ホムンクルスの箱庭 第5話 第8章『白銀の獅子』 ④
今日はおじいちゃんたちシーンです(`・ω・´)
「プリズムって知っているか?
光を屈折、分散させるための透明な媒質でできた多面体のことだ。
まだまだ勉強不足の様だな紅牙、これが終わったら俺がいろいろと教えてやろう。」
にやり、と笑ったアハトを見てヌルが面白くなさそうに鼻を鳴らした。
『・・・家族でもないおまえから、学ぶことなど何もない。』
「やれやれ、まだそんなことを言っているのか。そんな子供は、お仕置きしないといけないな。」
『やれるものならやってみろ!!』
苛立ちを隠しきれないように、ヌルが前足をアハトに向かって振り下ろす。
それはアハトごと地面を打ち砕くはずだった。
だが・・・
『ぐ・・・!!』
ソフィの防風の防壁がその攻撃を抑えた隙をついて、アハトが擦り抜けざまにグレネードを放り投げる。
振り下ろした先で爆発が起こり、ヌルはその爆風をまともに受けた。
それに合わせるように、フィーアがヌルの足元に形成した紋章陣から氷の嵐を発生させる。
ヌルはその場から飛び退くことでそれを回避しようとしたが。
「私に任せなさい!!」
とっさにドライがヌルに向かって精神干渉をする。
『ドライ、おまえの悪意は俺には効かない。』
「紅牙おにいちゃん、あんまり舐めてると私の悪意が爆発するわよ!!」
ドライがどのようにして精神干渉をしたのか、その場にいた者の中ではフィーアにしか分からなかったが。
『・・・っ!?』
ヌルが怯んだかと思うと、小さな氷の刃が一斉に吹き荒れてその身体を傷つけた。
「おねえちゃん・・・」
ドライは悪意ではなく、純粋な想いをぶつけていた。
これまでずっと探してきたことを、帰ってきてほしいと願っていたことをヌルではなく、今はまだどこにいるか分からない紅牙に向かって。
「アイン!紅牙お兄ちゃんは近くにいるわ、あんたの想いをぶつけてやりなさい!!」
今の接触によって紅牙の存在を感じたドライは、アインに向かって叫んだ。
はっきりと頷いたアインが、刀に自身の賢者の石の力を纏わせて構える。
「行きなさい、アイン!!」
ドライが力を貸すことでさらに黒いオーラが刀にまとわりつき、アインの金色に輝く力と共に刀を包み込んだ。
「うおおおおおっ!!」
衝撃に耐えるために踏ん張り、その場で刀を振り上げたアインがヌルの居る方向に向かって刀を振り下ろす。
金色と黒が混ざり合った光の渦が、ヌルに向かって突き進んだ。
それは確実にヌルの身体を貫き、分体としての力を奪って行く。
「兄さん、僕たちの声が聞こえるかい?」
返す刀でもう一度衝撃波を放ったアインは、それに合わせてヌルとの距離を詰める。
「僕たちは・・・兄さんの家族はここにいるよ!今の兄さんになら、僕たちの声が聞こえるはずだ!!」
『何を意味の分からないことを・・・!?』
ヌルが驚いたように自身の手を見つめた。
振り上げられるはずだったそれは、小さく震えたまま地面から離れない。
『違う・・・俺は・・・っ!!』
白銀の獅子はそれを振り切るかのように咆哮を上げた。
『おまえたちがここにいない家族をどう守るのか、見せてもらおう。その余裕の表情がどんな絶望に変わるのかが楽しみだ。』
ヌルがそう言った瞬間、ツヴァイがそうちゃんの中でやったのと同じように、空中に外の映像が現れた。
そこでは激戦が繰り広げられていた。
グレイたちは塔の頂上にある紅い光を目指し戦っていたが、触手たちの攻撃により未だその場所に辿りつけずにいる。
3人はそれぞれが操縦桿を握って合体したアルケンガーを共に操り戦っているのだが、結局、触手の数に押されて身動きが取れなくなってしまっていた。
「どうするの?このままではじり貧よ。」
「やれやれ、これはきつい状態だね。」
機体のあちこちから、ばちばちと火花が散っている。
額から血を流しながらクリストフが困ったように笑った。
クリストフに守られているためにジョセフィーヌのはほぼ無傷だが、他の2人はそうはいかない。
グレイも額から血を流し、それでもアルケンガーの操縦桿を握り続けている。
「まだじゃ!まだわしらは負けておらん!!」
クリストフの弱音を叱咤するように、触手に応戦しながらグレイが叫んだ。
目の前に突如現れた光景に、皆が険しい表情になる。
『家族を守るなどと言ったところで、間に合わなければ所詮戯言にすぎない。なあ、そうだろうアルバート?』
嘲笑うようなヌルのその言葉に、ノインが触手を切り払ってから答えた。
「紅牙、それは違うぞ。私と違っておまえの家族たちは間に合った。
彼らはこれからそれを証明してくれるだろう。おまえは信じて待っていなさい。」
『くだらないことを・・・っ!ならばそこで、あいつらが死ぬのを見ているがいい!!』
塔の頂上にある紅い何かが光ると、塔を覆っていた触手たちが動き始める。
それらは一斉にアルケンガーに襲いかかった。
「紅牙おにいちゃんに入っている余計なもの・・・私の悪意の前にひれ伏しなさい!!」
それに対し、ドライはアインの肩から飛び降りると精神干渉を行う。
『な・・・っ!?』
悪意を送りこむ精神干渉はヌル自身には効果はあまりなかったが、その一部である触手たちには効果を現したようだ。
触手たちがアルケンガーを貫く寸前それらが逸れて、3人の横の地面に一斉に突き刺さった。
「今のはなんじゃ・・・!?」
外にいたグレイにも、それが実際は起こるはずのないことだということは分かったようだ。
ドライに続くようにフィーアが術式を発動して、グレイたちに皆の心を届けようとする。
グレイたちを想うその場にいる全ての者の気持ちが、フィーアを通してアルケンガーに集まっていく。
「く・・・今がチャンスだと言うのに、動かなくてはならないと言うのに身体が・・・」
触手が逸れた隙にグレイは行動を起こそうとしたのだが、思っていた以上にダメージを喰らっていたのか思うように体が動かない。
そんなグレイの元に誰かの声が聞こえた。
『おじいちゃん、負けないで・・・っ!!』
「は・・・!フィーア嬢ちゃん・・・いや、今のは・・・!?」
グレイには少女の声が聞こえていた。
フィーアの声、そう思ったのだが何かが違うような気もする。
もっと、懐かしい誰かの声。
小さな手がグレイの背中をそっと押す感覚と共に、アルケンガーが動き出す。
「わしはまだいける!!フルスロットルじゃーっ!!」
背中のバーニアが発動し、機体が塔の紅い光を目指して飛び立つ。
「ジョセフィーヌ、君を守り続ける限り僕は無敵だ。」
続いてジョセフィーヌに話しかけてから、クリストフも操縦桿を握った。
「・・・当り前でしょう。
絶対に私よりも先に死んだりしない。
葵がいなくなった時に、あなたは私にそうプロポーズしたんだから。」
それに応えるように、ジョセフィーヌも目の前にある操縦桿を握った。
襲いかかる触手が機体を次々と傷つけ、損傷が蓄積されていく。
片足が引きちぎれ、両腕が失われてもアルケンガーは飛ぶことをやめなかった。
その勢いに負けて触手たちが追い付けなくなったところで、ようやくアルケンガーの射程内に紅い宝玉が見える。
「切り札は最後まで取っておくものじゃー!!」
失われたはずの腕が別の場所から現れた。
それは以前、ノインが言っていた隠し腕だった。
その腕にはパイルバンカーが装着されている。
グレイがにっと口元に笑みを浮かべて、スイッチを押した。
しかし・・・
「不発、じゃと・・・!?」
これまでのダメージでどこかが故障してしまったのだろうか?
何度押してもパイルバンカーは発動しない。
そのことに気付いたアハトが叫んだ。
「ツヴァイ頼む!!こいつをじいさんのもとへ・・・!」
「空間転移か・・・わかった。僕がそれをグレイさんのところに届けるよ。」
賢者の石の力を以前よりも使えるようになったとはいえ、竜玉でつなぎとめているだけのツヴァイの身体は限界を迎えつつあった。
それでも、今この瞬間に彼らを見捨てるくらいなら、倒れたほうがましだというように大きく頷く。
心配そうに声をかけようとするフィーアの口にそっと指を当てて、ツヴァイは大人びた表情で微笑む。
それを見たフィーアは、わかったというように何も言わずにツヴァイに寄り添った。
「ならば、俺たちの気持ちをじじいに届けてやってくれ!!」
ツヴァイが手をかざしたその場所に、アハトはピンを抜いたグレネードを放り込む。
「まだじゃ!!こんなところで、わしは終わることはできないんじゃー!!」
気合と共にグレイがもう一度スイッチを押すと、パイルバンカーを装着している腕の根元で爆発が起こり、高速で杭が打ち出される。
それはアハトの想いが、ツヴァイによってグレイに届けられた証だった。
打ちだされた杭は、紅い宝玉を守ろうとする触手たち全てを貫き、宝玉に直撃した。
金属の杭に貫かれた宝玉はそれでも一瞬耐えたように見えたが、見る間にひびが入っていったかと思うとパアンッと弾けるような音と共に砕け散る。
それと同時に周囲を巻き込む大爆発が起こった。
辺りが白い光に包まれ、アルケンガーもそれに巻き込まれる。
爆風によって機体が破壊されていくことが分かったが、不思議とグレイの心は穏やかだった。
『おつかれさま・・・おじいちゃん!』
「わしもまだまだ捨てたもんではないじゃろう。」
後ろからフィーアの声が聞こえたような気がして、グレイが振り向く。
すると・・・
「な・・・!?」
そこにいた幼い少女は、フィーアではなかった。
ぬいぐるみを抱きしめた彼女がにこっと微笑んだ気がしたのは一瞬のこと、その姿はすぐに消えてしまう。
それでも・・・
「わしはすごい錬金術師だと言ったじゃろう?」
グレイは満面の笑みを浮かべると、白い光に呑み込まれていく。
その表情はとても穏やかで、満足しきったものだった。
アルケンガーの機体が完全に飲み込まれるよりも早くポッドが射出される。
それは爆風に乗って、森の中に落ちて行った。