ホムンクルスの箱庭 第5話 最終章『箱庭の物語』 後編
今日で最終回となります(`・ω・´)
これまで読んでくださった皆様、ありがとうございました( *´艸`)
最後まで無事に書き終えられたのも、応援してくださった方々のおかげです。
拙い文章ではありましたが、お付き合いいただきありがとうございました。
マリージアが正体不明の化け物に襲われた事件から数日、奇跡を起こす光の雪が降り注いで一晩のうちにいなくなったはずの人々が戻ってきた。
人の口に戸は立てられない。
そんな噂が各国に広がることを、完全に抑えることなどできるはずもない。
それでも、たった数カ月でその噂が下火になるように情報操作をした人物がいた。
彼女は嘘も真実も織り交ぜて、人々の好奇心を煽るような噂を逆手にとって情報をかく乱することに成功した。
だが、彼女は知っている。あの時の真実はこうだ。
完成されたフィーアの紋章術は害意のあるものだけを純粋な力に変え、それ以外のモノたちをヌルの呪縛から解放した。
その力の中に漂っていた人々の魂は紋章術を介してアインの賢者の石に記憶され、それを基に身体を再構成するという方法で取り戻されたのだ。
ヌルとの戦闘の中で明らかになったアインの能力のひとつに、相手のことを記憶することによってその対抗策を創り出すというものがあることが判明した。
厳密に言うと少し違うと紅牙は言っていたが、わかりやすく説明するとそんな感じらしい。
その能力を応用して、消えた仲間たちを取り戻した時と同じように人々を作り直した。
もちろん、何百人もの人々を簡単に生成することなどできるはずもなく、記憶を受け入れるホムンクルスを形成する際にはアハトとグレイ、クリストフ、ジョセフィーヌが全力を尽くしてくれた。
一晩というのは脚色があり、実際は一月以上もの時間を要したのだ。
その間、外から来た人々をごまかしてくれたのはアフロの勇者であり、生き残ったマリージアの人々でもある。
彼らは自分たちの家族を取り戻してくれたお礼にとアルスマグナの施設の暴走(ということに表向きはなっている。)を許し、アインたちに協力してくれたのだ。
そんな奇跡から数カ月、情報操作に奔走していた彼女は未だ家族の元には戻れずにいた。
「犯罪組織で学んだとはいえ、手に入れた技術はやっぱり裏切らないわね。」
自嘲の笑みを浮かべながら、ソフィは各国に広がったマリージアの情報に目を通していた。
いわく、謎の怪物がマリージアを襲い一晩のうちに滅んでしまった。
いわく、未知の病原菌が蔓延し人々が消えてしまった。
しかし、どの記事の終わりにも書かれているのは。
「マリージアの人々に異変はなく、結局・・・真実はわからずじまい。か。」
マリージアの異変は周辺だけでなく、他の国々にも伝わったはずだ。
だが、結局のところ各国から調査員が送られたのはそれからだいぶ後のこと。
つまり、マリージアの人々が戻り始めてからのことだった。
調査員たちが見たのは、今までどおりに暮らす人々の姿。
そして、彼らは口をそろえてこう言ったのだ。
『私たちは今までどおりに生活をしているだけだ。』と。
もちろん、そんな言葉を信じずに調査を続けた者たちもいただろう。
実際のところ、アルスマグナの本拠地である巨大な錬金施設は機能停止した状態になっていたし、他の国から駆け付けた研究員たちはその原因の解明に追われていたはずだ。
そして、その中で各国の調査団たちから質問攻めにあっていたことだろう。
まあ、ソフィとしては紅牙や他の家族たちのことが情報として漏れなければ後はどうでもいいので、その辺りは放置しているが。
「そろそろ・・・皆の顔が見たいな。」
プロの工作員であるはずのソフィの口からぽろっとこぼれたのは、そんな本音だった。
鳥が空を飛んでいた。
ソフィはつられるように空を見上げる。
この空はきっとどこまでも続いていて、家族たちの元にも同じ空があって。
らしくもなくセンチメンタルな気持ちになったソフィが、軽いため息をついた時だった。
ちゅどおおおおんっ!!
「・・・っ!?」
ものすごく聞きなれた音が聞こえてきた。
近くで何か爆発が起きたらしい。
ソフィは反射的にそちらに走り出していた。
そんなはずはない、そう思っているのに足取りは期待しているかのように軽くなる。
その場所は、砂埃と煙で充満していた。
けほけほと咳き込みながらも、ソフィはそちらに向かって目を凝らす。
すると、ほどなくして煙の中に人影が現れた。
「ふう、やれやれだ。」
それは、ソフィと彼が初めて出会った時にとてもよく似ていた。
互いに印象としては最悪だったその出会いも、今となっては運命だったのではないかとソフィには思える。
「着地に失敗して、グレネードを落としてしまった。」
「何やってるのよ!」
いつも通りの言葉に、ソフィはいつも通りの突っ込みを入れる。
現れた人物はソフィを見つけてにやり、と笑うと。
「やはり俺は、工作員としてはまだまだなようだ。
そういうわけでソフィ、おまえの力を貸してくれないか?」
ソフィに向かって手を差し出した。
「・・・ったく、ほんと、ほんと変わらないわね。」
ソフィは苦笑しながらもどこか嬉しそうに。
「その代わりあんたは、私を引っ張って行ってくれるんでしょう?」
「ああ、そういう約束だからな。」
その手を取って、微笑んだ。
「ただいま、アハト。」
「おかえり、ソフィ。」
2人は並んで歩き出す。共に家族の元へと帰るために。
昔、ポッドの中にいた時に紅音が話して聞かせてくれた花畑によく似た場所。
ツヴァイが選んだのはそんな場所だった。
色とりどりの花が咲き乱れるその場所は暖かな日の光に包まれ、柔らかな風が吹き抜ける。
「綺麗~♪」
懐かしさを覚える場所に連れてきてもらったフィーアはご機嫌だった。
今日はぬいぐるみのそうちゃんもお留守番、ここにはツヴァイとフィーアの2人きりしかいない。
「これで邪魔は出来まい・・・」
「蒼ちゃん何か言った~?」
「いや、なんでもないよ。」
ぼそっとつぶやいた言葉をなかったことにして、ツヴァイはにっこりと微笑む。
彼女と2人きりになるために、ここしばらくずっと計画を練ってきたのだ。
ここで誰かに邪魔をされるわけにはいかない。
「綺麗だね、紅音。」
「うん、連れてきてくれてありがとう蒼ちゃん!」
しばらくそんな光景を眺めていたフィーアが、遠くを眺めながら話しかけてきた。
「ねえ、蒼ちゃん。」
「ん?どうしたんだい?」
彼女は瞳の奥にほんの少しだけ悲しみの色を湛えたまま、言葉を続ける。
「私が今まで生み出してきた絶望を消すことはできないけれど・・・それだったらせめて、私はそれ以上の希望を皆に与えたい。
でも、私は弱くてそれはきっと一人じゃできないことだから・・・」
ツヴァイを見て笑顔になったフィーアの瞳には、もう悲しみは宿っていなかった。
「もしよかったら、蒼ちゃんが一緒に・・・ん!」
皆まで言い終わるよりも早く、ツヴァイの人差し指がそっとフィーアの唇を抑える。
「そういうのは、男の方から言わなくちゃ。」
にこっと笑ったツヴァイは、スッと手を振って空間から何かを取りだした。
それを手にすると、もう片方の手を自分の胸に当ててフィーアの前にひざまずく。
そして・・・
「紅音、君の夢を僕も一緒に叶えさせてくれるかい?」
フィーアの手を取り、左手の薬指に手にしていた指輪をそっとはめた。
その指輪には、ツヴァイの瞳と同じ色をした蒼い宝石が輝いている。
「蒼ちゃん・・・ありがとう。それなら、私も一緒に蒼ちゃんの夢を叶えるね。」
「うん。僕たち2人でなら、どんな願いだって叶えることができる。
これから先も、ずっと2人で夢を叶えて行こう。」
立ち上がったツヴァイが、フィーアを抱き寄せてそっとその頬に手を添える。
フィーアは頬を赤く染めて静かに瞼を閉じた。
2人の影が重なり、花園を強い風が吹き抜ける。
舞い上がる花びらは、まるで2人を祝福しているようにも見えた。
「今日こそコウガにぃちゃんを倒すぞー!えいっ!えーい!」
「こらこら、それじゃあだめだって言っただろう?」
「コウガにいちゃん、今度は僕に剣を教えてくれよー!」
かまってもらおうとはしゃいでいる子供たちの相手をしながら、青年は幸せそうに笑っていた。
「わかった、その代わり順番は守るんだぞ。」
そんな会話をしている彼の元に、家族たちがやってくる。
その姿を確認すると、彼は穏やかな笑みを浮かべてこう言った。
「みんな、おはよう。」
「おはよう、紅牙おにいちゃん!」
バスケットを手にしたフィーアが挨拶を返すと、青年――紅牙は微笑み返した。
「ほら皆、そろそろ昼ごはんだから家に戻るんだ。」
そして、子供たちに先に戻るように促す。
『は~い!』
別宅ではジョセフィーヌとクリストフが子供たちを待っているはずだ。
子供たちが元気よく走っていく姿を、彼は優しいまなざしで見つめている。
「おはよう兄さん!懐かしいね。」
そんな紅牙の姿が、昔に重なって見えたのだろう。
「昔、兄さんはああやって、僕にもいろいろなことを教えてくれたよね。」
アインは嬉しそうに笑った。
「ああ。」
「やっぱり、兄さんは教えるのがうまいや。」
「皆にいろんなことを教えるのが、こんなに楽しいと思うのはどのくらいぶりだろう。
こんな感覚はすっかり忘れてしまっていた。だから、今は毎日がとても楽しいんだ。」
穏やかに微笑む紅牙からは、かつての荒々しい様子は微塵も感じられない。
「改めてありがとうな、皆。俺は今、幸せだぞ。
やっと・・・ずっと欲しかった夢をつかみ取ることが出来た。」
「まだまだ、楽しいことはこれからだよ兄さん!」
「そうだったな。なにせ、これからは家族みんなで暮らして行くんだからな。
子供の時からいろんなことを家族でしたかったんだ。それを、一つ一つ叶えて行こう。」
皆の顔をそれぞれ見てから、紅牙がツヴァイの元に近づいて行く。
「蒼夜、すまなかったな。」
それにはいろいろな想いが込めれているのだろう。
それを正確に受け取ったツヴァイは小さく首を横に振って。
「いいえ、あなたは家族なんだから、家族に迷惑をかける時だってあるんじゃないですか。」
そんな風に答えて見せた。
そして、いたずらっぽく笑ってこう付け加える。
「ただし、あなたの可愛い妹さんは僕がもらっていきますけどね。」
「簡単にもらえると思うなよ?」
互いに顔を見合わせてニヤッと笑いあったところで、向こうでアインたちと話していたフィーアがパタパタとかけてきた。
「紅牙おにいちゃん、ごはんまだでしょう?
皆で食べようと思ってお弁当を作ってきました~♪」
フィーアが差し出したバスケットの中には、おいしそうなサンドイッチがたくさん詰まっている。
「そうか!じゃあ、あっちで日向ぼっこにちょうどよさそうな場所を見つけたんだ。
皆でそこで食べよう。」
お弁当を見て嬉しそうに笑った紅牙が先に歩き出す。
それに続くように他のメンバーも後に続く。
隣に並ぶフィーアの持つバスケットの中を確認しながら、紅牙がうきうきしたように言った。
「こっからここまで、全部食ってもいいかな!」
それは大きなバスケットのサンドイッチの半分をさしていた。
「大丈夫!お弁当は二段になってます。いっぱい作ったからたくさん食べてね。
半分は私が作って~、もう半分はおねえちゃんが作ってくれました~♪」
「そうか、じゃあ半分は気をつけて食べないとな・・・」
ほんの少し表情を曇らせた紅牙だったが、すぐに笑顔になるとアインの肩をポンッと叩く。
「銀牙、頑張れよ!」
「た、たのしみだね・・・おいしそう。」
そう言いながらもアインの肩が小刻みに震えているのは、気のせいではないようだ。
「ああ、これからも・・・これから先も、本当に楽しみだ。」
幸せをかみしめるように言う紅牙を見て、アインは幸せそうに目を細める。
紅牙の案内してくれた日当たりのいい場所、そこにはグレイが先に待っていた。
他の皆が飲み物や食べ物を用意している間に、アインはドライとこっそりとあの時、皆のために選んだ食器を取り出す。
「ふふ!ついに私たちのセンスがすごいところを見せ付ける時が来たわね犬!」
「わん!」
いつものやり取りをしながら、2人は周りの反応を心待ちに食器を並べ始める。
「ところでアイン、私、リボンなくなっちゃったんだけど。」
「え?あ・・・」
言われてみればここしばらくの間、ドライが髪をフィーアと同じツインテールに結いあげている姿は見ない。
ルビー色をした彼女の綺麗な髪は、ほどかれたまま腰のあたりまで伸びてしまっている。
「ご、ごめん!約束通りリボンを・・・!」
つけていることにすっかり違和感がなくなっていた腕のリボンを、アインは慌ててドライに返そうとする。
戦いが終わってから返すという約束を忘れていたわけではないのだが、何となく惜しくて手元に残しておいたとは言えない。
しかし・・・
「それはいらないわよ、あんたにあげるわ。」
そんなアインの気持ちを知っていたのかどうかはわからないが、ドライがあっさりとそう申し出た。
「大切な物じゃないのかい?」
「大切なものだから、あんたにあげるの。」
ドライからしてみれば、そのリボンはフィーアとおそろいでいるために必要不可欠なものだった。
いつでも一緒にいて自分がフィーアを守り続ける、そういった決意の表れだった。
けれど、ドライにももう分かっているのだ。
こんな意地悪な姉にずっと甘えてくれたかわいい妹は、成長してしまった。
もう、妹とお揃いでいるだけの姉は卒業しなければならない。
「その代わり、あんたが私の新しいリボンを買いなさい。
今度、私と一緒に街に行って一緒に買うの。私の気に入るもの以外を選んだら、許さないわよ。」
「任せてよ!ぴったりなのを選んであげるから!」
「しょうがないわね、今回もあんたを信じてあげる。
だから、今は皆を喜ばせることに専念して次のデートは・・・」
言いかけたドライがハッと気づいたように言葉を中断する。
「な、なんでもないわよ!!次の買い物の時、覚悟してなさいよねっ!」
真っ赤になったドライはせっせと食器を並べ始めた。
すると・・・
「わ~い!このお皿かわいい、蒼ちゃんみたいなわんこが描いてある~♪」
駆け寄ってきたフィーアが真っ先にそのお皿を手にとって、大喜びしている。
「ちょっとフィーア、何言ってるのよ!あいつなんかじゃないんだからね!」
「蒼ちゃんだ、蒼ちゃんだ~♪」
フィーアが嬉しそうにしていると、ドライがお皿を取り上げようとした。
「キーっ!そんなお皿たたき割ってやるわ!」
「わ~ん!やだー!」
やきもちを焼いたドライにお皿を取られそうになって、フィーアが慌てて逃げ回る。
「こらこら、喧嘩するんじゃないぞい。」
そんな様子を眺めながら、グレイはまるで孫娘たちをたしなめるように声をかける。
「悪役の私にもこんな食器を用意してもらえるとは、幸せなことだな。」
自分のために用意された食器を目の前に、アルバートもうれしそうに笑う。
それぞれに渡された食器を使って、全員がサンドウィッチを食べ始めた時だ。
「ぐふ・・・っ!馬鹿な、生体金属の身体で出来ているこの私が倒れる、だと・・・!?」
アルバートの悲鳴が聞こえたかと思うと、彼はその場に突っ伏していた。
「ごふうっ!」
それに続くように、紅牙が口にしたサンドウィッチを噴き出す。
「と・・・とと、とてもおいしいよ、ドライ。」
小刻みに震え青い顔をしているアインが、満面の笑みを浮かべて言った。
「わ、私の悪意を思い知りなさい・・・っ!」
その隣で自分の作ったサンドウィッチを口にしたドライが、涙目でぴるぴると震えている。
ドライの料理は究極的に不味い。
それは家族内では今となっては周知の事実なのだが、引き当てた人間が地獄を見る光景は毎日の名物ともなっていた。
「さすがフィーアの作ったサンドウィッチ、世界一おいしいよ♪」
「ありがとう~!蒼ちゃんへの愛情をいっぱい込めて作りました♪」
こちらではフィーアの作ったサンドウィッチを的確に探し当てたツヴァイの行動により、平和な食事風景が保たれている。
死屍累々と他のメンバーが横たわる中、自分たちの幸せ空間を作りあげているようだ。
「むきー!ムカつくわツヴァイ、私の料理を食べなさい。」
「絶対にごめんだ!」
「紅音、おまえが作ったサンドウィッチを全部食ってもいいかな!?」
「そんなのダメに決まってるだろう!っていうか、さりげなく紅音って呼ぶな!!」
2人だけの世界はドライと紅牙という乱入者によってあっという間に邪魔されてしまったようだが、突っ込みを入れるのに忙しそうにしているツヴァイもどこか楽しそうだ。
家族たちがそこにいて、皆で食事をしている。
そんな光景を、アインは幸せそうに見つめていた。
これは小さな『箱庭』から始まった物語。
箱庭からあふれ出した希望はほら、今ここに在る。
もしかすると第二期があるかもしれません(*ノωノ)
皆が大暴走で、まとめるの大変だった第二期が・・・遠い目。
私が書けたら公開されることもあるかもしれません(; ・`д・´)