ホムンクルスの箱庭 第2話 第1章『続・炎の旅立ち』 ③
本日2度目の更新です。
「ツヴァイ、さっき一瞬ドライの声がしたような・・・」
ほんの少し戸惑ったような怯えたような表情で、フィーアがツヴァイの服の袖を引っ張った。
先ほど脱出する寸前で微かに聞こえた女性の声に、フィーアは聞きおぼえがあった。
「いや、きっと気のせいだよ。」
しかし、にっこりと笑ったツヴァイは、はっきりとそれを否定する。
「そっかあ・・・ツヴァイが言うならきっと気のせいだね。」
「そ、そうだよ・・・」
明らかにツヴァイの目が泳いだことに、フィーアは気付かなかったようだ。
ツヴァイがわざわざごまかしたのにはわけがある。
フィーアの言うとおり、先ほどの声の主にツヴァイも思い当たる人物がいた。
おそらくその声の主は『ドライ』・・・フィーアの双子の姉だ。
彼女はなぜかフィーアを目の敵にしていて、事あるごとにいじめる。
そのためにツヴァイとしては、できうる限りフィーアに近づけたくない存在なのだ。
そんなわけで、ツヴァイの中ではさっきの声は聞こえなかったことになったのだった。
「フィーア、ツヴァイの身体に竜の宝玉を取りこむ方法は分かったのかしら?」
「うん・・・まだ完全ではないけれど。」
ソフィの質問にしょんぼりとうつむいてしまったフィーアの頭を撫でてから、ツヴァイが代わりに説明した。
隠れ家に滞在している間に、2人が竜の宝玉やそれに関連する錬金術を元に調べていたことがあった。
竜の宝玉を供物として、賢者の石の適合化を再度行う方法。
施設から持ってきた資料を参考にしながら調べたのだが、今の状態では儀式に関する知識が足らず、成功率は3割程度になってしまう。
本格的な儀式をするためには、やはり自分たちが所属していた錬金術師の組織『アルスマグナ』の施設に潜り込み調べる以外には方法がないらしい。
「時間が足りないわね・・・」
ソフィが深刻な表情をすると、ツヴァイの身体の状況を知っているフィーアも泣きそうな表情をする。
そのことに気付いたツヴァイがフィーアの肩を抱いてフォローするように言った。
「いや、完全に治すことはできなくても、錬金術の設備が整った施設なら、竜の宝玉からバイパスをつなげる儀式さえできれば、まだ僕の身体はもつと思うんだ。」
賢者の石に生命エネルギーを供給することさえできれば、完全に治すことはできなくても致命的な事態だけは避けられるはず。
むろん、それは本当に一時的なもので、無茶をすればただでは済まないだろうが。
「なるほど、一時しのぎではあるけどその方法は有効そうね。」
完全に助けるためには、心臓に竜の宝玉を取りこむ儀式が必要となる。
やはり組織との接触は避けられないだろう。
それから2週間。
薬でツヴァイの体調を何とか安定させながら、一行は水の都『ファニア』にたどりついた。
そこは時計塔のある中央の広場を中心に、東西南北に大きな水路を隔てて広がった街。
夕刻になると街の至る所が水に沈み、船以外での通行が困難になる。
入口に馬車を預けた一行は小さな船を一艘借りて、目的の錬金術師の家まで行くことにした。
「うおおおおおおっ!!」
ばっしゃばっしゃとオールを漕いで、周りの船とは明らかに違う速度の小船が街を暴走していた。
それは言わずと知れた5人の乗る船で、こいでいるのはもちろんアインだ。
「あいーんっ!
力任せに漕ぐのはやめてよ!?」
船を漕ぐ技術などどこへやら、アインが力のみで船を操るのに対して、ソフィが突っ込みを入れた後うっぷと口を押さえた。
船は水の上を走っているというよりは。もはや跳ねていた。
こう言ってはなんだが乗り心地は最悪だ。
「に、兄さん・・・僕もう限界、うっぷ・・・」
「ツヴァイがしんじゃうー!」
船酔いしているツヴァイに寄り添うようにしていたフィーアが、泣きそうになりながら叫んだ。
「アイン、もうちょっと緩やかに漕いで!」
さすがにまずいと思ったソフィが注文をつけるが、アインの耳には届いていないらしい。
「ふ、船がこんなに気持ち悪いものだとは・・・
フィーア、フィーア!大丈夫!?」
「せ、世界が回ってる・・・」
すっかり船酔いしてしまったツヴァイとフィーアに、アハトが涼しい顔で言った。
「何言ってるんだ、世界は初めから回ってるじゃないか。」
「いいこと言ったと思うなよっ!うっぷ・・・」
しっかりと突っ込みを入れた後、ツヴァイは再びぐったりとしてしまった。
水上都市の暴走族と化した一行は、そのままの速度で街を駆け抜けて、錬金術師の家の近くに船を止めたのだった。
「ふう、船がこんなに揺れる乗り物だとは思わなかったね。」
船着き場にようやくたどり着くと、先に降りたアインがさわやかな笑顔で言った。
船が揺れまくったのは、どこかの誰かが筋力のみで漕ぐなどという無茶をしてくれたせいなのだが、残念ながらそんな突っ込みを入れる余力は3人には残っていない。
アハトに関してはあれだけ揺れたというのに、何事もなかったかのように船を降りる。
「大丈夫かい?ツヴァイ。」
「う、うん・・・誰かのせいだけどね。」
船を降りる手助けをした後アインは背中をさすってくれるが、それに対してツヴァイは突っ込みを入れずには居られなかった。
「ああ、これは大変だ。
ツヴァイを少し休ませないといけないかもしれない。」
もはや誰のせいだという突っ込みを入れることもできず、ツヴァイはアインにひょいっと担がれてしまう。
「ぼ、僕は良いからフィーアを休ませてあげてくれ・・・」
力尽きかけながらも、ツヴァイが気にしていたのはフィーアのことだった。
フィーアも同じくソフィに支えられながらぐったりとしている。
「フィーア、しっかりしなさい?・・・うっぷ。」
「も・・・もうだめ。」
「ああ、ソフィ、フィーア!なんてことだ・・・!
船とはなんと恐ろしい乗り物なんだ!」
船の恐ろしさを再確認したかのように言うと、アインはついでにフィーアのことも肩に担ぎあげたのだった。
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