ホムンクルスの箱庭 第5話 第6章『消えゆく希望』 ②
パソコンの更新で手直しが出来なかったので、気になるところは後で修正します(´・ω・`)
「これでまず一人目だ。」
ヌルの言葉など、アインの耳には入っていなかった。
抱きしめていた腕の中には、もう誰もいない。
ピシッと音を立てて、アインの中に在る何かが砕けた。
大切なものがたった今、目の前で消えさった。
守ると約束した失ってはいけないはずのものが、こんなにもあっさりと失われた喪失感。
それと引き換えにアインの中に、今までに感じたことのなかった気持ちが広がっていく。
これが終わったら・・・家族を取り戻して帰ったら、皆で楽しい食事をするはずだった。
アインの脳裏には、家族で集まる食卓の光景が浮かんでいた。
『ほら、あんたにそっくりな器にスープを入れて熱がらせてやったわ!』
いつものようにそう言って笑っているドライの姿が唐突に消え去り、彼女の持っていたはずの器が床に落ちて砕け散った。
その場から立ち上がることも出来ずに、アインが茫然としていた時だ。
部屋の肉壁の一部を切り裂いて竜騎士が飛び込んできた。
その両肩に乗っていたアハトとソフィが、スタッと床に飛び降りる。
それと同時に、ツヴァイとフィーアも足元の空間を裂いてそこから現れた。
「アイン、よかった・・・大丈夫、皆、無事ね!」
「遅くなって済まなかったアイン。全員、無事で何よりだ。」
笑顔でそう言ったソフィとアハトの言葉に、アインは微かに顔をあげる。
「ヌル相手に、よく一人で耐えきったなアイン。」
アインは信じられない言葉を聞いたと言うように目を見開くと、すがるように他のメンバーに視線を送る。
その動きは現実についていけていないかのようにゆっくりとしたもので、全員が不思議そうにアインを見ている。
「紅音、どうしたんだい?」
「えっと・・・」
ツヴァイに声を掛けられて、フィーアが困ったように首をかしげている。
微かな望みをかけて、アインはフィーアを見つめた。
フィーアならドライが失われたこの状況に対して何も言わないはずはない。
しかし・・・
「よくわかんない・・・わかんない、けど・・・何か欠けちゃった気がする。」
「なんだろう?僕にもわからない・・・」
おろおろと辺りを見回すフィーアは、何かが違うと分かっていてもその何かが分かっていなかった。
ツヴァイも違和感は覚えているようだが、それが何かという答えにはたどり着いていない。
「なんだこの違和感は・・・まさかあれを使ったか・・・!?」
その様子に気付いたノインが声をあげると、すかさずアハトが問いかける。
「あれとはなんだアルバート!」
「組織が想定していたヌルの最終能力だ・・・あれを喰らうと・・・!?」
「おしゃべりが過ぎるようだな。」
ヌルの目が紅く光るよりも早く、ノインがアハトとソフィをその場から突き飛ばした。
2人はそのまま離れた場所に転がり、ヌルの瞳の紅い光を受けたノインはその場にガシャンと膝をつく。
「ぐ・・・っ!覚えていられなくてもよく聞け!!
あれは存在をヌルの中にそのまま取り込んで、この世界から消失させるための・・・!?」
皆まで言い終わらずに、ノインの姿が消え去る。
「え?え・・・?今、何があったの?」
「わからない、でも・・・」
フィーアがおろおろと辺りを見回し、ツヴァイも首をかしげている。
「何か攻撃をされた・・・ような気がする。」
「私もよ、でも思い出せない。」
アハトとソフィも、なぜ自分たちが床に転がっているのかすら思い出せていないようだ。
ノインが何かを言いかけて消えた、その事実をアイン以外の全員が理解していない。
「いったい、何があったって言うんだ・・・」
ノインが光となって弾けた瞬間には、アイン以外は何も覚えていなかった。
アインは何を言うこともできずに、ただアルバートが立っていたはずの場所に向かって手を伸ばす。
『ほう、これは悪役の私にふさわしい食器だ。
これを使って世界征服してやるから、アイン、おまえはそれを止めてみせるといい。』
アインの世界から、また一人、大切な家族の姿が消えた。
食器が砕ける音が、アインの脳裏に響き渡る。
「アイン・・・これが力だ。この力があれば家族は一つになれる。
全ては俺の中で、完成されるはずの世界だ。
おまえはもう大切なものを、いくつも失っているじゃないか。
いまさら、何を拒む必要がある?」
あまりに圧倒的な力、抵抗することも守ることすらも許されないそれの前に、アインはもはや何をすることもできずに立ちすくんでいた。
「みん・・・な、何言ってるんだよ!?ドライが・・・アルバートおじさんが今、どうなったか見てなかったの!?」
ヌルの言葉は頭に入らずに、アインはただ必死に家族に語りかける。
なぜ皆が、大切な家族が目の前で消えたというのにそのことを忘れているのか。
アインにとっては、そちらの方が理解が出来なかったからだ。
だが、次の瞬間にアインが聞いた言葉は、もっと理解できないことだった。
「ドライって・・・誰?」
おずおずとその言葉を口にしたのは他の誰でもない。
ドライの妹であるはずのフィーアだった。
「何を言ってるんだアイン?」
「いったい今、僕たちは何をされているんだ・・・全員、無事、だろう・・・?」
アハトは不思議そうにアインに問いかけ、何かを感じているツヴァイも結局は答えに辿り着けていない。
「とりあえず、紅音ここは・・・っ!」
ツヴァイが行動を起こそうとすると、ヌルが敵意を顕わにして叫んだ。
「おまえが一番邪魔だツヴァイ!!」
「だめーっ!!」
何をされるのかはわからない、それでもフィーアはツヴァイを守るように身体を投げ出そうとする。
「ダメだ紅音!!」
ツヴァイがそれを庇うように抱きしめたが、互いに守ることは叶わずに、2人に向かってヌルの力が発動した。
「あ、あああ・・・っ!!」
アインが必死に手を伸ばし何かを言おうとするが、それはもはや言葉にはならない。
キラキラと2人の身体から光の粒子が舞い始める。
互いの存在が薄くなっていくのを感じながらも、2人は見つめあって微笑んだ。
「紅音・・・僕はずっと君の傍に。」
「蒼ちゃん・・・私も、ずっと一緒にいるよ。」
2人がぎゅっと抱きしめあったところで、その姿が空中に霧散する。
フィーアの胸元の蒼い石のついたブローチが光を放っていたが、彼女が消えると同時に砕けその輝きも失われた。
『わ~い!蒼ちゃんに似たお皿~♪ありがとうアイン!』
『ああ、こっちのお皿もフィーアみたいですごく素敵だ。ありがとう兄さん。』
アインの世界に在る食卓で喜んでいる2人の姿が消えて、下に落ちた食器はバラバラになってしまった。
「なんだかやばい気がする・・・やばいのは分かってるんだが・・・!?アイン、いったんここは・・・!!」
ようやく違和感に気付いたアハトがアインに話しかけようとするが、それは叶わなかった。
「く・・・っ!ソフィ!」
ヌルの力によりアハトの姿が消え去る間際、彼はソフィに向かって何かを投げた。
その瞬間のことすら、もソフィの記憶にはとどまらない。
ただ・・・
「これ・・・なんだっけ?すごく見おぼえがある。」
ソフィの足元に、見覚えがあるのに思い出せない物が転がってきた。
絶対に見たことがある、それなのに答えに辿り着かない。
そんなもどかしい気持ちと共に、ソフィはそれを拾い上げる。
「アイン、聞こえている?」
「ソフィ・・・?」
グレネードを握り締めたまま俯いていたソフィが、顔をあげてアインに語りかける。
「何があったとしても気を強く持ちなさい。あなたはヒーローでしょう?
私もちょっと無茶してくるわ。何でかはわからないんだけど・・・そうしないと、どうしても腹の虫がおさまらないから。」
口元に笑みを浮かべたソフィが、ヌルに向かって走り出す。
そして、グレネードのピンを引こうと手をかけたが・・・
「ソ・・・ソフィっ!!」
カラン・・・
アインが手を伸ばした先には、すでに誰もいなかった。
ピンの抜けかけたグレネードはヌルに届くことなく床に転がり、むなしい音を立てる。
『俺用の食器?俺はグレネードがあれば別にいいんだが・・・まあ、ありがたく受け取っておこう。』
『あんたはグレネードでどうやって食事をするつもりなのよ!
ありがとう、アイン。大事にするわね。』
いつものやり取りをしているアハトとソフィの姿が、アインの世界から消えた。
真っ暗な闇の中、アインは砕けてしまった食器たちをかき集める。
手を血だらけにしながら、つなぎ合わせることのできない破片を元に戻そうとしている。
だが、全ては無駄なことだった。
周りの景色全てが泥のように溶けて行く。
現実も想像もどちらの世界も闇に飲み込まれていく。
自分の世界で、アインは泥の中に沈みかけて必死にもがく。
しかし、その手を掴んで引っ張り上げてくれる家族は、もはやどこにも存在しない。
泥の中に沈みながら、アインの心はその現実に耐えられずに闇の中に堕ちた。
膝をついてうつむいていたアインがゆらり、と立ち上がる。
その瞳には、何も映っていなかった。
「さて、次はおまえの番だアイン。」
光を失ったうつろな瞳は、目の前にいる敵の姿を捕えていた。
今のアインには、それが自分に害をなす敵であることしか分からない。
『敵を排除する。』
そのことだけが、頭の中を支配する。
無言で刀を構えると、アインはヌルにゆっくりと近づいた。
「おもしろい、消す前にもう一戦と行こうかアイン。」
ニヤリと笑ったヌルは、それに応えてやることにしたのか再び剣を構える。
斬りかかってきたヌルの攻撃を、今までにない鮮やかな動きでかわしたアインは何の感慨もなくヌルに向かって刀を振り下ろした。
「どうした?そんな攻撃は通らないぞ。」
金属のぶつかり合う音が、広いホールに響き渡る。
最初はヌルに遊ばれているだけだったアインの攻撃は、次第にその速さを増して行った。
「ほう?面白いな。この仮初の身体なら傷つけられるくらいになってきたか。」
アインの刀を頬がかすめ、ヌルは面白いと言うように目を細めた。
本来ならすぐに治ってしまうはずの傷が治るよりも早く、アインの次の攻撃が浅くヌルを捕える。
「なるほど、おまえの能力が少しずつだがわかってきた。」
その言葉にもアインが反応することはなかった。
無言のまま、目の前の敵を斬り伏せることだけを目的とした無駄のない剣撃が次第にヌルを押し始める。
「だが、悲しいなアイン。おまえがおまえである限り俺には届かない。」
くくっと低く笑ったヌルが、アインに向かって力を発動した。
ヌルの紅い瞳が光ったかと思うと、それは確実にアインを捕える。
だが・・・
「・・・効きが悪いな、何だ?」
アインの姿は消えることなくそこに留まっていた。
訝しげな表情をしたヌルにアインが再度斬りかかり、その肩口を切り裂いた。
「く・・・っ!なるほど、組織の連中もなかなかやるじゃないか。
アイン、おまえの能力が分かったぞ。
どうやらおまえの賢者の石は、繰り返し見たことのある攻撃に対して対抗策を練ることができるらしいな。
まあ、まだ分からないこともあるが、大体それであっているだろう。
だが、その能力には決定的な弱点がある。
俺が手の内を見せていない攻撃に対しては、全く無防備だと言うことだ。」
ヌルが手をかざすと、足元から一斉に現れた触手がアインに襲いかかる。
その攻撃が身体を傷つけるが、それすらも気にすることなくアインはただひたすらにヌルに斬りかかり続ける。
まるでその相手が、大切な兄であることすらも忘れてしまったかのように。