ホムンクルスの箱庭 第2話 第3章『廃墟の施設』 ②
水の都ファニアのイメージはベネツィアです(*´∇`*)
次の日のことだ。
街に出ていたアインは、覚えのある匂いに足を止めた。
掃除の後、そのまま出てきてしまったのか頭には三角巾、腕には小さな買い物かごという2メートルの巨体にはあまりにミスマッチな恰好のまま、アインは真剣な表情でくんくんと鼻を動かす。
「これは・・・薬のにおい?」
それは錬金術で使う薬品の匂いだった。
ポーションのような一般的な薬品ではなく、錬金術の実験に使うための高価な薬品の匂いだ。
少なくとも、市場に出回っている類のものではない。
不思議に思ったアインが匂いに誘われてその場所に行ってみると、そこはどこからどう見ても廃墟だった。
門に触れると錆びてキイキイと音がし、朽ちた屋根のてっぺんにはカラスが数羽いるのが見える。
庭もグレイの家よりもずっとひどい状態だった。
「・・・おかしいな、ここから匂いがするんだけど。」
こんな廃墟から、なぜ錬金術の薬品の匂いがするのだろう?
アインが中に入ってみようと、錆びた門に手をかけた時だった。
リンゴーン!リンゴーン!
街全体に響き渡るような大きな鐘の音が聞こえてくる。
それは正午を知らせる時計塔の鐘の音。
「わ!いけない!皆、おなかをすかせて待っているかもしれないのに!」
皆は明日の夜に行われる儀式のための準備をしている。
グレイの家にはアルスマグナにあるような機械装置こそないものの、彼が自作したという道具類や改良されたポッド、液体の循環器がほこりをかぶったまま置かれていた。
どれを使うのかはアインには全くわからないのだがそれらの整備が必要らしい。
もともとそういったことには疎く掃除以外役に立てそうもなかったので、食料の調達を買って出たのだが、街の構造が思っていた以上に難しく随分と遅くなってしまったのだ。
「早くみんなのところに戻らなければ!」
薬品の匂いも気になるが、今は大切なのはみんなのために食料を持って帰ることだ。
「よし!一気に戻るぞ!」
アインは廃墟を背にすると、近くの建物を駆け上がって屋根越しに飛び移りながらグレイの屋敷を目指した。
「なるほど、ツヴァイはあのじいさんにある程度必要な情報は公開したってことだな。」
昼食後、ツヴァイの部屋に集合して明日の儀式に関する作戦会議が行われていた。
その際にグレイに賢者の石のこと、自分の能力のことを話したとツヴァイが伝えるとアハトは納得したように頷く。
「悪いんだけど、僕の能力に関してはもう少し伏せさせてほしい。
皆のことは信用してるんだけど、いつどこで情報が洩れるかわからないからね。」
「いいわよ、気にしないで。
身内だからってなんでも言わなきゃいけないわけじゃないわ。
・・・って、私が言える立場じゃないかもしれないけど。」
「ありがとう、ソフィ。」
そんな様子をにこにこしながら見ていたアインだったが、ふと先ほどのことを思い出し話題に出してみることにする。
「そういえばさっき買い出しに行った時なんだけどさ。」
「ああ、何かあったのか?」
「ここに戻ってくる途中でちょっと気になるにおいを嗅いだんだ。」
アハトが尋ねた言葉にアインが答えると、それを聞いたソフィが訝しげな表情をした。
「気になるにおい?」
「もしかすると、錬金術の施設じゃないかって思ってさ。」
微かに漂ってきたのは、子供の頃から嗅ぎなれた匂いだった。
人狼族であるアインは人間よりもだいぶ鼻の効きも覚えもいいので、嗅ぎ間違えということもないはずだ。
「それにかなり前のことだから忘れていたんだけど、昔、この街のどこかに在ったアルスマグナの施設に来たことがある気がするんだ。」
もう何年も前のことだったためにすっかりと失念していたのだが、水のたくさんある街の支部に訪れたことがあったような気がした。
「それは本当なのか?」
「たぶん・・・10年位前かな?僕が7歳か8歳の時。」
そんなことは初耳らしくアハトが尋ね返す。
「どのあたりなの?
地図で教えてくれる?」
ソフィがテーブルに地図を広げると、長時間さまよった分、この街をだいぶ把握していたのか、アインは迷うことなく中央の広場の東側を指した。
「このあたりかな。」
「グレイさん自体は白だったけど、街は黒だったか・・・ごめん、情報不足だったわね。」
「仕方ないよ、ソフィのせいじゃない。
これだけの大きな街にアルスマグナが関わっていないわけがないんだ。
この街の水路も上下水道も、間違いなくアルスマグナの技術で造られたものだからね。」
悔しそうにしているソフィに、ツヴァイは慰めるように言った。
「うん、ありがとう。でも支部があったなんて・・・」
ソフィが調べた限りでは、この街に支部があるという情報はなかった。
10年前とはいえ、情報が全く残っていないなど普通ならありえないというのに。
「いや、組織に長くいる俺でもこの街の支部は知らない。
お前の情報網に引っかからなくても仕方ないさ。」
「あら、珍しく慰めてくれてるの?明日は雨かしら。」
「なんだと!むう・・・これでもお前の持ってくる情報は、信用しているつもりなんだがな。」
茶目っ気たっぷりに言ったソフィに、アハトはどこかバツが悪そうに言いながら視線を逸らす。
「しかしまあ、アルスマグナの支部ともなれば、何かしら役に立つ情報の一つや二つは手に入るかもしれないな。」
「これだけ大きな街の支部ですもの。多少危険を冒す価値はありそうだわ。」
破棄されているということは大方の資料は処分されてしまっているだろうが、薬品の香りがしたということはまだ使えるものが残っている可能性もある。
「でも、どうして破棄したんだろう?」
「さあな・・・地形か水かわからんが、錬金術に適さなかったのかもしれん。」
「錬金術に地形や水が関係するの?」
アインのその質問に、アハトは軽く肩をすくめてから答える。
「当たり前だ。
錬金術の中でも錬丹術、特にポーションの作成には魔力を含んだ水が必要だし、錬成術のゴーレム作成などは地質がものをいう。
土地自体に魔力がないと出来ない実験だって多いんだ。
錬金術と水と魔力は詳しいことは解明されてはいないが、密接な関係があると言われている。」
「へえ、知らなかったよ!」
「実験の趣旨にもよるが、この街が合わない理由があったんだろうな。」
「そういえば、この街は普通よりも魔力が少なく感じるの。」
「そうなのかい?」
ツヴァイに尋ねられて、フィーアはうんうんと頷く。
「でも初めからなかったんじゃなくてね。いっぱい使っちゃった感じ?」
「ふむ・・・何かの実験で土地の魔力を使いすぎて、使い物にならなくなったのかもしれんな。」
「なるほど、それなら破棄されているのも納得だわ。」
利用価値のない土地に、支部を置いておく意味もないのだろう。
これだけの大きな街だというのに、グレイ以外にはポーションを売る程度の錬金術師しかいない理由もそこにあるのかもしれない。
「そういえば俺も気になる物を発見したぞ。」
「何か見つけたのかいアハト?」
「ああ、この家を散歩していた時なんだが、地下に面白い施設を見つけたんだ。
おそらくはじじいが昔やっていた研究についてのものだと思うんだが。」
「なんだって!グレイさんはどんな研究をしていたんだろう。」
アインが興味津々に尋ねると、アハトはさらっとこう答える。
「俺の見た感じでは人体に関する研究だと思うがな。」
「まあ、錬金術には秘密が多いから、研究室が地下に作ってあってもおかしくはないけどね。」
「いや、俺の見立てではあまり人に見られたくない実験だったようだぞ。」
本宅とは離れた場所に、人目をはばかるようにしてわざわざ作られていた地下施設ともなれば、それなりに危険な儀式や実験が行われたと思っていいだろう。
「おじいちゃんの研究・・・?私、その施設を見てみたいの。」
何か思い当たることでもあったのか、フィーアが珍しく自分から積極的に発言した。
「俺が調べようと思っていたんだが、アルスマグナの支部について行かなくていいのか、フィーア?」
「私はアハトと行く。」
「じゃあ、僕もそっちに一緒に行くよ。」
フィーアが行くのならと、ツヴァイもそう申し出る。
「2人が一緒ならそっちは安心ね。じゃあ私はアインと一緒に行くわ。」
じと目で見ながら言うソフィに、アハトがやれやれと言ったように首を振る。
「俺がいったい何をするって言うんだ。」
「あえて言うならいろいろ?」
あえて具体的な例は出さずに、ソフィはしれっと言ってみせる。
話し合いの結果、地下施設にはアハトとフィーア、ツヴァイの3人がアルスマグナの施設があるかもしれない場所にはアインとソフィが行くことになった。
「じゃあ、二手に分かれて行動しよう。」
「そうしましょう。
私は馬車に行って馬の世話もしなきゃいけないし外に出る方が都合がいいわ。」
「あ、そうだアハト、よかったら一つグレネードを貸してもらってもいいかい?」
「ああ、必要ならいくらでも持っていくがいい。」
気軽な様子でグレネードをやり取りするアインとアハトの2人をもしグレイが見ていたなら、きっとフィーアにこう言ったことだろう。
『フィーア嬢ちゃん、友達は選んだほうが良いぞ』と。
アハトはちゃんと錬金術士なのに真面目な話してると違和感しか感じない(´・ω・`)




