ホムンクルスの箱庭 第2話 第5章『満月の夜の儀式』 ⑦
4月30日
本日2回目の更新です。
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読んでくださってありがとうございます~(*ノωノ)
「ぐ、う・・・っ!」
紋章陣の中心にいたツヴァイは、紅い稲妻をその身に受けながらも耐え続けていたが、ついにその場に膝をついた。
「ツヴァイ!!」
「駄目だよフィーア!!」
稲妻が駆け巡る紋章陣にフィーアが飛び込もうとするのを、アインはその細い腕をつかんで止める。
ツヴァイの頭上にある竜の宝玉から発生する紅い稲妻の勢いは次第に強くなり、押さえつけられるように両手両足を床についたツヴァイは口を押えてごほっと咳き込んだ。
掌から赤い筋が伝って床に零れる。
「放してアイン!」
「それはできない!!」
あの中に飛び込めば、フィーアもただでは済まないだろう。
ツヴァイは自分に、フィーアを守ってほしいと言った。
ならばその思いを叶えるのが、今の自分にできることだ。
「いやっ!」
腕を振りほどこうとするフィーアを、アインはしっかりと抱きかかえて紅い稲妻から庇う。
「う・・・っ!」
アインの背中や腕を幾度となく焦がした稲妻は、部屋を駆け巡り破壊を繰り返す。
それだけではない、その被害は術者であるグレイにも及びつつあった。
「ごふ・・・っ!ここで諦めるわけにはいかないんじゃ!!」
軽く血を吐きながらも、グレイはそこに立ち続けていた。
10年前のように失敗するわけにはいかない。
これが自分の最期の仕事だと言い聞かせながら、その場に踏みとどまる。
しかし、ついに装置が限界を超えたのか稲妻が鋭く走ったかと思うと、ポッドのガラスにピシッとひびが入り次の瞬間には澄んだ音を立てて砕け散った。
ガシャアアアン!!
破片が飛び散り、稲妻によって熱された中の液体が辺りに飛び散る。
アインはとっさに、せめて目の前のフィーアだけは守ろうと覆いかぶさった。
ジュッという焼けた音がして液体の触れた床が溶けたのがわかる。
それと同じものが、自分にも降り注ぐことをアインは覚悟した。
だが・・・
「・・・これは!?」
思っていたような衝撃が来るようなことはなく、おそるおそる目を開けると部屋全体が美しい静止画のようになっていた。
アインに守られて床に座り込んでいたはずのフィーアは、いつの間にか両手を紋章陣の上に差し出している。
手の触れた部分から紋章陣を流れていた液体が凍り付き、循環して繋がっていたポッド内の液体も部屋全体に飛び散る寸前でフィーアの魔法によって氷の彫像と化していた。
しかし、すぐにフィーアが苦痛に顔をゆがめる。
「あう・・・っ!?」
「そこから離れるんじゃ嬢ちゃん!この液体は魔力を吸収し循環させるための物じゃ!
触れれば体内の魔力をすべて奪われてしまうぞ!?」
その言葉に、フィーアは無理やりニコッと笑うと。
「だったら、おじいちゃんも一緒なの。」
グレイの足元に視線を向ける。
彼の立っている小さな円状の紋章、その上にも循環液は流れていた。
「く・・・っ!わしはいい!でも嬢ちゃんはダメじゃ!!
小僧と幸せになるんじゃろうが!?」
魔力ごと自分自身を供物にしようとしていたグレイは、そのことがフィーアにばれていたことに気付き苦い表情を浮かべる。
「ツヴァイを助けて、おじいちゃんとも家族になるの!!」
いやいやをするように首を横に振り、フィーアはそこから離れようとしなかった。
「ん・・・っ!」
フィーアが小さく悲鳴を上げて俯く。
紋章陣に触れるフィーアの身体も、紅い稲妻は容赦なく蝕み始めていた。
「フィーア!気持ちはわかったから一度離れよう!?」
アインにも、フィーアの今の状況が危険なものだということはわかる。
どちらにしても一度離れさせようとしたアインに、フィーアは鋭く言い放つ。
「ダメなの!!魔力を循環させないと儀式が失敗しちゃう・・・!」
「な・・・っ!?」
「私が離れたらツヴァイの儀式が失敗しておじいちゃんも死んじゃう!そんなの絶対に嫌!!」
フィーアの言葉に、ようやくアインにも状況がつかめてくる。
どうもこの儀式には、魔力の循環が必須らしい。
そして、それが滞るようなことがあれば儀式そのものが失敗してしまう。
さらに、紋章陣を巡っている液体には魔力を吸い上げる効果がある。
今フィーアが魔力の供給をやめれば液体は容赦なく術者であるグレイから魔力を奪うだろう。
儀式の暴走で身体に影響の出ているグレイから魔力が吸い尽くされるようなことがあれば、おそらくは命にかかわるような事態に追い込まれる。
そのため、儀式が終わるまでフィーアは、自分の魔力で供給と循環を行うつもりなのだ。
「アイン、わしのことはどうでもいい!
小僧の儀式も今は諦めてどこかでやり直せ!!
満月の魔力でようやく足りるはずだった儀式なんじゃ、このままでは嬢ちゃんが死んでしまうぞ!?」
「アインやめて!私は大丈夫だから!!
ずっと秘密にしてたけどツヴァイの身体はもう限界なの・・・この前、施設で最後に調べた時に本当はわかってたの!今成功させなきゃ2人とも死んじゃう!!」
「そんな・・・!?」
ツヴァイはずっと、自分の体調についてまだ大丈夫としか言わなかった。
この旅の間も、体調が悪そうなときはあっても、以前よりもむしろ元気になっているように見えたのに。
まさかそれが燃え尽きる前の蝋燭のように、ただ必死に生きようとしていただけだったなんて。
それでいながら弟は、昨夜、フィーアのために賢者の石の力まで使ってしまったというのだ。
グレイとフィーア、2人の意見に挟まれて、アインはどうするべきなのかを必死に考える。
月の魔力を取り戻すのは、アハトとソフィが必ずなんとかしてくれるはずだ。
ならば自分がするべきなのは、ここにある儀式を少しでも成功に近づけること。
そんなアインの瞳に、中央に倒れるツヴァイの姿が映った。
「ツヴァイ!!」
そうだ、もし自分にできることがあるとすればそれは・・・!
アインは決意するように頷いて立ち上がると、迷うことなく紋章陣の中に踏み込んだ。
「アイン!?」
「なにをやっておるんじゃ!!」
そんなことをすれば、アインは暴走している儀式場に魔力を吸われるだけでなく、紋章陣の供物にされてしまう。
そのことは、今のアインにはわかっているはずなのに。
「ぐう・・・!?」
紅い稲妻は容赦なくその身体を捕らえるが、アインはそれに怯むことなくツヴァイのもとに歩みを進める。
稲妻に焦がされた肩や足に傷が生じて赤い血が迸った。
それでもアインは進むことをやめない。
まるで押しつぶされるような重力にも似た脱力感を覚えながらも、アインは一歩一歩を踏みしめるように中心に近づいていく。
そして・・・
「ツヴァイ!大丈夫かい?」
「・・・兄さん。」
その場に膝をついたアインは、ぐったりとしているツヴァイを抱き起こした。
微かに目を開いたツヴァイは、苦しそうに浅い呼吸を繰り返している。
口元からは紅い血が零れていた。
「悪い子だな!」
その言葉には、たくさんの想いが詰まっていた。
自分の身体に限界が訪れても誤魔化し続けて隠したこと、それを知っていながら賢者の石の力を使ったこと。
本当は旅の間もずっと辛かったはずなのに、一言も弱音を吐かずに頼ってくれなかったこと。
アインの複雑な表情からその気持ちを感じたのだろう、ツヴァイは儚げに笑った。
「・・・ごめん、生きるつもりはあったんだよ?本当なんだ。」
「分かってる・・・だから僕の賢者の石の力をツヴァイに分けるよ。」
「何を・・・言ってるの・・・?」
「僕は自分の賢者の石の使い方がまだわからない。だから、僕の使いたいように使うことにする。」
自分には、ツヴァイのようなすごい力はないかもしれないけれど。
「僕はツヴァイみたいに頭がよくない。
賢者の石があったって、どうやって使ったらいいかなんてわからない。
だったらせめて、僕の力をツヴァイに。」
アインは目を瞑ると、自分の中にある賢者の石に語りかける。
使い方なんてわからない、だからそうするしかなかった。
賢者の石に、自分の願いを伝えるしかなかった。
魔力を吸われ、稲妻に蝕まれながらも、アインは自分の中の力を感じようとする。
その時に、微かに声が聞こえた。
『このバカ犬・・・無茶ばっかりしてんじゃないわよ!』
「え・・・!?」
ハッと気が付いて顔を上げると、そこは儀式場ではなかった。
音一つしない静寂の闇にアインはぽつん、と立っている。
ここは・・・?
それが自分の心の中だとわかるまでに、時間はかからなかった。
僕の中ってこんなに空っぽなのか・・・。
漠然と、そんなことを思ってしまう。
先ほどの声が誰だったのかが気になって辺りを見回すが声の相手は見えず、それ以降はどんなに耳を澄ましても声は聞こえない。
代わりにアインは、遠くに輝きを見つけた。
それが今の自分にとって必要なものなのだと、本能が言っている。
輝きに向かって、アインはただひたすらに走り続けた。
しかし、どんなに走っても光に追いつくことが出来ない。
待ってくれ!僕は弟を・・・フィーアを、おじいさんを助けたい。
大切な者をもう失いたくないんだ!!
記憶の奥底にある、そんな強い想いが湧き上がってくる。
きっと自分には、失いたくない大切なモノがあった。
絶対に手放してはいけないものがあったはずだった。
僕はもうこれ以上、何も失いたくない!!
アインがそう強く願った瞬間、遠くにあったはずの輝きが増してこちらに近づいてくる。
「僕は家族を守りたい!!」
右手を伸ばして飛び込むと、ようやくその輝きに指先が触れた気がした。
そして・・・
目を開けた時には、そこはもう元の儀式場だった。
それでも、先ほどとは違うことがある。
「兄さん・・・?」
アインの身体が淡く光を放ち、その光がツヴァイの身体をふわりと優しく包み込んだ。
「これは・・・!?」
胸の奥が熱い。
今なら自分の中にある力の流れがわかる。
アインは初めて賢者の石の力を感じていた。
それは無限にも思えるエネルギーの奔流。
使い方を間違えれば、自分が賢者の石そのものに飲み込まれてしまうようなそんな感覚。
「ツヴァイ、フィーア、おじいさん!!みんなは僕が助けるよ!!」
それでもアインは、その力を使うことを躊躇わなかった。
アインを中心に金色の光が紋章陣に広がっていく。
その光は、グレイとフィーアの身体も優しく包み込んだ。
「あれ・・・?」
フィーアが不思議そうに顔を上げる。
その表情は苦痛に歪んだものではなく、ただ何が起きたのかわからないといった感じだ。
「どうなって、おるんじゃ・・・?身体が楽になっていく。この光はいったい・・・!?」
グレイにも、同じ現象が起きているらしい。
さっきまで立っているだけでもやっとだったはずの身体に、不思議と力が湧いてくる。
それだけではない、まるで過去の儀式の古傷が癒えていくような感覚さえ覚える。
そして・・・
「お待たせみんな!」
「今だじいさん!やれ!!」
玄関にソフィとアハトが飛び込んでくると、片膝をつきかけていたグレイはその場に立ち上がった。
「わしは負けん!!」
強い意志をもって叫ぶと、グレイは紋章術をもう一度発動させた。
空から銀の月の光が降り注ぎ迸っていた紅い稲妻が、宝玉に収束していく。
紅い宝玉は暴走させていたエネルギーを静かに抱いて、ツヴァイの元に降りていった。
それはグレイが渡した腕輪に吸い込まれるように消えて、鈍い銀色だった腕輪は金色に変化していく。
最後に、小さな紅い宝石が一部にはめ込まれるようにして腕輪に浮かび上がった。
同時にフィーアの魔法で凍っていた液体が砕け散り、役目を終えたというように霧散していく。
氷の結晶が月明りの中で輝きながら降り注ぎ、紋章陣の光も収まっていった。
「おい!NO.3!てめぇ寝てんのか?」
ゼクスが隣で静かに目を瞑るドライを怒鳴りつけた。
「・・・そんなわけないじゃない。神経を集中させていたのよ。邪魔しないでくれる?」
目を瞑っていたドライは空を見上げた。
銀色の月がそこにあり、光を放っていたグレイの屋敷は静寂に包まれている。
「ったく、さっきの光は何だったんだぁ?」
ゼクスは錬金銃のスコープ越しに様子を見ているが、何が起きたのかは分からなかったようだ。
「そんなの私が知るわけないでしょう。それより、始めるんじゃないの?」
「そうだったな。狩りを始めようぜ・・・楽しい楽しい時間の始まりだ。」
ひゃひゃひゃっと耳障りな笑い声をあげて、ゼクスが錬金銃に弾を込める。
それを無言で一瞥してから、ドライは視線を屋敷に移し小さな声で呟いた。
「・・・フィーア、犬。よくがんばったわね。」
暗がりの中でその表情が誰かに見られることはなかったが、ほんの少しだけ口元が優しく微笑んでいたのを見ていたものがもしあるとすれば・・・それはきっとすべてを見届けた銀色の月だけだったに違いない。
ようやく第5章『満月の夜の儀式』が終わりました(/・ω・)/
次回は戦闘になります。




