ホムンクルスの箱庭 第1話 第1章『炎の旅立ち』 ④
※6月3日に文章の整理をしました。
「そうちゃん、一緒にあそこまで行こうね。」
ぬいぐるみに話しかけたフィーアは、歩みを止めることなく進むと金庫の前に立った。
彼女は魔力で干渉してパズルのような暗証番号をあっさりと読み解くと、金庫を開けて中にある資料を取りだす。
そしてにこにことしながら資料を胸に抱くと。
「大事なものは全部そうちゃんにしまうの。ツヴァイとのお約束。」
幼い口調で言って、先ほどの薬と同じようにぬいぐるみの背中にしまい込んだ。
「フィーア!そろそろ危ないから戻ってきなさい。」
後ろからソフィに声をかけられて、フィーアはようやくその場から離れる。
そこになぜかタイミングよくアハトが現れた。
「おまえら、そろそろ出発の準備に取り掛かれよ。」
「言われなくてもわかってるわ。」
ソフィがそっけなく答えるとアハトはにやり、と笑ってグレネードを取り出す。
「なによ?
言っておくけど、そんなものここで爆発させようとしたらはっ倒すからね。」
ソフィがじと目で見ると、アハトはにやにやと笑いながらそれを華麗なフォームで金庫の中に投げ入れた。
先ほどまで資料のあった場所に、グレネードが絶妙のバランスを保って立っている。
「ちょ、ちょっと!?爆発しないでしょうねあれ!!」
「ああ、あと15分は大丈夫だろう。」
口元に笑みを浮かべてさらっと答えたアハトに、ソフィが顔色を変えた。
彼はフードを目深にかぶっているというのに、実にさわやかな笑顔だということが伝わってくる。
アハトがこの笑顔をする時はろくなことが起きないと、ソフィは今までの経験から学んでいた。
「ふぃ、フィーア!
ツヴァイを連れて早く馬車に戻るわよっ!!」
ソフィはフィーアの手を掴むと、ツヴァイのいる部屋の方に大慌てで駆けて行く。
それを見ながらアハトは実に楽しそうに、くっくっくと低く笑っていた。
「ソフィ、そんなに慌ててどうしたの?」
「アハトがまた馬鹿なことをしたから、早く出発するわよ。」
「ああ、グレネードかぁ。」
アハトの奇行には慣れっこなのか、ツヴァイはのんびりとした様子で答える。
「あんたね、心臓が弱いんだから、少しはアハトに文句言いなさい。
爆音で発作を起こしたりしたら大変なんだからね!」
「うーん、なんか聞き慣れちゃって大丈夫なんだけどね?」
グレネードの爆発音を聞き慣れる環境が、心臓の悪い彼にとって良いか悪いかと言えばかなり悪い気はするのだが、当人がそう言うのだからとりあえず置いておくことにしよう。
「ツヴァイ、一緒に行こう?」
「うん、行こうかフィーア。」
うれしそうに駆け寄ってきたフィーアを、ツヴァイは優しく抱きとめてやる。
「そうちゃんも一緒に行こうね~。」
ぬいぐるみに話しかけたフィーアを見て、ツヴァイはまた一瞬悲しげな表情をした。
フィーアが16歳という年齢に反して幼い理由、それは自分が彼女を守れなかったことが原因だと、ツヴァイはずっと自分を責め続けている。
ある事故が原因で、フィーアは記憶を失ってしまっていた。
フィーアが自分のために何かを調べていた、そのことはツヴァイも知っていた。
だが、彼女は深く踏み込みすぎたらしい。
生きていたのが不思議なくらいの大怪我から何とか息を吹き返した彼女は、それまでの記憶のほとんどを失い、それでも自分に懐いてくれた。
「そうちゃんは今日もかわいいね~。」
ぬいぐるみの手を握ってふりふりしながら、フィーアはご機嫌に見える。
『そうちゃん』と呼ばれたクマのぬいぐるみは、かつてツヴァイが彼女にプレゼントしたもの。
その名前の由来すらも、今の彼女は全く覚えていない。
それがたまらなくもどかしくて、どうしようもなくやるせなかった。
「馬車の様子はどう?」
「なあに、俺に任せておけば大丈夫だ。」
「グレネード使ったら殺すからね?」
ソフィとアハトが孤児院の横で物騒な会話をしているのにはわけがあった。
馬車にどうやら錬金術を応用した発信機が取り付けられているようなのだ。
そのことに気付いたソフィが、物を作ることに長けているアハトにそれを何とかしてくれるように頼んだ、ただそれだけのことだったのだが、なぜそこにグレネードが登場してしまうのかはここにいる人間以外は理解できないだろう。
研究員たちもそろそろ施設内に戻り、様子がおかしいことに気付いたはずだ。
というか、さっきアハトが金庫に仕掛けたグレネードが心配だ。
一刻も早く出発しなけらばならない。
対して馬車の荷台では、ツヴァイとフィーアが平和な会話をしていた。
「そうちゃんの中にはね~、夢と希望がいっぱいつまってるの!」
「そうなのか、フィーアはどんな夢を持っているの?」
「えっとね、ずっとツヴァイの傍にいたいな♪」
頬を赤くしながら恥ずかしそうにうつむくフィーアを、愛しそうに見つめてツヴァイは頷く。
「わかった、僕がいつもフィーアの傍にいて君を守るからね。」
「うん!」
それに対してとびきりの笑顔でフィーアが答えると、ちょうどアインが子供たちを連れてこちらに戻ってきた。
「ごめんごめん、遅くなっちゃった。」
「ううん、いいタイミングよ。ちょうど出発時間。」
アハトを手伝うために馬車の下にもぐっていたソフィが、鼻の頭に泥をつけたまま出てくる。
「ソフィ姉ちゃん泥がついてるよ。」
「変な顔ー!」
「え?やだもう!」
子供たちに笑われて、ソフィは恥ずかしそうに泥を指でぬぐった。
「それじゃあ、皆!僕たちが留守の間を頼んだよ。」
「任せてよアイン兄ちゃんたち!」
「ツヴァイ兄ちゃんのために、みんな頑張ってね!」
子供たちは口々に、応援といってらっしゃいの挨拶をしてくれる。
来た時と同じように御者席にアインが座り、アハトもいつものようにホロを開けて荷台に乗り込む。
アハト続いて乗り込もうとしたソフィだったが、何か思うところがあったのか一度動きを止めて子供たちを振り返った。
「いい?しばらくの間は施設の方には行っちゃだめよ?約束だからね。」
「「は~い!」」
子供たちがいい返事をしたのを確認してから、ソフィもようやく馬車に乗り込む。
「それじゃあ、行ってきます!!」
アインの元気な掛け声とともに馬が走り出した。
そしてその数十秒後。
ちゅどおおおおんっ!!
背後の施設から、先ほどのものよりもかなり大きな爆発音が時間差で聞こえてきた。
しかし、先を急ぐことに夢中になっているアインはその火柱に気付かない。
ホロの隙間からそれを見たツヴァイが、小さな声で呟いた。
「ああ、グレネードかぁ。」
次回は人物紹介となります。




