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ホムンクルスの箱庭  作者: 日向みずき
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ホムンクルスの箱庭 第1話 第1章『炎の旅立ち』 ①

プロローグから少し遡ります。


※5月26日に文体を少し整理しました。

 森の中の細い小道を一台の馬車が走っていた。

 その御者席では、アインが先を急ぐように馬を操っている。

 彼の表情は明るく、どこか期待に満ちていた。

 しばらくすると、馬車は森の中には不釣り合いな建物に辿りつく。

 何かの施設と思われる白く無機質な建物と併設された孤児院は、彼らの家でもある場所だ。


「兄さん、もう着いたのかい?」


 馬車の荷台から、か細い声が聞こえた。


「ツヴァイ、大丈夫?」


「平気だよ。」


 こほっこほっと咳き込むような音がして、心配そうに話しかけるソフィの声も聞こえる。

 御者席から降りて馬をつなぐと、アインは馬車の後ろに回ってホロを開けた。


「着いたよ、大丈夫かいツヴァイ?」


 声をかけると咳き込んでいたツヴァイはにこっと笑って答える。


「大丈夫だよ、兄さん。」


 呼吸が苦しいのか深く息を吐く彼の背中を、フィーアがそっと撫でてやっていた。


「フィーアも心配かけてごめんね?」


「ううん、ツヴァイが元気になるまでがんばるから。」


 人懐こい笑みを浮かべた彼女は、クマのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。




「父さん、母さん!只今、戻りました。」


 アインたちはまず孤児院ではなく、併設された施設にある施設長の部屋を訪れていた。

 旅から帰ると、まずそこに挨拶に行くのが決まりとされているからだ。


「おや、アイン。何かいい情報を手に入れたのかい?」


「はい!!ついにツヴァイを救うための方法を見つけたんです!」


 人の良さそうな笑みを浮かべながら話しかけてきた金髪の男性に対して、アインは何よりもうれしそうに頷いて興奮したように告げる。


「ほう、それは・・・ぜひとも聞かせてもらいたいな。」


 アインはこの施設長のことを父親と慕っており、本来であればすぐにでもその情報を伝えたいところではあったのだが。


「待ってくれ、今回の情報はまだ確定されたものじゃない。

 伝えるのは事の真相を確かめてからでもいいだろう。」


 にこにことしながら男性が話の続きを求めると、アハトが会話に割って入った。


「そうなんです。

 父さんと母さんをがっかりさせるのは忍びないので、僕たちが直接その場所に行って確かめてから報告しますので!」


 アインは他の皆から言われた『確定のない情報で相手をぬか喜びをさせてはいけない』という意見には賛同できたので、それを守ろうとしていた。


「いやいや、子供たちが危険な場所に行くのに親が知らないのはダメだろう?

 ぜひとも教えてもらいたいんだが・・・」


「・・・いやです。」


 情報を引き出そうとする男性の強引な姿勢を拒否したのは、意外なことにフィーアだっだ。

 小さな声で、それでもしっかりと言葉を口にする彼女を見て、施設長の隣にいた冷たい表情の女性が舌打ちをするとフィーアはびくっと震えてツヴァイの後ろに隠れてしまった。


「おやおや、フィーアは反抗期かな?」


 女性とは対照的に笑顔を全く崩さない男性を見て、フィーアはますます怯えたようにツヴァイの服の裾をつかむ。


「フィーアを怯えさせるのはやめてください。」


「私たちはツヴァイのために骨身を砕いているというのに、そんなことを言われてしまうなんて悲しいな。」


 ツヴァイは何とも言えない表情で男性たちに警戒するような視線を送りながらも、フィーアを庇うように前に立った。


「とにかく、旅立ちの前にツヴァイの健康状態のチェックをしたいので、私たちはそろそろ失礼します。」


 成り行きを見守っていたソフィはそう切り出すと、全員に部屋を出るように視線で促す。


「それじゃあ父さん、母さん!

 僕たちはツヴァイのために必要なものを探しに行ってきます。」


 アインだけが何も疑わない純粋な言葉を残して、最後に部屋を出る。

 部屋を去る間際、フィーアが口の中で小さく呪文を呟きドアの接続部を凍らせたことには誰も気づかなかった。




「みんな・・・やっぱり、竜を倒すなんて危険なまねはやめない?」


 部屋を出てすぐに口を開いたのは、他ならぬツヴァイ自身だった。

 誰もが皆、驚いたようにそちらに視線を送る。

 ツヴァイは過去に行われた実験の影響で、心臓に欠陥を抱えていた。

 そんな彼を助けるために今まで動いてきた仲間たちからすれば、それは驚くべき言葉だ。


「え・・・?」


 フィーアが不思議そうに見つめると、彼は真剣な表情でこう告げた。


「僕なんかのために、みんなが危険な目に遭うのは嫌なんだ。」


 竜の心臓にあるといわれる宝玉の力を使ってツヴァイを助けることが出来る、というのが今回、彼らが知り得た情報だ。

 竜がどんなものなのか見たこともないので想像することしかできないが、それが危険なことであるのは間違いない。

 ツヴァイにとって4人は家族も同然だ。

 竜は危険な生物だと聞く、それなのに家族を危険な場所に向かわせるのは彼としては到底受け入れがたかった。


 ところが・・・


「何言ってるんだ!!

 やっとツヴァイを助ける方法が見つかったんだぞ!」


 アインが感情のままに手を振ると、近くにあった壁にうっかり拳を叩きつけてしまった。

 ドーンッ!!っと大きな音がして建物全体が揺らぐ。


「もう、アイン、落ち着いてよ?

 ツヴァイは私たちを心配してくれているだけでしょう。」


「ご、ごめん・・・」


もともと悪気はなかったアインは、ソフィにたしなめられて慌てて拳を下ろす。


「でも、アインの言うことも一理あるわよツヴァイ。

 私たちの目的を忘れたわけでもないでしょう?」


「それは・・・」


 5人の目的、それはツヴァイの身体を治し組織から離れて静かな場所で暮らすこと。

それを叶えることができる方法をようやく見つけたというのに、その機会を不意にすることなどできるはずもない。


「大丈夫、皆でツヴァイを助けるから!」


「フィーア・・・そうだね、ごめん。」


 ぎゅっと手を握ってフィーアが微笑むと、つられるようにツヴァイも微笑む。


「よし、それじゃあ皆で竜を倒しに行きましょうか。」


「そうだね!ツヴァイは僕たちが治すんだ。」


 ちなみにこの時のアインの一撃で建物が歪み、あちこちのドアの建てつけが悪くなっていることなど誰ひとりとして知る由もなかった。




 怪しい黒づくめの人物が、子供たちの前でジャグリングをしていた。

 ここは孤児院の庭、10人程度の子供たちが集まってその様子を興味深げに眺めている。

 服装からすると子供たちをさらいに来たアブない人物に見えなくもないが、子供たちが懐いているところを見るとどうやら人攫いではないらしい。


 不審人物は子供たちにせがまれ、自分なりに彼らを楽しませようとしているところのようだ。

 しかし、ジャグリング用のピンにしては少し形状がおかしい。

 金属の柄に黒い棒状のものがついているのだが、柄の先端に金属のピンがついている。

 そんな突っ込みどころ満載の大道芸を披露している黒づくめの不審人物は、当然のことながらアハトだった。


 あの後、ツヴァイのメディカルチェックをするためにソフィはツヴァイとフィーアを連れて施設内の別の場所に移動し、アインは久しぶりに施設を一回りしてくると言って一人でどこかに行ってしまった。

 

 なので暇を持て余したアハトは、孤児院側に移動して子供たちの様子を見に来たのだ。


「おおー、アハト兄ちゃんすげえ。」


「兄ちゃん、もっといっぱいやってみせてよ!」


「いいだろういいだろう。俺様の美技に酔うが良い。」


 調子に乗ったアハトが8本目のピンを取りだした時だ。


「あっ。」


 つかみ損ねた1本がすぽーんっと遠くに飛んで行った。


 そして・・・


ちゅどおおおんっ!!


 ものすごい爆音が辺りに響き渡った。

 子供たちは途端にパニックを起こして逃げ回る。


「おっと、俺としたことが手を滑らせてしまった。」


 アハトの右の親指には、グレネードから抜けたと思われる金属のピンが1本引っかかっていた。

 なぜグレネードでジャグリングをするのか?

 彼にそんな当たり前の突っ込みを入れてくれるはずのソフィは残念ながら不在だ。


「はっはっは、やってしまったな。」


 言葉とは裏腹に特に悪いことをしたとは思っていないのか、アハトは鼻歌を歌いながらその場を後にする。

 

 当然のことながら爆発音を聞きつけた研究員たちが、何が起きたのかと施設から一斉に外に飛び出してきたが、その時にはアハトはその場から立ち去っていた。

 爆発の原因を調べるために、研究員たちはこれでしばらくは施設の中に戻ることはないだろう。

 なお、その爆音のせいで子供たちが数人、施設から逃げ出したとか逃げださなかったとか。

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