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ホムンクルスの箱庭  作者: 日向みずき
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ホムンクルスの箱庭 第5話 第7章『アイン』 ②

次回から戦闘となる予定です(`・ω・´)

 苦しい、苦しい・・・っ!


 アインはもがき続けていた。

 泥の中に飲み込まれないように、自分の中に在る絶望に喰われてしまわないように。

 その抵抗が無駄であると分かっていても、あがくことしかできない。


 ずぶずぶと身体が沈んで行く、どんなに暴れたところでその戒めから逃れることなどできようはずもない。

 今のアインは、抱いていた希望を打ち砕かれてしまっているのだから。

 家族を取り戻して幸せに暮らす。

 言葉にするほどそれが簡単でないことなど、重々承知の上だった。

 

 それでもアインには理想が・・・いや、純粋な願いがあった。

 大切な家族全員を取り戻し幸せに暮らすこと。

 自分とドライが用意した食器で、皆と楽しい食事をすること。

 たったそれだけのことと、知らない誰かは笑うかもしれない。

 家族と幸せな食事をする、そんな願いとも言えない小さな希望は知らない誰かから見れば、何の価値もないものなのかもしれない。

 それでも、それはアインにとってはかけがえのないことで、誰にも譲れない願いだった。


 それが叶わないと知ってしまった今、家族を目の前で消される絶望を味わってしまった今。

 アインがその絶望で出来た泥沼から抜け出すことは容易ではなかった。

 いや、容易ではないというよりも無意味だった。


 僕は・・・どこに行くんだろう?


 一筋の光すら見えない暗闇の中で、アインが伸ばした手は静かな波紋と共に泥の中に沈んで行った。

 このままきっと、自分は消えて行くのだろう。

 意識のどこかで現実に在る自分が、ヌルと戦っていることは分かる。

 どういう理由かは分からないが、自分がヌルの能力を受け付けなかったということも。

 だが、それがどうしたと言うのだろう?

 操られるかのように衝動のままに動き続ける自分は、兄である紅牙の姿をしているそれを無感情に切り刻み続けている。


 自分の意思では、もはやどうにもならない。

 互いの身体がぼろぼろになり果てるまで、この戦いは終わらないのだろう。

 なにしろ、自分は他の家族のようにヌルに消してもらうことすら叶わない。

 けれど、それもまた無意味なことなのだろう。

 たとえヌルに喰われることはなくても、結局は己の絶望に喰われるだけなのだから。

 諦めきれない自分に言い聞かせるような自身の言葉が、アインの心を飲み込もうとした。

 冷たい暗闇の中、アインの心を絶望が支配しようとしている。


 その時、微かに声が聞こえた。


『アイン、聞こえている?』


 それは、最後にヌルに消されたはずのソフィの声だった。


『私たちはここにいる。まだ何も失ってなんかいないわ。だから、もう一度よく見て。』


 僕は・・・まだ何も失っていない?


 ばしゃ・・・っと泥沼に波紋が生まれた。

 声に反応するようにアインが再びもがき始める。


『兄さん・・・兄さんはそれでいいのかい?

 僕たちが大切な人たちに見せたかったのは、そういうのじゃないだろう。

 さあ、兄さんらしく頑張ってくれ。』


 叱咤するような弟の声。

 ツヴァイ・・・そうだ、僕が家族に見せたかった理想はこんな暗闇の中にはない。

 それに対して、アインがさらに激しく泥の中で暴れ始める。


『アイン・・・アイン、聞こえる?

 大丈夫だよ、アインが信じてくれれば、私たちはいつだって傍にいる。

 だって、私たちは家族でしょう?』


 優しく語りかけるようなフィーアの声も聞こえてくる。

 そうだ・・・フィーアの言うとおり今までどんな時も家族は傍にいてくれた。

 ヌルに皆が消された?

 だからなんだって言うんだ、奪われたならもう一度取り戻す。

 そんなこと当たり前なのに。

 どうしてそんな大切なことを僕は・・・。

 もがいていたアインの手が、ようやく泥の中から出てくる。


『頑張りたまえヒーロー、私のライバルはそんなものか?』


 違うよ、アルバートおじさん。

 僕はヒーローだから、もっと強いんだ。

 僕は家族を助けなくちゃいけない。

 だって僕は、家族の皆にとってのヒーローなんだから。


 ああ、そうしたいのに・・・どうして僕の身体は言うことを聞かないんだろう?


 泥沼から一瞬もがくアインの顔が現れるが再び沈んでしまう。

 アイン自身の力では、これ以上は泥沼から抜け出すことはできなかった。

 自身の絶望から抜け出すのに決定的に足りないものがある。

 泥沼の中に埋まっているアインには、まだ希望の光が見えない。


 そんな暗闇の中、アインの手に誰かがそっと触れた。

 その手はぎゅっとアインの手を握ると。


『ほら、アイン!何やってるのよ!』


 いつもと変わらない態度で話しかけてきた。


『あんた、私と約束したんじゃなかったの?

 そんなんじゃ私の好みのタイプになるには、全然足りないんだからね!!』


 ドライ・・・そっか、ごめん。それなら僕はもっと頑張らなくちゃいけない。


『こんな泥沼に埋もれてないで、もっとかっこいいヒーローなところを見せなさい!

 私はあんたを信じているんだから!!』


 家族が自分の手を引っ張ってくれる。

 たったそれだけで、アインには暗闇の中に光が見える気がした。

 ぐっと引き上げるようにして引っ張られた手の動きに応えるように、アインは泥沼の中から這いだした。


「ほら、あんたならできると思っていたわ。」


 助け出されたアインは、子供の姿だった。

 目の前に、微笑むドライの姿がある。

 絶望という泥にまみれた自分の身体を、ドライは何の躊躇もなく抱きしめてくれた。

 ドライのぬくもりを感じながら、アインはようやく実感する。

 紅牙がいなくなった頃、自分が頼れる何かを失ったことを本能的に察していたあの頃から。


「それでこそ、私の知っているアイン(ヒーロー)よ。」


 溺れた自分を助けてくれるのは、彼女なのだと。


「ドライ、みんな・・・」


 気付けば周りには家族の姿があった。


「ほらアイン、これだけじゃ足りないでしょう?

 あんたがしなくちゃいけないのは、私たちが一緒に暮らせる幸せをつかむこと。

 だったら、あんたはこいつとやることがあるでしょうが。」


「人使いが荒いな・・・まあいい。」


 ドライに背中を叩かれてやれやれと言うように前に出てきたアハトは、アインを見てにやりと笑う。


「よう、アイン。もうしけた面はしてないようだな?」


「ヒーローだからね!」


 それに対して、アインもにこっと笑うことで応えてみせた。


「そうだな、おまえにはヒーローが似合っている。

 だがその前に、おまえには直さなければならないものがあるんじゃないか?」


 小さなアインの手を引いて、アハトが歩き始める。

 アインが手を引かれるままについて行くと、そこには家族のための食卓があった。

 けれどもそこに家族の姿はなく、砕けた食器がテーブルの上に散らばっている。

 それを見た瞬間、アインはぐすぐすと泣きだしてしまった。


「大切な家族の食器が壊れてしまったんだな。」


 アハトがいつになく優しい口調で話しかける。


「ダメなんだ・・・どうやっても直らないんだよ。」


 ぽろぽろと涙を流すアインの頭に、アハトは大きな手を乗せてぐりぐりと撫でる。


「アインが直せないのならば俺が手伝ってやろう。

 ただ、俺はこの食器たちの元の形知らない。

 だからそれはおまえが教えてくれ。」


「うん、大丈夫だよ!僕が全部覚えているから!!」


 表情を明るくしたアインが、食器を一つ一つパズルのように組み合わせて並べて行く。

 アハトがアインと共にそれに触れると、胸元にある小さな賢者の石の欠片が淡く光を放ち、新たに食器は作り直されていった。

 砕けた食器が一つ直って行くごとに、アインの姿が子供から大人に成長していく。


「どうだ?これで全部直っただろうか。」


「ありがとう・・・でも、まだあるんだ。」


 大人になったアインが取りだしたのは、一つのコップだった。


「それは・・・」


「兄さんのコップ。」


「そうだったのか。」


「これを直しに行こう。今度は家族みんなでやるんだ。」


「そうだな。俺たちだけでできないことも家族全員ならできるはずだ。

 皆でそいつを直しに行こう。」


 いつの間にか食卓には、それぞれの食器を持った家族の姿があった。

 その家族一人一人の顔を見ながら、アインは大きく頷く。


「行こう!兄さんが待っている!!」


「そうね、決着をつけに行きましょうか!」


 アインの言葉にドライが頷くと同時に、世界が白い光に包まれる。


「皆・・・っ!」


『大丈夫よアイン、目を開いたその時には、私たちはあんたの傍にいるから。』


 最後にそんなドライの声が聞こえた気がして、アインは静かに目を閉じて世界の流れに身を任せた。


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