ホムンクルスの箱庭 第1話 第1章『炎の旅立ち』 ②
5月26日に文章の整理をしました。
「さてと・・・ツヴァイ、悪いんだけど服を脱いでそこに横になってくれる?」
「うん、了解だよ。」
促されるとツヴァイは慣れた動作で上半身だけ服を脱ぎ、おとなしく装置の白い台の上に横になる。
それを確認してから、ソフィは慣れた手つきで装置の近くに備え付けてあるパネルの操作を始めた。
こうしてツヴァイのメディカルチェックをするようになってから、随分と月日が流れた気がする。
ふと、ソフィはそんなことを感慨深げに思った。
おそらく、この施設でこれをするのは最後だということを思いながら。
「・・・たぶん、これが最後になるだろうね。」
ツヴァイも同じことを考えていたのだろう、ニコッと笑ってソフィとフィーアの方を見た。
「ええ、でもこれが私たちの始まりだわ。」
「ツヴァイが元気になったら、みんなでいろんなところに行きたいな。」
「そうだね、僕が元気になったら、フィーアをいろんな場所に連れて行ってあげたい。」
「そのためにも、今は早く済ませちゃいましょう。」
機械で出来た白いアーム状の物が、目をつぶって仰向けに横たわったツヴァイの上を通過し、赤い光が身体に照射される。
その様子を、フィーアがぬいぐるみを抱きしめて心配そうに見つめていた。
ソフィの見ているモニターには、ツヴァイの身体に関する様々な情報が一斉に流れていく。
ここは錬金術の実験を行うための施設だ。
規模はそれほどでもないが、実験体の健康状態をチェックする機能くらいは備わっている。
さらに、大都市マリージアにあるアルスマグナの本部ともなれば、さまざまな実験を行うための機械的な錬金装置が大量にあると言われていた。
『機械』それは様々な情報や技術を用いてとある天才によって創り出されたものだ。
奇しくも一人の錬金術師が錬金術の一環として創り出したものらしいが、詳しいことは分からない。
実験体を入れるためのポッドやそれを管理する装置程度ならともかく、モニターやパネル、情報を大量に蓄積した機械装置は、少なくともこの大陸においてはアルスマグナ以外で保有している機関は存在していなかった。
それはどの王国を取っても例外ではない。
この大陸にもいくつかの王国は存在するが、アルスマグナの強大な組織力とその技術による恩恵は大きく、実際は多くの国がそれに逆らうことが出来ないのが現状だった。
アルスマグナの生み出す錬金術を基調とした医療、技術などを求めた大国はその傘下にあると言っても過言ではない。
「ところで、さっきの爆発音何だったのかな~?
皆いなくなっちゃったけど。」
最初、この部屋にも数人の研究員がおり何らかの作業をしていたのだが、先ほど謎の爆発音が聞こえたかと思うと、大慌てで外に出て行ってしまったのだ。
研究員たちは3人が入ってきた時に、メディカルチェックはこちらですると言ってツヴァイを連れて行こうとしたのだが、断わろうとしたところでタイミングよくそんなことがあった。
こちらを疑うくらいなら、見張りに1人くらいは残しておけと言いたいところではあったが、実際のところ戦闘になった場合、単なる研究員がフィーアの魔法に敵うはずもない。
一見、ぬいぐるみを抱いているだけの少女に見えるが、当人自身の潜在魔力が高いためフィーアの魔法は仲間たちの中でも群を抜いている。
研究員たちは去り際に『ここは任せたからな。』などという無責任なセリフを残して出ては行ったが、本心ではないだろう。
ナンバーズと呼ばれる特殊な実験体であるアインとツヴァイ、フィーアは、研究所内でも化け物的な扱いを受けている部分があった。
なので研究員たちも好んでこの場所に残りたくはなかったのかもしれない。
研究員たちは、強い力を持つ3人を実験体として扱うことに優越感を覚えながらも、いつ逆襲をされるのではないかと怯えているのだ。
実際のところは、アインはあの通り自分が利用されているなどとは露とも思っていないし、日常的に薬が必要なツヴァイを人質に取られているも同然の状態で、他の3人が暴動を起こすなどありえないのだが。
だが、それもここまでの話だ。
今回の旅がうまくいけば、これからは彼らの命令に従う必要もなくなる。
「あ~・・・うん、きっとナニカアッタノネ。」
ソフィは謎の爆発に関して何か心当たりがあるのか、片言な上に視線をそらしている。
「あはは、ちょうどいいんじゃないかな?僕もわざわざ健康状態を奴らに教えたくはないし。」
「うん。」
フィーアは頷くと、苦笑しているツヴァイの傍によってその手をぎゅっと握った。
しばらくして、ツヴァイの健康状態を記したデータが出てくると、真っ先にフィーアがそれに目を通した。
「フィーア、どう?」
ソフィが尋ねると、フィーアは一瞬泣きそうな表情をしてからふるふると首を横に振り、大丈夫というように笑う。
実際はツヴァイの状態が思わしくないことは、彼自身もソフィにもわかっていることだろう。
それでも、フィーアにはそれを素直に口にすることなどできなかった。
「それじゃあ、今回の旅は長めになりそうだし、薬を多めに貰って行きましょうかね。」
「ツヴァイ、少しだけ待っていてほしいの。」
「ああ、2人とも気をつけてね。」
起き上がって服に袖を通しながら、ツヴァイは2人に向かって頷く。
検査室から繋がる部屋をいくつか抜けた先には、重要な物品が保管されているのだがそこには鍵がかかっていた。
ソフィは髪につけたピンを1本外すと、鍵穴に差し込んで数回つつくような動作をする。
カチャンという音がしたのを確認してからソフィがドアを引くと、それはあっさりと開いた。
薬を探すために部屋に入るとフィーアも一緒になってあちこちを探し始める。
ツヴァイは定期的に薬を摂取しないと、発作を起こしてしまう。
発作が治まらなければ命にかかわるのだが、薬はいつも少量しか渡してもらえなかった。
しかし、今回ばかりはそういうわけにはいかない。
なぜならこれを機に、5人はこの施設から逃亡することを決めているからだ。
「あったわ!」
薬品棚の奥から見つけた薬をソフィは懐に、フィーアは持っていたぬいぐるみの背中のチャックを開けてその中に隠す。
「・・・って、フィーア!どこに行く気!?」
ソフィが気づいた時には、隣にいたはずのフィーアの姿が消えていた。
彼女がふらふらと歩いて行った先には、錬金錠の施された金庫のような物が置いてあり、そこには重要な書類などが保管されている。
だが、当然ながらその周辺には警報装置が張り巡らされていた。
その上、警報装置には侵入者を排除するための仕掛けが施してある。
不用意に近づけばただではすまないだろう。
「もう!これだからあの子は!」
フィーアは仲間たちの中でも、特にのんびりとした性格をしている。
そのせいでいつも目が離せないのだが、今回も何かしでかしてくれるようだ。
仕方なくソフィはその部屋にあるパネルを操作して、張り巡らされている警報機を一斉に解除した。
こういう時は、自分が施設のそういった装置などに関しての知識を教え込まれてきたことに、素直に感謝できる。
だが、こんなことをすれば、研究員たちに見つかって捕まるのは時間の問題だろう。
まあいいか・・・ツヴァイを助ける方法が見つかった以上、どのみち組織には見切りをつけるつもりだったし。
やれやれというようにため息をついて、ソフィは苦笑しながら思い返していた。
ほんと、出会ったときからこの子たちには振り回されっぱなしだ。
そして困ったことに、そんな自分が嫌いではない。
むしろこの子たちのおかげで、本来の自分を見失わずにいられたとさえ思える。
この孤児院は、子供たちをさらってきては錬金術の実験体にしている研究施設の一つだ。
ソフィは物心ついた頃にはそのことを理解していたし、気付いた時には工作員としてこの施設に送り込まれていた。
といっても、彼女を送り込んだ組織はアルスマグナ内の対立によって生じたもう一つの派閥であって、基本的にやっていることがろくでもないことに変わりはない。
アイン、ツヴァイ、ドライ、フィーアの1~4までの実験体がこちらの派閥で造られた実験体であるのに対して、残りの5~8までのメンバーがソフィが属する派閥の実験体である。
違いと言えばそれくらい。ただし、そこには大きな差がある。
アイン、ツヴァイは2つの派閥で共同の元に作られた『賢者の石』の実験体なのだ。
その2つの貴重なサンプルを奪われてしまった側の派閥は、何とかしてその情報を盗み出そうと躍起になっている。
そして、表向きは孤児院に身寄りのない子供として送り込まれた工作員の中で、生き残ったのがたまたまソフィだった。
幸運にも実験体にならずに済んだ彼女は、いわゆるナンバーズと呼ばれる特殊な実験体としての名前を持たず、固有の名前を持っている。
そういった事情を初めから知っていたソフィにとって、実験体であるはずの彼らの明るさは驚きであると同時に救いだった。
彼らは名前の代わりに番号を与えられ日々つらい実験を行われる身でありながら、互いに家族のように身を寄せ合い、笑顔を失うことなくそこに在った。
それを見たときに、ソフィは何か希望のようなものを見た気がしたのだ。
この逃れることのできないはずだった運命を、彼らならもしかしたら変えることができるのかもしれないと、いつからかそんなことすら考えるようになっていた。
だが、彼らにはこの組織から抜け出すことのできない理由があった。
ツヴァイ――彼は賢者の石の実験体であると同時に失敗作でもある。
アインが賢者の石としての完成品だとするなら、ツヴァイは模造品、あるいは未完成品だと言えた。
彼は心臓に埋め込まれている賢者の石に、常に生命力を補わなくては生きていけない身体だった。
生命力が足りなければ、ツヴァイは発作を起こし死に至る。
そのために薬を飲み続けなければならないのだが、この薬が容易に手に入る物ではないらしく、いつも量を制限されてしまっていた。
そんな彼を救うために、5人は各地を旅しては必要な情報を集めていた。
そしてようやく、北の山脈に住む竜の心臓を使ってツヴァイを救える可能性を見つけ出したのだ。
あらかじめ情報を漏らさないように、全員に言っておいたのは正解だったかもしれない。
下手に漏らせば組織の連中は必ずこちらの邪魔をし、目的のものを奪って行くだろう。
そして、ツヴァイの命を救うことを条件に、アインやフィーア、ツヴァイ自身を実験体として酷使し続けるに違いなかった。
これまでの間、ツヴァイに薬を与えることを条件に、アインやフィーアにひどい実験を繰り返してきたのと同じように。
そんなことは絶対にさせない。
ツヴァイを救い、組織の手の届かないところで5人で静かに暮らすのだから。
声をかけてもフィーアが戻ってこないところを見ると、彼女には何か考えがあるのだろう。
だったらそれをフォローするのが自分の役目だ。
そう考えたソフィは、フィーアの行動を静かに見守ることにした。