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ホムンクルスの箱庭  作者: 日向みずき
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ホムンクルスの箱庭 第5話 第5章『氷晶の眠り姫』 ②

本日の蒼ちゃんもヤンデレております(*ノωノ)


「蒼ちゃんの手を取ることは出来ないの。それと、フィーアを消すから待っていてね?」


「そっか、じゃあ僕も抗わなければいけないな。

 なにせ、僕にとってはフィーアも大切な存在だから。」


「大丈夫。蒼ちゃんにふさわしい私を、もう一度作り直してあげるから。」


 会話にならない2人のやり取りを不安そうに見ていたフィーアに向かって、紅音が氷の刃を放った。

 それは辺りの空間から突如現れて、フィーアの身体を貫こうとする。

 だが、当たる寸前でキインっという澄んだ音がして、氷の刃が砕けた。


「どうして邪魔するの?蒼ちゃん。」


「君たちが大切だからかな。」


「でも一度消さないと、造り直せないんだよ??」


 紅音にとってはフィーアをツヴァイにふさわしい姿に作り直すことは当然のことであって、彼がそれを止める理由が理解できない。

 不思議そうに首を傾げる紅音に、ツヴァイは優しく笑いかけた。


「僕はね・・・作り直すと言うよりも、元に戻したいだけなんだ。

 だから、一緒に戻ってきてくれないかな?消すのは僕の好みじゃないんだ。」


 ゆっくりと近づいてくるツヴァイを見て、紅音は困ったように眉をひそめる。


「ねえ、紅音どう思う?僕は全てを含めた君が欲しい。

 でも、君はフィーアを消してしまうと言う。それは、僕にとってはすごく悲しいことなんだけれど。」


「消しても作り直せば一緒じゃない。」


「今、僕の後ろにいるフィーアは、僕にとって大切な人なんだ。」


「・・・だったら、そのフィーアを連れて帰っていいんだよ?

 絶望を知ってしまったその子を、そのままの形で蒼ちゃんに渡すのは私としても不本意なのだけれど、蒼ちゃんがそう望むのであれば。」


「それだけじゃ駄目なんだよ。だって、僕にとっては紅音も大切な人なんだから。」


 その言葉に初めて、紅音が反論した。


「違うよ・・・蒼ちゃんが知っている紅音と私は違うもの。

 蒼ちゃんは知らなかったじゃない?私がずっと、こんな絶望を抱えていたなんて。」


「そうだね・・・僕は君がどんなに悲しい思いをして生きてきたのか知らなかった。

 頭が良いだけで、そういったことを知ろうとしなかったんだ。

 もしかしたら気づけたことだったのかもしれない。

 ずっと、そういう辛い思いを君だけに押し付けてきてしまったのかもしれない。」


「いいんだよ?私がそうしたかったんだもん。

 蒼ちゃんに絶望の色なんて知ってほしくなかった。

 蒼ちゃんにはずっと、希望だけを見ていてほしかったの。

 これからも蒼ちゃんには、絶望なんて知ってほしくない。

 だからね、もう・・・私は必要ないんだよ。」


「それは違うよ。

 僕は絶望も悲しみも全部受け止めて君と幸せになりたいから、それを飲むことはできないんだ。

 たとえそれが君を傷つけることだとしても手を取り合って、一緒に傷ついて生きて行きたい。

 ごめんね、紅音、今までずっと君だけにそんな思いをさせ続けて。

 これからは、ずっと傍にいるからね。」


 目の前まで近づいたツヴァイが紅音に触れようとすると、彼女は初めて後ろに後ずさった。

 それを見たツヴァイはにこっと微笑むと、紅音とフィーアを自分の空間に引きずり込む。

 氷晶で出来ていたはずの部屋が、真っ白い、何もない空間に変わっていく。


「さあ、鬼ごっこだね?鬼に捕まったら、鬼の言うことを聞かなくちゃいけないんだよ?」


「違うよ蒼ちゃん、鬼ごっこは捕まった相手が鬼になるんだよ。

 私はずっと、鬼でいいから。」


「そうか、でもそれじゃ面白くないからこうしよう。

 僕が捕まえたら君は僕のものだ。君たちは全部、僕のものにする。それでいいよな?」


 純粋過ぎる笑みを浮かべながら告げるツヴァイを見て、紅音は少し怯えた表情をした。

 彼女にもわかっているのだろう。

 昔からこの表情をするツヴァイには勝てた試しがないのだから。


「僕にとって本当の意味で目覚めたときに傍にいたのは君だから、もうずっと放さない。

 やっと君に届くんだから、これは君を僕のモノにするチャンスだよね?」


 ツヴァイはとても楽しそうにフフッと笑ってみせた。


「じゃあ、捕まる前に消えなきゃね?」


「大丈夫、消える前に捕まえるよ。」


「本当は・・・蒼ちゃんに殺してもらおうと思っていたのだけど、それは無理そうだから。

 ねえ、フィーア、あなたが私を殺してよ。」


「え?え・・・」


「そうしないと、あなたのこと消すから。」


 にこっと笑いかけられるとフィーアはびくっと震えたものの、いつものようにツヴァイの後ろに逃げるようなことはせずその場にとどまる。


「フィーア、あなただってわかっているでしょう?

 私がこんな絶望を抱えたまま、蒼ちゃんの傍にいるのがふさわしくないってこと。」


 紅音の言葉に、フィーアは小さく首を横に振った。


「あ・・・私、は・・・私は、確かにあなたの絶望の全ては知らない。

 紅牙おにいちゃんに精神干渉して触れたときに知っただけ。

 でも、でもね・・・っ!絶望を抱えてるからって、それから逃げちゃいけないと思う。

 だって、それも含めて私なんだから。」


「フィーア、ありがとう。一緒に紅音を助けよう?」


 フィーアの決意を聞くと、ツヴァイはいつものように優しく笑いかける。


「うん!」


 ツヴァイはフィーアを攻撃させないような位置取りをしながら、紅音と距離を詰め始めた。


「ここは僕の空間だけど、好きなだけ逃げていいよ紅音。

 でも、ずっと君に触れずに我慢してきたんだから、僕ももう我慢しなくていいよね?」


「こないでよ・・・っ!こっちにこないで、蒼ちゃん!」


 笑顔のまま手を伸ばしてきたツヴァイから逃れるように、紅音はその場を走り出す。

 その後ろをツヴァイは本当に遊んでいるかのように、楽しそうに追いかけ始めた。


「それはできないよ、だって鬼は僕で、君は逃げ回るのが役目なんだから。

 僕が僕のわがままを君に押し付けるためには、君を捕まえなくちゃいけない。

 僕が君と話し合って本当の幸せを目指すために、君を捕まえなくちゃいけない。

 だから、今は君の言うことを聞いてあげることはできないんだ。」


 どんなに紅音が走っても、その距離は開かなかった。

 ツヴァイはただ、こちらにむかってゆっくりと歩いているだけだというのに。

 紅音は何度か威嚇するように氷の刃を放ったり、行く手を氷の壁で阻んだが、ことごとくツヴァイの能力で空間に呑まれて消えていく。


「きらい、きらい・・・っ!こっちにこないで!」


「僕を嫌いになってくれていい。そしたらまた、君が僕を好きになるように頑張るから。」


 逃げる紅音の手を掴んで、ツヴァイはついに自分の方に引き寄せた。


「やっと君に手が届いた。

 君が君であるために、君の記憶を消すわけにはいかないけど。

 君が君として話せる時まで戻すよ。きっと、今の僕なら出来るはずだから。」


「放してっ!放して・・・っ!」


「もう逃がさないよ。」


 ツヴァイがにこっと笑って、有無を言わさずに力を行使する。

 捕まった紅音の身体が、少しずつ光の粒子に変わっていく。

 時間を操る能力を使って、ツヴァイは紅音を、ヌルに捕まって精神が分離する前の姿に無理やりに戻そうとしていた。


 ヌルに与えられていた仮初の身体が消え去り、フィーアの身体に紅音の心が帰っていく。

 しかし、通常なら使えるはずのない力を無理やりに使ったツヴァイの身体が、その負担に耐えられるはずもなかった。


「ぐ・・・っ!」


 ツヴァイの身体中が切り裂かれたように、あちこちから血が噴き出す。


「いやあああっ!やめて!やめてよ・・・っ!

 そんなことしたら、蒼ちゃんが倒れちゃったら、私がしてきたこと、全部無駄になっちゃうじゃない!」


 最後の抵抗のように逃げようとする紅音を、ツヴァイは逃がさないと言うように抱きしめる。


「そう、僕は君がしてきたことを無駄にしてしまうんだ。

 でも、全てを無駄にするつもりはないよ。君のおかげで今ここにいるんだから。

 大丈夫、死んだりなんてしない。

 だって、そうしてしまったら、君と2人で歩いて行くという約束を破ってしまうから。

 だから、僕を信じて戻ってきて、紅音。」


「なんで・・・なんでなの、蒼ちゃん?」


「なんで?当り前じゃないか。だって僕は、君のことが大好きなんだから。」


 ツヴァイは紅音の頬を伝う涙にそっと口づける。

 それと同時に紅音の身体が光の粒子に変わったかと思うと、それはフィーアに吸いこまれるようにして消えて行く。


 光が収まると同時に、辺りの空間が元の場所に戻った。

 そこに残っているのは、倒れているツヴァイとフィーアの姿だけ。


 そして・・・


「蒼ちゃん!!」


 フィーアと一つになった紅音が、ツヴァイに駆け寄った。


「ああ、紅音、おかえり。」


「ばか・・・っ!ばかばかばかばかっ!!」


 倒れ込んだツヴァイを抱きしめながら、紅音は泣いていた。


「ごめん。いっぱい君を悲しませるようなことをしちゃったね。

 僕のこと嫌いになっちゃった・・・?」


 ほんの少し悲しげに笑いながら問いかけるツヴァイに、紅音は首を横に振って。


「ずるいよ・・・私が蒼ちゃんのこと嫌いになるわけがないのに。」


「そっか、よかった・・・ねえ、紅音。

 君は今まで、たくさんの子供を犠牲にしてきたって言った。

 たくさんの悲鳴が聞こえてきたって。きっとそれは、これからずっと消えることはないんだと思う。」


「蒼ちゃんは・・・それでいいの?そんなものを抱えている私で?」


「そんなものを抱えている君だからいいんだ。辛いことを抱えていても、君はがんばってきた。

 必死に僕たちのために頑張ってくれた。そういう君だからこそ、大好きなんだ。」


 泣きじゃくる紅音の頬にそっと触れて、ツヴァイは微笑む。


「君がその悲しみをずっと抱えて生きていくことになろうとも、僕はそれを君と一緒に抱えて生きて行きたい。君と一緒に支え合って行きたい。だから、それがいいんだ。

 だって片方が悲しいのに、もう片方が支えられない。そんなのは愛し合ってるって言えないと思うから。違うかな?」


「・・・ああ、やっぱり蒼ちゃんは純粋だね。

 こんな私に対しても、そんな優しいことを言ってくれる。

 私は・・・私がしてきたことの罪で蒼ちゃんが汚れちゃうのが嫌だった。

 私はね、蒼ちゃんの穢れていない部分が大好きなの。だからずっと、それを守っていきたかった。」


「そっか・・・」


「でもね。蒼ちゃんがそう言ってくれるなら・・・たとえ汚れてしまっても、私と一緒にいてくれる?」


「ああ、もちろんだよ。」


「そっか。なら、もし私がいつかまた絶望に飲み込まれそうになった時には・・・蒼ちゃんと一緒にいられるように、負けないように頑張ってみるね。」


「僕は君が思っているような穢れのない存在ではないけれど、君がそれを好きと言ってくれるなら、そうであり続けたいとは思う。

 でも、僕は君のために汚れることを恐れないよ。君が頑張るその隣で、ずっと君を支え続ける。

 君を幸せにするように、僕がいつも隣で支えるよ。」


「蒼ちゃん・・・」


 泣きながら笑ったフィーアは、ツヴァイが触れてくれた手に触れてそっと頬をすりよせる。

 ツヴァイの身体は力の使い過ぎによる影響からか、見える限りでも頬や腕などのあちこちの皮膚が切り裂かれたようになり、血が流れ出していた。

 服の下からも血がにじんでいるところを見ると、おそらく身体もボロボロになってしまっているのだろう。

 回復魔法を使うことができない紅音は、それを必死に手で押さえた。


「もう、たとえ一部だけでも離れるなんて嫌だ。

 ずっと僕が傍にいていいかい?研究所のポッドの中で・・・何もない暗闇で君が僕を見つけてくれた時から、君が傍にいないなんて考えられない。

 君が傍にいてくれるからこそ、僕は僕でいられるんだから。」


「ありがとう・・・今度は蒼ちゃんが、私を見つけてくれたね。」


「おかえり、紅音。」


「ただいま、蒼ちゃん。」


「さあ、兄さんたちを助けに行こう・・・!?く・・・ごほっ!」


 身体を起こそうとしたツヴァイだったが、咳き込んで慌てて手で口を押える。

 その指の間から、真っ赤なものがあふれ出した。


「蒼ちゃんっ!?」


「ごめん・・・これは、少し休まないとかな。」


「ごめんね・・・ごめんね。」


 泣きながら謝ることしかできない紅音に、ツヴァイは優しくこう言った。


「違うよ紅音、ありがとうって言ってほしいな。」


「うん・・・ありがとう。」


「少しだけ休ませて?そうすれば、元気になるから・・・」


 気を失ってしまったツヴァイをぎゅっと抱きしめて、紅音は耳元で囁く。


「大丈夫、蒼ちゃんは私が助けてあげるよ。今度は、ちゃんと絶望ではなく希望を抱けるように。

 フィーアが・・・皆が、そう教えてくれたから。」


 それは絶望を知った紅音が、ようやく蒼夜と共に未来に歩き出す決意をした証だった。


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