

 それを見て、アインもようやく現実に戻ってきたことを実感できた。


「おかえりなさい、犬。どう、何か糸口はつかめたわけ?」


「ああ、おかげで今まで見えていなかったものが見えた気がするよ。」


 自分の心の闇と向き合うことによって、今まで目を逸らしていた大切な部分が分かってきた気がする。


 それによって賢者の石の使い方が分かったというわけではないが、きっかけを見出すことが出来た、そんな気がしていた。


 だが、心の世界で起きた出来事でいくつか気になることがあったので、それに関してドライに意見を求めたいとも思っていた。


「ところで、今のがドライの悪意の力なのかい?」


 その疑問の一つがそれだ。


「え?」


「なんか・・・どちらかというと、僕に対してアドバイスしてくれていたように感じたから。」


 正直なところを言うと、悪意的に相手を追い詰めて精神崩壊させるようなやり方とは違うように思えた。

 確かに自分は追い詰められたが、少なくともあの世界に悪意は感じなかったのだ。


 それを聞くとドライはきまり悪そうに視線を逸らした。


「余計なことに気付くわね。

 そうよ・・・私がしたのは精神干渉の一種であって悪意の力を使ったわけじゃない。

 私はただ、あんたが抱えている心の闇と向かい合うように仕向けただけよ。」


「そうだったのか・・・でも、どうして?」


 悪意の能力と戦うことによって賢者の石の力を使えるようにするのではなかったのか?

 少なくともそのつもりでいたアインは、ドライがどうして自分に対して悪意を使わなかったのかが疑問だった。


 すると、不思議そうにしているアインを見てドライは少しだけむすっとした表情を浮かべる。


「・・・私だって、意味もなく力を使ったりしないわよ。

 ましてや、家族・・・じゃなかった、あんたに対してそんなことする意味がないじゃない。」


「そっか・・・ありがとう!」


 なるほど、彼女にとって自身の力、悪意を向ける相手は家族ではないとそういうことなのだろう。

 そう言われれば納得ができたのでアインは素直にお礼を言った。


 それから、他に気になっていたことに関しても聞いてみることにする。


「その・・・心の闇と向き合う中で、いろんなことがあったんだけど。

 最後に出てきた白いローブの人物って誰だったのかドライにはわかるかい?」


 アインにとって自分の心の闇だと思っていた相手の姿が、見たこともない人物に変わったことが気がかりだった。

 あの相手からだけは悪意のようなものを向けられた気がした。

 でも、それはドライの能力とも違うと本能的にそう感じたのだ。


 アインの予想は正しかったのか、軽く肩をすくめるとドライは首を横に振った。


「言っておくけど、私にはあんたがどんな体験をしたかまではわからない。

 そりゃあ、覗こうと思えば覗けるけれど趣味じゃないのよね。

 だから、あんたの精神世界に出てきた人たちに関しては私はわからないわ。」


「そうなのか・・・その、ドライも出てきたんだよね。」


「え・・・そ、そう。私は何をしていたの?」


自分自身ではないとはいえ、人の精神世界に自分が出てくるというのはやはり気まずいものがあるのか、

少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らしてドライは尋ねる。


「君は・・・悲しんでいた。」


「え?」


「僕が誰かを忘れてしまったことを、泣いて怒りながら悲しんでいたよ。」


その言葉にドライが目を見開いて何か言いたそうに小さく口を開いたが、何も言わずにまた口を閉ざしてしまった。


「ドライはその人が誰だか心当たりがあるかい?」


 まっすぐに見つめて尋ねると、ドライはぷいっとそっぽを向いてしまった。


「・・・知らない。知っていても教えてあげないんだからね。」


「おうふ・・・」


「だって・・・それは私が教えるんじゃ意味がないから。」


「・・・そうか、確かにそうかもしれないね。」


 今ここでドライにそれが誰なのか聞くのは簡単だ。

 でも、それでは自分が思い出したことにはならない。

 聞いてその人物を知ったところで、自分自身が思い出せなければきっとそれに意味などないのだから。


「思い出しなさい、犬。その人を思い出すことでいろんなことが分かってくるはずよ。」


 真剣な表情で言ってドライはハッとしたように手を放した。

 今までぎゅっと握ってしまっていたことにようやく気付いたようだ。


「と、とにかく・・・あんたが何かつかめたんならそれでいいんじゃない?

 また必要になったら言いなさい、何度だって自分の心の闇と向かい合わせてあげる。」


「そうだね・・・強くなるために、僕は自分の心と向き合い続けなければならない。

 その時にドライの力が必要だと感じたら、また力を貸してくれるかい?」


 アインの覚悟が気に入ったのか、ドライは口元に挑戦的な笑みを浮かべる。


「覚悟しておきなさい、私の悪意が火を噴いちゃうんだからね!」


「お~う!ところで・・・ドライ、前に僕が賢者の石を使った時に僕に話しかけたかい?」


 最後にもう一つ気になっていたことがあったので尋ねた。

 ツヴァイの儀式のときに暗闇で聞こえてきた声、あれが今思うとドライの声だったような気がしてならないのだ。


「え・・・し、知らないわよ。そんなの。」


 しかし、彼女はどこかきまり悪そうに視線を逸らしてそう答える。


「そうなのか・・・」


 違ったことになんとなくがっかりしていると、ドライは顔を真っ赤にしながらこう返してきた。


「何がっかりしてるのよ当たり前でしょ!私はあの時あんたたちを倒すために来てたんだからね!

 手伝いなんてしてあげるはずないんだからね!

 っていうか、今だってあんたたちのこと家族だって認めてないんだから!」


「おうふ・・・」


 やっと仲良くなれてきたと思っていたのだが、彼女の中ではまだ自分たちは家族として認められていないらしい。


「認めてもらえるように努力するよ!僕はいつかドライと家族になりたいって思っているから。」


 だが、その程度で諦めるほどアインも諦めがいいほうではない。

 どんな事情であの日ドライが自分たちの目の前から消えたのかも、家族であることを拒否するのかもアインにはわからない。

 けれど、彼女が本心から家族であることを否定したいようにも見えないのだ。

 だから、自分が諦めなければいつかは彼女は家族になってくれる、そう信じていた。


 アインの言葉を聞いてどう思ったのか、ドライは何も返してはくれなかったものの、ため息交じりに苦笑していた。


「それじゃあ、僕は皆に報告してくるね!」


 いつの間にかかなりの時間が経ってしまっていたのか、気が付けば夕暮れ時になっていた。

 きっと皆は心配しているだろう、無事であることを伝えに行かなければならない。


「ドライも良かったら一緒に行くかい?」


「ううん、私は少し休んでから行くわ。さすがに疲れたから。」


「そうか、じゃあまたあとでね!本当にありがとうドライ!」


「ちょ・・・ちょっと!痛いじゃないの!さっさと行きなさいよこのバカ犬。」

 

 いつもの調子でドライの肩をバンバンと叩きながらお礼を言って、アインは部屋を出て行く。

 それを見届けてから、ドライは窓から外を眺めた。

 丘から見える夕暮れは、マリージアの街を茜色に染め上げている。


「・・・悪いわね、犬。私はまだあんたたちの家族にはなれない。

 それが、大切なことを覚えていても何もできなかった私の、せめてもの罪滅ぼしだから。」


 窓から吹き込む風が、切なげな瞳でそう呟いたドライのルビー色の髪を揺らす。


「ねえ、おじちゃん、おにいちゃん。

 全部終わったら、私もちゃんと家族になれるのかな?」


 今はここにはいないであろう誰かに語りかけた言葉は、虚しく風の中に溶けて行った


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