ホムンクルスの箱庭 第5話 第7章『アイン』 ①
皆が倒れても復活早いのがこの物語の良いところだと思います(*´ω`*)
そこは、何もない暗闇だった。
ああ、ここはどこだろう・・・?
いつだったか、同じ世界を見たことがあっただろうか?
冷たくて、暗くて、己が誰かも忘れてしまいそうな深い闇の中に自分はいる。
私、どうしたんだっけ?
それすらも思い出せない。
まとまらない思考、少しずつ意識が薄れて行く。
私、消えちゃうのかな・・・?
諦めたように目を閉じようとした時だった。
背中から誰かにぎゅっと抱きしめられる、温かい感覚。
私は、このぬくもりを知っている。
その正体が知りたくて、フィーアはもう一度目を開いた。
真っ暗な闇の中、ぽつりと存在する自分の周囲をキラキラとしたものが舞っていた。
何かを訴えるように蒼い光を放ちながら、自分の周りをくるくると回っている。
それは、砕けたブローチの欠片たちだった。
そうだ・・・私はあの時ヌルに攻撃を受けて・・・?
ヌル?それって誰だっけ。
私はこんな風に、昔からずっとひとりぼっちだったんだっけ?
なんだろう、思い出せない。
何か大切なことがあったはずなのに。
フィーアはすがるようにそれらに手を伸ばそうとする。
しかし・・・
「あ・・・」
触れるよりも早く光は消え去り、また辺りは暗闇に包まれてしまった。
先ほどよりもはっきりとしてきた意識で、フィーアは必死に次の手掛かりを探そうとする。
「そうだ・・・宝物・・・」
自分は何か、大切な宝物を持っていた。
そんな漠然とした思いが頭の中をよぎる。
「宝物があったんだった・・・見つけないと。」
その言葉に応えるように、目の前に記録結晶が浮かんだ。
両手でそっと包み込むと、それから懐かしい声が聞こえてくる。
アイン、ドライ、紅牙・・・そして蒼夜の願いが入った宝物。
「私、どうしてこんな大切なことを忘れていたんだろう。
行かなきゃ、大切な家族を助けるために。」
結晶を胸元に抱きしめると同時に暗闇が消えて、フィーアは見覚えのある空間に放り出されていた。
ただ、分かることがある。
今の自分には、実体は存在しない。
以前、紅牙からフィーアを切り離した時のように精神体だけがそこに存在していた。
自分たちが消された場所では、アインがヌルと戦っている。
いつもとは違い相手を殺すためだけに斬りかかるその姿を見たフィーアは衝撃を受ける。
『アイン、やめて・・・っ!』
組織が望んだとおり、殺人を行うだけの人形と化したアインの姿がそこに在った。
今のアインには、相手が自分の兄である紅牙だということすらも分かっていないのだろう。
目の前に在る敵を排除することのみが、彼の意識を支配している。
『アイン、アイン・・・っ!
そんなことはしないで!?紅牙お兄ちゃんと傷つけあうなんてあなたらしくない!!』
フィーアがどんなに叫んでも、アインには届かない。
精神干渉などしなくても、フィーアにはアインの苦しみが伝わってきた。
家族を目の前で失った悲しみが、アインの心を壊してしまった。
それと同時に思う、彼の心は今ここにはないのだと。
それに気付いたフィーアは、なんとかしてアインの心を見つけようとする。
アインと精神を同調させていく中で、思った以上に簡単に彼の心は見つかった。
しかし、彼は自身の中に生まれた闇の中でもがいていた。
『アインしっかり!!自分の中の絶望に負けないで・・・っ!』
泥の中で必死にもがいている彼の姿は、もはやほとんど埋まってしまい声は届かない。
『だ、め・・・だめっ!私の言葉じゃ届かないよ・・・!!
アインを助けてよ、おねえちゃん・・・!みんな・・・っ!』
目の前で大切な家族が苦しんでいるのに、自分は何一つできない。
自分の声だけでは、絶望に飲み込まれてかけているアインには届かない。
今のフィーアにできることは、家族に助けを求めることくらいだった。
けれど、フィーアの求める家族たちはヌルの攻撃で消されてしまっている。
そんな声が届くはずもない、そのはずだった。
ところが・・・
『まったく、あんたはだらしないわね。』
耳元で、聞き覚えのある声がした。
「おねえちゃん・・・?」
辺りを見回しても姿は見えない、でも確かに声が聞こえてくる。
『私に任せておきなさい。なんせ、あの犬の面倒は私が見てるんだから!』
頼もしい言葉が聞こえると同時に、その気配がふっと消える。
暗闇の中、フィーアは他の家族たちの心を探し始めた。
祈るように目をつぶると、自身の能力で皆の心を探し始める。
『みんな・・・』
ドライ、自分と同じように精神干渉の能力を持つ姉は、自身でアインの元に辿り着くだろう。
けれど、他の家族たちにはそれが出来ない。
だとすれば、今アインの元に家族を送り届けるのは自分の役目だ。
そんなフィーアの心に、最初に応えたのはソフィだった。
『喰われ慣れてるからかしらね?一番最初に目がさめちゃったみたいよ。
アインを取り戻すんでしょう!大丈夫、任せなさい。』
「うん!」
フィーアは見つけ出したソフィの心を、アインの元に送り届ける。
次に聞こえてきたのは、アハトのけだるそうな声だった。
『やれやれ、無理やり眠らされたと思ったらもう起こされるのか。
仕方がない、溺れた子供を助けるのも保護者の役目だからな。』
「うん、アインを助けてあげて。」
それに続くように、アルバートの声が聞こえてくる。
『アハト、おまえだけに良い格好はさせないぞ。安心するといいフィーア。
子供たちを助けるのは私の役目だからな。』
「アルバートのおじちゃん、ありがとう!」
アハトとアルバートの心をアインのいる場所へと送り届けたところで、先ほどと同じように後ろから抱きしめられる感覚を覚えた。
「蒼ちゃん・・・」
「紅音。ごめんね、迎えに来るのが遅くなっちゃった。」
「大丈夫、信じてた。」
後ろから回された腕をぎゅっと抱きしめてからフィーアが振り返ると、そこにいた蒼夜は優しく微笑んでそっと手を引いてくれた。