ホムンクルスの箱庭 第2話 第5章『満月の夜の儀式』 ②
少しだけ補足です☆
この世界でいうホムンクルスは試験管で造られた人間だけではなく基が普通の人間でも実験体にされた時点でホムンクルスと呼ばれます。
「な、なにがあったんだ!?」
騒ぎに気付いたアインが駆けつけた時には、ドライはかなり遠くの方まで逃げてしまっていた。
「あんたたち、フィーア以外皆殺しにしてやるんだから覚悟しておきなさいよねー!」
遠くからもう一度叫んで、ドライは今度こそ姿を消した。
「兄さん・・・見ての通り追手が来ちゃったんだ。」
「なんだって!とにかく、急いでおじいさんの家に戻ろう。」
「ツヴァイ、今夜の儀式を終わらせたら皆で逃げよう?」
フィーアが不安そうに袖を引っ張ると、ツヴァイは微笑んで頷く。
「正直、フィーアとドライを戦わせたくはないし、それが良いかもしれないね。
兄さん、ドライがここに来たからには、ゼクスとフェンフに僕たちの居場所が知れるのは時間の問題だ。」
「あ、今のってドライだったんだ。元気にしていたかい?」
ドライは敵として来たというのに、アインはどこか嬉しそうに尋ねた。
「兄さん・・・そんなこと言ってる場合じゃないよ。」
さすがにツヴァイが少しだけ呆れたように見ると、アインも慌てて言い繕う。
「ごめん。放っておいたらおじいさんにも被害が及ぶかもしれないもんね。
とにかく、皆で話をしよう。おじいさんにも話して逃げる方法も考えておかないと。」
3人はグレイの屋敷に戻るために、足早にその場を去った。
「俺がいない間に何があったというんだ?」
「遅かったわね。あんたどこに行ってたのよ。」
アインたちが庭で洗濯物を取り込んでいたソフィに事情を話していると、ちょうどそこにアハトが戻ってきた。
「俺は街に油を買いに行っていた。」
「油!?」
「ああ、樽ごと1個買って川上にゴロゴロと転がしながらだな・・・」
「あ、聞きたくない、聞かなくていいです。」
アハトが何かろくでもないことをしてきたということだけはわかったので、ソフィは耳を塞いでそれ以上は聞かなかったことにした。
「上にある湿地に、前に馬車から取り外した発信機と俺の愛しいグレネード、それからその油を・・・置いてきた。」
「そ、そうなんだ?」
「そうだ、それをただ置いてきただけだ。」
不安げに尋ねたツヴァイを見てにやり、と笑うアハトの言葉は誰も信用していないが、とりあえずそんなことを話している場合ではない。
「ドライがこの近くに来たんだ。
おそらくゼクスとフェンフにも僕たちの居場所は知られてしまっただろう。」
「なるほどね・・・」
「じゃあ俺が爺さんのところに行ってくる。とりあえず襲撃者が来ることは伝えるぞ。」
アハトは席を立つと、部屋を出てグレイを呼びに行った。
「そういうわけで、僕たちはアルスマグナに狙われているんです。」
グレイに対して、アインは素直に自分たちのことを白状した。
自分たちが全員、実験により手をくわえられた人造人間であること。
ツヴァイは賢者の石の適合がうまくいっておらず、再適合の儀式をしたいが、今は情報が足りないので応急処置として竜の宝玉とバイパスを繋ぐ儀式を行いたいということ。
そして、組織を裏切った自分たちに追手がかかり、そいつらがもうすぐここに攻めてくるだろうこと。
それらのことを、グレイはただ黙って聞いてくれた。
「襲撃者が来ることはもうわかっているが、今夜の儀式だけはどうしてもやらなければならない。」
「儀式に使える場所はここしかないからのう。やるしかあるまいて。」
「そこで相談だ。じいさん、もしよかったら俺たちについてこないか?」
アハトの提案に、グレイはどこか寂しげに笑って答える。
「そうじゃなあ・・・まあ、老い先短いじじいがついて行こうが行くまいが、困らんとは思うが。」
「だめ、おじいちゃんも一緒に行くの。」
それを見てフィーアが手を握ると、グレイはその頭を撫でてやった。
「あんたの力が必要だ。今後、ツヴァイを助けるためにもな。」
「まあ、小僧を助けるのはわしの錬金術師としての最後の仕事にはふさわしいかもしれんのう。」
「どうか、私からもお願いします。」
ソフィも頭を下げて頼むと、グレイはようやく頷いてみせる。
「それでフィーア嬢ちゃんの笑顔でも見れれば、それは最高かもしれんな。
わかった、もしそういう状況になったとしたならば考えよう。
それからこの家は好きにせい、どうせ襲撃で壊れるだけじゃろうからな。」
アハトがそれを聞いてにやり、と笑うとグレイはやれやれというように苦笑する。
「ならば、最悪の事態を想定していろいろとやらせてもらう。」
「わしが一人で住むには広すぎる家じゃからな。」
何かを覚悟しているように見えるグレイの肩を、アハトがぽんっと叩いた。
「なあ、じいさん。老い先短いとは言ったが、じいさんにはまだ生きていてほしいんだ。」
「お主・・・キャラが安定しないやつじゃのう。」
「大丈夫ですグレイさん、嫌でもそのうち慣れますから。」
怪しげだったり急に人を心配してみたりと安定しないアハトの人物像に、グレイが呆れ顔で言ったのに対してソフィが笑顔でそう伝える。
「そうじゃのう。お主らが来てからいろいろと忙しくて、わしも張り合いがあるというもんじゃ。」
これまでは実験の失敗を悔いて過ごす毎日だったが、騒がしいアインたちと一緒にいるせいか気づけばそのことを思い出す回数も減っていた。
「じいさん、恩にきるぜ。」
「恩にきるよりも、わしにおまえらのハッピーな話を見せてくれ。
錬金術で本当に人が救えるのかどうか、目の当たりにしてみたい。」
「ああ、そのためにもじいさんには生きていてもらわないとな。」
「おじいさん!ツヴァイのことをよろしくお願いします。」
話がひと段落つくと、アインががしっとその肩をつかむ。
「あ、ああ・・・お主、がたいがでかいんじゃから急にそういう行動をするでない。
喰われるかと思ったぞ。」
冗談交じりに言いながら、グレイは5人を優しいまなざしで眺めていた。
儀式まではまだもう少しかかります。




