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ホムンクルスの箱庭  作者: 日向みずき
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ホムンクルスの箱庭 第2話 第5章『満月の夜の儀式』 ⑤

4月29日

本日2回目の更新です。

「ソフィ見て! お米が洗えるようになったの。」


 鍋に移したお米を洗いながら、フィーアが得意げに言った。


「そうなの?上手ね。」


「ありがとう~。」


 その様子を見て、ソフィは微笑んだ。

 いつだったかお米を洗ってもらおうとしたときに、洗剤を入れようとしていたのを見てからごはんは自分が炊く係をしていたが、今度からは任せても大丈夫なようだ。


「この前ね、洗剤で洗っておじいちゃんに驚かれちゃったの~・・・」


「え!?そ、そう・・・ごめんなさい。」


「どうしてソフィが謝るの?」


「いえ、教えておいてあげればよかったわね。」


「大丈夫、おじいちゃんが教えてくれたから!」


 フィーアはそう言ってくれるが、おそらくグレイはさぞかし驚き、フィーアも恥ずかしい思いをしてしまったに違いないと思うと少し後悔してしまう。


 あの時、ちゃんと教えてあげるべきだったかしらね。

 

 あまりに驚いたのと、それ以外のことは普通にできていたことから、わざわざ全てフィーアに押し付ける必要もないと思ってその時は特に注意しなかったのだ。

 だが、そんなことになるならお米の洗い方というか、洗剤を使ってはいけないことくらいは伝えておくべきだった。


 私が無頓着すぎたのかしら・・・今度から気を付けないと。


 ソフィ自身は、料理はそこまで得意ではない。

 それほど手の込んだものを作る機会がなかったというのもあるし、干し肉やパンなど簡易食料があればそれでもいいと思っていた。

 食事というのはエネルギーを補給するだけの作業で、おいしいおいしくないは二の次だ。

 さすがに皆と旅をしているときにはそこそこ気を使っているが、自分一人の時はまったく気にしない。


 それと比べると、フィーアは昔から料理が好きで時には皆に御馳走をふるまっていた。

 なので、お米を洗剤で洗おうとしているのを見た時には、何が起きたのか正直、理解できなかった。

 様子がおかしくなってからは以前ほどの腕前はなくなったが、おかしなことはたまにしかしなかったので油断していたというのもある。


 それに、フィーアが料理をするときたいていは自分が隣にいることが多く、何かあれば止めればいいとも思っていたので好きにさせていた。

 そういえば、以前お米を洗う以外でフィーアに驚かされたことと言えば・・・。


「今日はカレーを作るの。」


「え!?そ、そうなの!?」


 そう・・・まさにそのカレーが、ソフィが驚かされたことだった。


「あま~いカレーにするんだ♪」


 ニンジンの皮をむきながらご機嫌でいうフィーアに、ソフィは青い顔をする。

 フィーアの作る甘いカレー・・・それは甘口カレーなどという生易しいものではなく、シロップの中に浮いた野菜にカレールーが溶けているようなそんなカレー。


「ふぃ、フィーア。カレーはやっぱり辛口じゃないかしら!?

 グレイさんはそっちのほうが喜ぶかもしれないわよ!」


 ソフィ自身は辛口はそれほど得意ではないし、グレイが辛口が好きかどうかも知らない。

 だが、とっさに出たのはそんな言葉だった。


「そうなの~?」


「え、ええ・・・きっとそう。」


 嘘をついているようで心苦しいが、あのカレーを儀式前に食べたりしたら、それこそ体力というか精神力が削られるかもしれない。


「そっかあ・・・」


 しかし、残念そうにするフィーアを見ると少し良心が痛むソフィなのだった。


「そうね・・・じゃあ、間を取って中辛は?」


「わかった~、中辛にするね!」


 妥協点を何とか探して提案すると、フィーアは素直に頷いた。

 フィーアは別に料理が下手というわけではない。

 むしろ得意だったはず。

 なのになぜ、カレーだけは極甘になってしまったのだろう。


 それに、お米の洗い方だって知らないはずがなかったのに。

 いろいろと疑問は残るが、聞いたところできっと彼女の口から答えは出てこないのだろう。

 フィーアは変わってしまった。

 それは、誰の目から見てもわかるくらいに。


 あの頃からツヴァイは悲しそうに笑うことが多くなった。

 それでも、彼は何があったのかを決して話そうとしなかったのだ。

 歯がゆいと思う、フィーアにもツヴァイにも何もしてやれない自分が。

 たった一つ、救いがあるとするならば・・・


「フィーア、あなたは今が楽しい?」


 その質問に、フィーアは笑顔で答える。


「うん、すごく楽しい。」


 フィーア自身が、今の状況を悲観していないこと。

 なにより、幸せそうにしていること。


「そう、それならよかったわ。」


 それだけが唯一、今の状況を容認していられる要因だった。


「そういえば・・・」


 フィーアの隣でジャガイモの皮をむきながら、ソフィはふと聞いてみることにした。


「ドライは元気にしていた?」


 昼間の話では、ドライがフィーアの様子を見に来たようだ。

 あの子も素直じゃないからね・・・宣戦布告していったって言っても、実際のところはどうなんだか。

 そんなことを考えて思わず苦笑してしていると、フィーアがしょんぼりしながら答えた。


「うん、元気そうだったけど、またいじめられちゃって、ツヴァイとけんかになっちゃった。」


「そうなの?ドライったらしょうがないわね。」


 本当はフィーアのことが、心配で様子を見に来たんだろうに。

 わけがあってドライは今は、ソフィがいた側の派閥のある施設に所属している。

 詳しい事情は分からないが、彼女自身がそれを決めたらしい。


 といっても、ことあるごとにこっそりとフィーアの様子を見に来ていることをソフィは知っている。

 ドライは昔から素直ではなかった。

 フィーアの正反対というか、双子のはずなのに対極の存在というか。

 そんなことを考えていると、フィーアがにこにこしながら言った。


「そういえば今ちょっとだけ思い出したんだけど。甘いカレーはね。昔、ドライに教わったの~。」


「え・・・!?」


 ぎょっとしたように、ソフィはフィーアを見る。


「本当はもっといろいろ薬を入れたりするんだけどね?

 その時はツヴァイとドライが喧嘩しちゃって食べれなくって、でもすっごく甘い匂いがしたからこんな感じかな~って作ったカレーなの。」


 カレーに薬とはどういうことだろう?香辛料のことだろうか?


「そ、そう・・・その時の喧嘩の原因って?」


「えっとね~。確かツヴァイがそんな毒物フィーアに食べさせられるわけないだろうって言って、ドライが私の愛が食べれないわけないでしょうって言ってた。」


 なるほど、ツヴァイがそう言ったということは、それは香辛料などではなく本当に何かの薬だったに違いない。


「まさかとは思うけど・・・お米の洗い方も?」


「うん、その時に洗剤でぶくぶくして白い汁が出なくなるまで洗いなさいって言われたの。」


 まさかそんな身近に、フィーアの料理がおかしくなる要因があったとは。


「その・・・ドライって料理が下手なの?」


「え、と・・・」


 ソフィの質問にフィーアはしばらく考えていたのだが、見る間に顔が青くなり涙目になっていく。


「・・・よくわからないけど、思い出しちゃいけない気がするの。」


 何を思い出しかけたのかはわからないが、フィーアはぴるぴるとしながら答えた。

 ソフィにはわからないが、ドライの料理が何かしら危険なものなのは間違いなさそうだ。


 記憶を失った原因ってまさかそれじゃないわよね・・・?


 一瞬、そんな考えが頭を過ったが、さすがに失礼かと思い直してソフィはフィーアを慰める。


「大丈夫よフィーア。

 昔のことなんでしょう?今はきっとドライだって料理がうまくなってるわよ。」


 ソフィの言葉が聞こえてるのか聞こえていないのか、フィーアはしばらくの間、たまねぎを片手に震えていた。

 その日のカレーは、その思い出を払拭するかのようなおいしい辛口カレーだった。


次回儀式の予定です。

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