ホムンクルスの箱庭 第2話 第4章『錬金術の闇』 ②
4月26日
本日2回目の更新です。
アハトの性格って安定しないけどそこが逆にアハトっぽいですかね(/・ω・)/
その頃、勝手に地下室に入り勝手に出て行った張本人アハトはさっさと本宅に戻っていた。
リビングには眠っていたはずのグレイが起きており、古そうな酒をちびちびと飲んでいる。
「じいさん。」
「なんじゃ貴様、まだ起きていたのか。」
「ああ、ちょっと夜の散歩にな。実に面白いものが見れたよ。」
アハトの言葉の意味を何となく理解したのか、グレイはつまらなそうにつぶやく。
「・・・ふん、別に面白いものもなかったじゃろうに。」
「いや、実に面白かったぞ?地下にあったものは。」
「おぬし、あれが何かわかるのか。」
グレイの質問に対し、アハトは口元に微かに笑みを浮かべて答えた。
「錬金術には3つの種類がある。
1つは何かと何かを組み合わせて別の物を作る錬成術。
これは金属の錬成やホムンクルスの生成といった物質的なものだ。
2つ目に錬丹術、これは薬を作ったり医術的な面でいえば失った身体のパーツを再構成する手術なんかも入るな。そしてもう一つ・・・」
一度間を置いてフードは目深にかぶったまま、それでもグレイの目をまっすぐに見るようにしてアハトは最後の言葉を口にする。
「紋章術・・・確かかつて古の時代に、一人の錬金術師が未曽有の大災害を起こしたとされる禁術だったな。」
かつてまだこの大陸に錬金術が広まっていなかった頃、一人の錬金術師がとある実験を行った。
それがどんな内容だったのかは、記録には残っていない。
だが、大陸の3分の1にあたる人間たちが世界から姿を消し、その錬金術師も行方知れずとなった。
その際に使われた錬金術が、紋章術と呼ばれる紋章を描くことによって奇跡を起こす魔術にも似た何かだったという噂は、今も一部の錬金術師の間にだけまことしやかに語り継がれているのだ。
「・・・で?どうすると言うんじゃ、禁忌を犯したわしを糾弾するか?」
「そんな気はさらさらないな。」
「・・・長い間、錬金術師として生きてきたが結局、わしは何も残せんかった。」
アルスマグナに属さない錬金術師として、グレイは若い頃から旅をしつつ、一般の人々に錬金術を提供してきた。
錬金術とは高価な技術だ。
そして、アルスマグナに属している錬金術師は、援助や組織的な保護などの恩恵を得られる代わりに、作ったものを高価な値段で売って組織に還元しなければならず、一昔前は本当に必要としている一般の人間にその技術が行き渡らないのが当たり前だった。
今でこそ街の錬金術師のところでポーションや薬を安価に手に入れられるが、当時はそれですら一般人は手を出すことが難しかった時代だ。
そのことを不満に思っていたグレイは組織に所属することなく、主に錬丹術を基調とした身体に関する研究の成果を人々に惜しげもなく提供してきた。
手術こそできなかったがその腕前はかなりのもので、行く先々で人々に感謝された。
だが、いざ自分の一番大切なものを助けようとしたとき、そんなものは役に立たなかったのだ。
各地で技術を安く広めたグレイにアルスマグナは当然いい顔はせず、助けを求めても門前払いを食らい・・・最後は、危険な賭けと知りつつも大切な者を儀式の実験対象にするしかなかった。
「何言ってるんだ、地下には有用な情報がたくさんあったぞ。」
遠い目をするグレイにアハトはにやり、と笑って見せる。
「・・・お主、もしあれらを悪用する気ならわしにも考えがあるぞ?」
「いいや、あれはツヴァイを助けるための糧として使わせてもらう。」
「役に立つとは思えんがのう。あれは生贄に捧げる方はもちろん、生命の供給先も助からん。」
「じいさん、あんたは優秀な錬金術師だ。
俺もいろいろやってきた身だからわかる。
俺はそこを買って、あんたの儀式にツヴァイの命を託そうと思っているんだ。」
それには何も答えずうなだれるようにかぶりを振るグレイにアハトはぽつり、と告げた。
「・・・10年前。」
「ん?」
「この街で、アルスマグナによる大規模な実験が行われた。」
「・・・・・・」
「だが、その実験は失敗に終わり、この地域一帯の魔力は枯渇。
組織はこの街の支部を捨てた。」
他の4人には話さなかった事実を、アハトは淡々とグレイに語り始める。
「その時の実験対象はアイン。あいつもまた賢者の石を持つ実験体だ。ツヴァイと違って成功例だがな。」
「まさか、賢者の石がいくつも存在するとはのう。」
「そうだな。そしてじいさん、実験が失敗したのはおそらくあんたのせいだ。」
きっぱりと告げられた言葉に、グレイは訝しげに問い返した。
「ふむ・・・確かにわしが最後に錬金術の儀式を行ったのは10年前じゃが。
それとその実験が失敗するのと、どう関係があるんじゃ?
おまえらも知っているじゃろうが、わしはアルスマグナと繋がりはないぞ。」
「そうだじいさん。
あんたはアルスマグナの援助なしに錬金術の儀式が行えるほどの天才だ。」
「はん・・・何が天才じゃ。
大切なもの一つ助けられなかった無力な人間に対する嫌味にしか聞こえんぞ。」
不機嫌そうにグラスを傾けるグレイに、アハトはいつものふざけた様子ではなく真剣に語り掛ける。
「いやいや、俺は本気で言ってるんだぞ。
これは俺の予想だがじいさんは満月の夜に儀式を行った。
月が満ちれば魔力は高まるからな。
それがアルスマグナの儀式の日にちょうど重なり・・・そして、じいさんの儀式が優先されたんだ。」
「儀式が優先されるじゃと?」
そのことはグレイも知らなかったのか、片眉を上げて問い返す。
「近い場所で同系統の実験が行われた場合、より優れた方の儀式が優先されるんだ。」
「同系統の儀式・・・紋章術か?」
「ああ・・・当時、組織はアインの賢者の石の強化を目的とした実験を行った。
どういった内容かは、まあ、大体わかるだろう?」
「なるほど・・・他者の命を使ったか。」
自分が行おうとしていた儀式から考えれば、すぐに思い当たったのだろう。
グレイは迷うことなくそう答えた。
「ご名答。俺の予想だが一度はアインの元に行ったはずの力はじいさん、結果的にあんたの儀式に使われたんだ。」
「ばかな・・・!?ならばなぜわしの孫娘は助からなかった?
賢者の石を強化出来るほどの命が使われたのならば、なぜ・・・」
当時、グレイは孫娘を助けるために死力を尽くした。
自分の持っている技術のすべてをかけて、助けようとした。
我流の儀式だったが、生贄の数と魔力さえ足りれば紋章術の足りない部分も補えると思っていた。
それが失敗したときに、足りなかったのは捧げる命の数だったと、自分を納得させる以外になかったというのに。
「じいさん、あんたは単純に実験対象を間違えただけだ。」
「・・・そうじゃな、あの子は体も弱かったしそれに耐えられるだけの器ではなかった。」
グレイの視線は、暖炉の上にある写真立てに向けられている。
「違うな。想いが足りなかったのさ。」
「想い・・・か。錬金術師にあるまじき言葉じゃのうそれは。
わしが孫を助けたいという想いが足りなかったということか?」
苦笑するグレイに、アハトは真顔でこう答える。
「いいや、じいさんの孫娘の他者を踏みにじってでも生きたいと強く願う想いがだ。」
「・・・そうか。あの子は優しい子じゃった。
どんなに頑張ったところでそんな想いは抱けなかったじゃろうな。」
「なあに、今回はうまくいくさ。
ツヴァイならたとえ何を犠牲にしてもフィーアのために生きようとするだろうしな。
じいさん、大丈夫だ。明日のあんたの儀式は失敗しない。」
「ああ、おまえらはうまくやるといい。じゃったらこれを使うとええ。」
グレイがぽいっと、何かの欠片をアハトに投げてよこした。
「ん?」
反射的に受け取って手のひらを見ると、親指の爪ほどの大きさの結晶体があった。
「わしが儀式を失敗した時になぜかそこに残っていた小さな欠片じゃ。」
「そうか・・・」
「まあ、何かの役には立つかも知れん。」
「ありがたくもらっておこう。」
アハトはそれを懐にしまうと、何も言わずにその場を去って行った。
「・・・もし錬金術に想いなどという不確定な要素が関わっているのなら。」
その後ろ姿を見送ってから、グレイは再びグラスを傾ける。
「あの小僧を助けるのは当人の執念と、フィーア嬢ちゃんの想いだけで足りそうじゃな。
儀式に必要な供物は満月の魔力と・・・」
そして、空になったグラスをテーブルに置いてグレイは立ち上がる。
「老い先短い爺一人で十分じゃわい。そう思うじゃろう?」
暖炉の上の写真を手に取り笑うその姿は、天才錬金術師などではなく一人の孫娘を思う老人でしかなかった。
紋章術はこの世界のオリジナル錬金術です。
本来は比較的魔法寄りの技術なのかもしれませんがある事情によりこの世界観では錬金術に該当します。




